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(旧)マル才  作者: 青年とおっさんの間
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顔出しNGが起こす災難 1

「キアラー、今日の衣裳どれにする?」

「もう! アキラちゃん、また下着姿のまま歩き回ってー!」



アキラちゃんったらいつも注意してるのに、また下着姿のままで控え室の中を歩き回っています。


誰か他の人が入ってきたらどうするつもりなのでしょうか?



「ごめんごめん。でもさ、すぐ着替えるんだからそんな細かいことは気にしなくてもいーじゃんか」

「はぁ… もう本当に言うこと聞かないんだから… 」



もうアキラちゃんに何を言っても無駄みたいです。


アキラちゃんは自分というものをしっかり持っていて、何があってもブレないのが長所なのですが、それは同時に他人の言うことに耳を傾けない、自分勝手とも言えてしまうのが短所ということになってしまうのです。


さすがに私はアキラちゃんとは長い付き合いですのでもう慣れましたけどね。



「これにしよっかなー」



と、アキラちゃんは衣装棚からフリフリのミニスカートがついた薄い黄色のワンピースを取り出して、鏡を見てポーズをとっています。


そのとっても無邪気なアキラちゃんの姿に私はついつい見惚れてしまいます。


同じ《kira☆kira》というユニットを結成してからずっと、アキラちゃんとは苦楽を共にしてきました。


私が何度も諦めかけた時も、アキラちゃんは私に「また一緒に頑張ろう」と、いつも励ましてくれて、また頑張ることができました。


《kira☆kira》がここまで来れたのは、アキラちゃんの真っ直ぐで揺るがない想い、そして優しさがあったからだと思います。


私はそんなアキラちゃんが大好きですし、尊敬しています。


これからもアキラちゃんと2人で、ずっと《kira☆kira》を続けていきたいとそう思っています。


そうこうしている内にアキラちゃんの衣裳が決まったようです。


次は私が衣裳を選ぶ番です。



「どれがいいかな~?」



アキラちゃんは私を着せ替え人形みたいに、次から次へと新しい衣裳に着替えさせてはこれでもないあれでもないと頭を悩ませています。


これは別に今に始まったことではなくて、私の衣裳を選ぶことがアキラちゃんのこだわりで、私の意見はアキラちゃんに聞かれることはほとんどありません。


これももう慣れたものです。



「よしッ! これに決めた!!」

「良かったー… アキラちゃん、私ちょっと御手洗いにいってくるね」



さすがに今回は生放送ということもあり、アキラちゃんによる私の衣装選びにも気合いが入っていたようで、ずいぶん長く私の衣裳を決めるのに時間が掛かってしまいました。


真剣に選んでくれているアキラちゃんに中々言い出せなくて、途中からずっと我慢していた御手洗いにやっと抜け出せました。



「あッ… 」



少し駆け足で御手洗いに向かっていたので、突然反対側の男性御手洗いから出てきた人を避けきれずにぶつかってしまいました。



「ごめんなさい…!」



反射的に謝ってからその人を見上げると、焼きただれた顔にホッケーマスクを被ったような、すごく怖い顔の人が私を見下ろしていました。



「う… ぅぅぅん… 」



声にならない声が漏れ出し、あまりもの恐怖で脚に力が入らなくなってしまって、その場にへたり込んでしまいました。


そして我慢していたものが、すっと力が抜けると同時に解放されてしまい、座り込んでいた場所がビショビショになってしまいました。



「…ぅ …ぅう… ん… 」



怖いのと、恥ずかしいので涙が止めどなく溢れてきてしまいます。


こんな姿を誰かに見られてしまったら、あっという間に噂になってしまって、今まで頑張ってきたものがすべて崩れ去ってしまうかもしれません。


そして何よりも、もうお嫁に行けません!


これから素敵な人との出会いがあって、2人はすぐに恋に落ちて、でも許されない禁断の恋… 2人はかけ落ちしてどこか田舎で人知れずひっそりと暮らしはじめます。


そのうち子供が2人、1人は女の子でもう1人は男の子、子供たちは両親の愛情を一身に受けてとてもいい子に育って、それで… それで…


あぁ、もうこんな素敵な出会いもなくなってしまうんでしょうか…


一生お漏らし女と、罵られて生きていくのでしょうか…



「えっと…! えっと…!」



涙でよく見えませんでしたが、私にぶつかった怖い顔の人はすごく慌てた様子で、また御手洗いに戻って行ってしました。


これが噂に聞く、『放置プレイ』というやつでしょうか?


これはこれで悪くはないですね…


フッ、フフフフフフ…


私の思考もどこかおかしくなってきたところで、先程の怖い顔の人が掃除用のバケツを重そうに抱えて戻ってきました。


一体どうしたのでしょうか?



「ごめん!」



怖い顔の人がそう一言だけ話したと思えば、私の頭上からバケツの中の物を全て浴びせかけました。


私は全身びしょ濡れになってしまい、もう何がなんだかさっぱり訳がわかりませんでした。



「誰か来てくださーい!」



すると、直ぐに怖い顔の人が大声で叫び始めました。


顔は怖いのにすごく素敵な声をしているなと呑気に思ってしまいましたが、このまま誰か人が来てしまったら大変なことになってしまうのではないでしょうか!?


足元が滑る中、なんとか立ち上がろうとしていると、怖い顔の人が私に近付いて来て、私の肩をそっと支えてくれました。


そうこうしている内に、さっきの声を聞きつけたのかスタッフの方が何名か駆け付けて来ました。


そしてびしょ濡れの私を見て、凄く驚いていましたが「どうしたんですか!?」と心配してくださいました。


ありがとうございます、心配ないです。と返事をしたいのですが、嗚咽が止まらず、うまく声になりません。


そんな私を見て、怖い顔の人がスタッフに話し始めました。



「バケツに水を入れて歩いていたら彼女と出会い頭にぶつかってしまって、バケツの水を掛けてしまったんです… どうか彼女を急いで着替えがある場所まで連れて行ってくれませんか?」



怖い顔の人は私がお漏らししたことは一言も言わず、そればかりか全部自分が悪いかのようにスタッフの方々に説明していました。



「……ッ ……ちが…ッ…」



必死にそうではないですと説明したいのですが、やっぱり上手く声を出すことができません。



「わかりました、急いでお連れします!」



スタッフの方たちが2人掛かりで私を抱え、そのまま控え室に案内されてしまいました。


もしかして、あの怖い顔の人は私のお漏らしを他の人にわからないようにするために、あえて私に頭から水を掛けたのではないでしょうか?


そうです、そうに違いありません!


なんて優しい人なのでしょう…!


お漏らしした私を助けて、さらに全部自分が悪いことにしてくださるなんて、今度ちゃんとお礼をしないと…



「キアラッ!?」



スタッフに連れられて控え室に戻ると、普通ではない私の姿を見たアキラちゃんがすぐに駆け寄ってきてくれました。



「どうした、何があった!? 一体誰にやられたんだ!?」

「……ッ ……ッ … ウゥ… 」



必死にことの経緯を説明しようと声を絞り出しますが、まったく言葉になりません。


それに先程から涙が滝のように溢れて止まりません。


途中から嬉し涙になっているような気がしますが、とにかく今の私には泣きやむ術がありませんでした。



「絶対に許さねぇ! キアラにこんなことしたやつはいってどこのどいつだッ!?」



私の泣きじゃくる姿を見ていたアキラちゃんが変な誤解をしてしまったようです。



「……ちが ……ッ…く 」


「その… 《Godly Place》というバンドのユウさんが、キアラさんとぶつかった拍子に水を… と… 」



アキラちゃんの迫力にスタッフが聞かれてもいないのに先程のことを説明してしまいます。



「ガップレのユウ… あのいつも変なお面被ってる奴だな!!」



さっきの怖い顔の人はガップレのユウさんだったのですね!


あんなに素敵な声だったのもこれで納得できました。


でも、今日はいつも着けていたムンクの叫びのようなお面ではなく、違うお面だったので全く気付きませんでした。



はッ…!?


今はそんな事を考えている場合じゃありません!


怒ったアキラちゃんがこれから何をしてしまうのかわかりません! 早く止めないと…



「…ッ アキラ…ッちゃん… まッ…て」

「そうだねキアラ、殴り込みに行く前にまずシャワーを浴びなきゃね!」


「…えぇ…?」



そのままアキラちゃんに手を引かれて、控え室に備え付けられているシャワールームに入れられてしまいました。



「…っく… どうして…? 」



アキラちゃんを止めるにしてもこのままではどうしようもないので、急いでシャワーを浴びて予備の衣装に着替えて戻りました。


しかし、控え室には既にアキラちゃんの姿がありませんでした。


すごく嫌な予感がして、急いで控え室を飛び出し、《Godly Place》の控え室に向かうと…



「ユウってのはどこだ!? 出て来い!」



まだガップレの控え室に着いていないのに、奥の部屋の方からアキラちゃんの怒鳴り声が聞こえてきます。


悪い予感が的中してしまいました。私はノックするのも忘れて《Godly Place》の控え室に飛び込みました。


すると、そこにはアキラちゃんとガップレのボーカルのミュアさん、そして確かガップレのマネージャーさんの3人の前で、正座をさせられているユウさんがいました。

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