顔を隠してるのが気に食わねぇ 4
《ワァーーーー!!!》
『Ex』(イクス)の金髪ツンツン頭の啖呵切りに、客席が歓声を上げた。
それと同時にステージ中央の大型液晶モニターに派手な効果音とエフェクトとともに、デカデカと文字が現れ、再び会場が大歓声に包まれた。
《『Ex vs Godly Place』Music Battle 》
「あぁ… 本当にやるのか… 」
自分の後ろ側に位置するモニターを見上げながら、つい本音が溢れてしまう。
本番前のスタッフとの僅か10分程の打ち合わせで、概要だけは聞いていたが、まさかほぼほぼぶっつけ本番で、こんな大それたことをやらなければならないとは、いくら相手がアメリカのビルボードを制した大物バンドだからって、ここのスタッフは俺たちに無茶をさせ過ぎだと心底思う。
それにしても、《Ex 》のレオンとか言う奴、「借りを返しに来た」なんて、一体俺たちが、いつアイツに貸しを作ったんだ…?
「ねぇ、ユウ? レオンって人のさ、雰囲気とか喋り方って、誰かに似てない…? 」
俺の左隣から、ジト目でレオンを追っていたバッチリメイクアップ済みの歩美ことミュアが、目を離すことなく、顔だけこちらに向けて話しかけてきた。
「誰かって言われてもな〜… 」
俺は素早く脳内にある人物一覧帳にアクセスし、レオンという名前と顔を検索にかけるがヒットせず、薄っぺらい人物一覧帳を閉じた。
「うん、あんな奴知らんな」
そう、自慢ではないが、顔と名前を覚えるのは、昔から大の苦手だ。むしろ、俺に名前を覚えられてたら、感謝してほしいくらいのレベル。
「はぁ… 何となくそう言われるだろうと分かってたけど… 」
「よせやい、照れるだろ?」
「褒めてないし!」
俺とミュアの仲睦まじいやり取りをしていると、レオンが不敵な笑みを浮かべながら、俺の方へと歩み寄ってくる。
そして、俺のすぐ目と鼻の先に止まると、チラリとミュアに視線を向けたと思えば、そのまま俺の耳元へと自分の顔を近付けてきた。
「まさか… 俺のことを忘れたなんて言わないよな? 『入月勇志』…」
その瞬間、まるで頭の天辺から足の先まで電流が走ったような感覚に襲われ、声も出すことが出来なかった。
もし俺がムンクの叫びのような趣味の悪いお面を被っていなかったら、今頃、日本中のお茶の間にリアルムンクの叫びのような酷い顔を晒すことになっていただろう…
それ程までに、レオンとかいう、いけ好かない奴が囁いた言葉は衝撃だった。
「お前がそのクソダサい被り物をしていても、俺には今、お前がどれだけ情けない顔をしているか、お見通しだぜ?」
「おいおいおいおいッ! ちょっと待て!?何でお前、俺のことを… 」
「そういうところ、昔から全然変わらないのな?」
「はあッ!?」
「せいぜい、お前の浅い記憶を辿ってみるんだな? そして今日、お前は思い知るんだ! 何一つとして、お前は俺に優っていないってことを!!」
レオンはそう言い残すと、他のメンバーと共に、観客の歓声を浴びながらステージの裏へと消えていった。
「はへ〜… 」
俺はレオンの言葉に反応することより、なぜレオンが俺のことを知っているか、という疑問で頭がいっぱいになっていた。
「ねえ、ユウ? どうして言い返さなかったの?」
「えッ!? ああ、うん… 」
一部始終を隣で見守っていたミュアが、心配そうに俺の顔を覗き込む。
「びっくりするぐらいの喧嘩腰だったな… 」
「流石に今のは気分悪いよね〜。僕、ちょっとオコだよ?」
マシュとヨシヤも、レオンの言いがかりにも似た挑発に、怒りを露わにしていた。
ガップレの残りのメンバーであるショウちゃんはというと、「うむ、やはり… 勇子ちゃんは白以外ありえないですな!」とか何とか言っていて、全く次元の違う世界にいたので放っておこう…
「そっ、それでは一旦、CMに入ります!」
「はい、一旦CMでーす」
女性アナウンサーの少し困惑した様子の掛け声を合図に、ステージチェンジのための5分程の休憩が挟まれた。
「はぁ… 」
俺は大きなため息を吐きながら、楽屋の方へと戻っていったのだった。
☆
「ねぇ、良かったの? 久し振りの再会なんでしょ?」
1番前を歩いていたレオンに、真赤なショートヘアの女の子が直ぐ横を追い抜きながら話し掛けた。
「別に? 挨拶は済ませたさ… 」
「ふ〜ん」
その女の子はレオンの前に出て、クルリと振り返ると、ニヤリとしながらレオンの顔を覗き込んだ。
「ほんと、素直じゃないんだから」
そう言ってまた前に向き直ると、レオンより先をスタスタとリズミカルに歩いていった。
《Ex 》Dr『リサ』
ロックバンドでは数少ない女性ドラマー。
ダボっとした白いTシャツにショートパンツ、しなやかで長い両腕と、新品のスニーカーが映える健康的に伸びたスラッとした脚には、しっかりと筋肉が付いている。
バンドの根本を支えるリズム隊の1人で、手数の豊富さ、パワー、どれをとっても男性プロドラマーと遜色ないほどだ。テンションが上がると暴走して、どんどんテンポが速くなるのが玉にキズ。
「どーせレオンには何を言っても聞かないから、好きなようにさせておけばいい… 」
経験から来るのであろう、半ば諦めたようなニュアンスさえ感じとれるアドバイスを、表情一つ崩さずリサに話す青い髪の少女。
彼女もまた《Ex 》のメンバーで、Gt、『ソフィア』
華奢で小さな身体からは、想像もつかないような激しいギタープレイと、精度の高い早弾きが持ち味。
天使のような白い肌と相反するように、全身に黒を基調とした服を纏い、所々にいる髑髏が異質な存在感を放っている。
「YES… 」
ボソッと呟いた野太く低い声の持ち主は《Ex 》Ba (ベース)の『ジョー』。
身長2メートル近い巨体と、鋼のような筋肉、何処か魂の宿っていないような瞳は、ただ真っ直ぐ前だけに向けられている。
黒いサングラスをかければ、まるでター○ネーターのショワちゃんと瓜二つだ。
ベースの腕前は、その巨体からは想像もつかないほど繊細で正確な音を刻む、リズム隊の要で、暴走しがちなドラムのリサを牽制する大黒柱のような存在だ。
「ったく、うるせーなぁ! いつも通りに黙って付いて来りゃいいんだよ!」
同じバンドメンバーに向けられたとは思えない悪態を吐くのは、《Ex 》Vo. Gtの『レオン』。
金髪ツンツン頭が違和感なくマッチするイケメン。容姿だけでなく、ギターテクニックも歌唱力もあり、《Ex 》というバンドを名実ともにビルボードランキング1位に押し上げた人物だ。
「はいはい、わかりましたよーだ」
「言われなくても、最初からずっとそうしてきた」
「YES… 」
「それでいい… にしても、お前ら… 」
「何よ?」
「いつになく楽しそうな顔してるじゃねぇか…?」
それはまるで、目の前に飛びっきりのご馳走が用意されているのを、ヨダレを垂らして待っている飢者のようだった。




