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(旧)マル才  作者: 青年とおっさんの間
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顔を隠して尻隠さず 7

「と、まあこんな感じよ 」

「そんな物語があったんですね〜… 」



水戸さんのガップレと出会う前の話は、今まで一度も聞いたことがなかったから、すごく新鮮な感じだ。


それに普段明るくて、俺たちガップレメンバーのお姉さんのように振舞ってくれている水戸さんに、そんな過去があったなんてびっくりだな。


水戸さんもまた、《Godly Place》に出会って変わった1人なんだな…


そんな良い話を聞いていたもので、すっかり忘れていたが、ホテルの女風呂で水戸さんとガップレの出会いの話を、何故か女装した俺が聞いているという、自分でも全く訳のわからないことになっているこの状況….


どうすんだよ、俺!?



「さッ、昔話はもうこの辺にして、そろそろ本題に入りましょうか?」

「ほっ、本題って…?」


「なーに言ってんのよ! あなたをスカウトするっていう話に決まってるじゃない!」

「いや、ほんと結構です!私にはそういうの無理ですから!」


「大丈夫よ! ガップレを発掘した実績があるんだから、それに無理かどうかは私が決めるから!」

「んな、理不尽なッ!!」



このまま水戸さんのペースに乗せられてしまったら、いつのまにか俺がフリフリメイド服を着てグラビアデビューすることになってしまいそうだ…


よし、逃げよう…!



「えと、水… 」

「あれ水戸さん? まだ入ってたんですか?」

「ぐふぁッ!!?」



俺が水戸さんに背を向け、ダッシュで脱衣所に駆け込もうと覚悟を決めた瞬間、脱衣所の扉が開いたと思えば、中から見覚えのある人物がバスタオルで自分の体の前を隠しながら入ってきた。



「あら? 歩美ちゃーん、自己練終わったの? 今日は随分長かったわね〜」

「明日のライブは初めての会場だから、私が足を引っ張らないようにと思って… って、あれ? 水戸さんの隣の人は……… え゛ッ!!?」



最後の『え゛ッ!!?』の部分で、俺が女風呂にいることに気付いちゃったやつだよね…


見ると歩美はまるで時が止まったかのように、こちらを見て固まっている。


あぁ… このまま俺は吊し上げられ、変態という汚名を着せられて生きていかなければならないのか…



「えーと、この子は冥土 勇子ちゃんって言って、今スカウト中なのよ」



おい!何だよその変な名前は!と思ったが、俺が咄嗟にそう言ったんだったな…



「み… 水戸さん…!!」

「ど、どうしたの歩美ちゃん、そんな怖い顔して…? 」



石のように固まっていた歩美が見る見るうちに真っ赤に燃え上がっていく。いろいろと鈍感な水戸さんでさえ、歩美の変化に気付き心配する程だ。


どうやらこれは変態とか以前に、俺の命の危険が迫ってきているようだぞ…


一歩ずつ、こちらに向かって来る歩美を見て、俺は覚悟を決めて歯を食いしばり目を瞑る。



「水戸さん… よく見てください…!!」



くっ… 来るッ!!?



「後ろの植木の陰に、翔さんがカメラを持って隠れてますよ!!」

「「へ?」」



俺と水戸さんの気の抜けた声が重り、それを合図に水戸さんとほぼ同時に後ろを振り返ると、湯気の向こう、植木の奥に月明かりに照らされて輝くレンズの光、そこに何食わぬ顔でこちらを見つめる落武者、『白井翔平』こと翔ちゃんが真剣な眼差しをこちらに向けてしゃがんでいた。



「… 翔平くん、あなたいつからそこにいたのかしら?」

「最初からですぞ」



数秒時が止まった後に、水戸さんが翔ちゃんに質問をするが、翔ちゃんは間髪入れず答えてくる。



「どうしてカメラを持って、女湯に隠れていたのかしら?」

「安心してください、僕はユウコちゃんしか撮ってないですので!」



「「「……… 」」」



翔ちゃん、君が何を言っているのかわからないよ…



「そういう問題じゃないでしょーにッ!!」



気持ちいいくらいに清々しい翔ちゃんに、鬼のような恐ろしい姿に変貌した水戸さんが、容赦なく襲いかかる。



「なッ! 何をするのですか!? ドゥルァべッシッ!! ぼぼぼぼ僕の超高感度一眼レフがぁあああああッ!!?」



水戸さんの手によりバキバキに破壊された翔ちゃんのカメラが温泉の中に静かに沈んでいく。


驚愕の表情を浮かべながら、恐る恐るカメラに手を伸ばそうとした翔ちゃんの腕を水戸さんが締め上げ、そのまま露天風呂特有の石畳の上に顔面から押さえつけていた。



「ぐッ、ゲプッ! 腕が…! 首が…! カメラがぁあああッ!!?」

「まだまだ〜!!」


「ぬぉあァァアッ!!!」



翔ちゃん… 自業自得だよ… そしてただの変態だよ…


水戸さんに締め上げられ、身体が変な方向に曲がってしまっている翔ちゃんに向かって、俺は静かに手を合わせたのだった。



「ほら何してるの! 急いでッ!!」

「えッ!? ちょっと…!?」



翔ちゃんに向かって黙祷していた俺の手を、歩美が背後から強引に引っ張り、脱衣所まで連れて行かれる。



脱衣所に駆け込むと、そのまま手を離された勢いでよろめくが、俺は体勢を立て直しながらも歩美に弁解を始めた。



「違うんだ、歩美! これには訳があって… 」

「大丈夫、さっきので大体のことは理解出来たから!」


「え?」

「さすがに最初、水戸さんと一緒に温泉に入っている勇志を見た時は、驚いて固まっちゃったけど… それより、水戸さんとか他の誰かに見つかる前に、早く着替えて外出るわよ!」


「お、おう!!」



歩美に急かされて急ピッチで元のメイド服に着替えながら、すぐ後ろで着替えている歩美のことがどうしても気になってしまう。


今、俺の後ろには歩美が一糸まとわぬ姿で…

ああもうッ! こんな時に俺はいったい何を考えているんだ!! 相手は歩美だぞ!? 歩美を守る、そして歩美に希望の歌を歌わせるって誓ったのは、こんな浅はかな気持ちからじゃなかったはずだ!


振り返りたいという気持ちを振り払うように、必死に自分自信に言い聞かせて宥めようとするが、意識すれば意識するほど逆効果になっていく。



「勇志? 着替え終わった?」

「え…! うん、終わった…!」


「水戸さんたちに気付かれないうちに早く出ましょう」

「…おう!」


歩美の方も着替えが終わったようで、俺の気持ちも少しずつ落ち着きを取り戻すことができた。


風呂場からはまだ翔ちゃんの悲痛な叫びが聞こえてくるので、恐らく見つかる心配はないだろう。


俺は、歩美の後を付いていくように女湯を後にした。








……


………








歩美に部屋の前まで送ってもらい、何とか無事に男に戻ることができた俺は、スースーと寝息を立てている役立たずの2人を横目に、月明かりが差し込む窓から外の景色を眺めていた。


無事にとは言っても、部屋の前に着くなりやっぱりというか、当然というか、歩美に怒られた。



『いくら勇志は悪くないって言っても、危機管理能力が低すぎるよ!』


『さっきも私じゃなくて他の誰かがお風呂に入って来てたら、どうなってたか分からないんだからね!』



とか何とか言われたけど、頭ごなしに怒るのではなく、本当に俺のことを心配して怒ってた気がして素直に謝ることにした。


まあしかし、それだけでは終われるはずもなく…



『着替え終わったら私の部屋に来ること! いい?』



「はあ… 」



さっき女湯で歩美に助けられてから、今まで歩美に対する気持ちに一線を引いていたのが揺らぎ始めている。


あの雨の日の告白をされてから、それまで心の奥底にしまっていた歩美への気持ちが、事あるごとに漏れ出しているような感覚。


このまま俺が歩美の部屋にいって2人きりになってしまったら、『歩美を力尽くでもどうにかしてしまいたい』というような俺の醜い欲望が抑えられなくなってしまうかもしれない…


全てはあの時から始まった。


病院の裏、街が見渡せる小高い丘の上で、お母さんが亡くなった悲しみを歌った歩美を見て俺の内に『歩美を救いたい』という想いと同時に芽生えた相反する想い…



ーー 綺麗だ…


ーー このままケースに入れて、ずっと飾っておきたい…



そんな俺の、俺自身もそれまで気付かなかった自分の醜い欲望…


歩美が好きだと告白してくれたのは、醜い欲望を持った俺ではなく、その欲望をしまい込んで隠していた俺なんだ。


だから、俺は歩美に告白される資格もないし、本当は側にいる資格さえない!


俺はテーブルに置いてあった携帯を手に取り、歩美にメールを打ち込み始めた。


次の日のライブはアンコールの曲を一曲多く演奏した以外は予定通りに終了した。


しかし、俺の内に残った“違和感”は消えることはなかった。


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