顔を出すの? 出さないの? いえ両方です 20
「何とか終わったな… 」
中庭のベンチに座りながら文化祭の後片付けに追われる生徒たちの姿を眺めていると、誰に話しをするわけでもないが、ふと口から言葉が漏れてしまった。
「お疲れ様、はいどうぞ」
両手に飲み物を持った歩美が片方を俺に差し出しながら声を掛けてくる。
反射的に飲み物を受け取りながら「ありがとう」と返すと、歩美はニコッと笑って俺の隣に腰を落ち着けた。
「それ、味どうかな?」
一瞬の間の後に歩美が尋ねてくる、それと言うのは今渡された飲み物のことだろう。俺はストローから一口分を口に含み、舌の上を転がして味を確かめてみる。
「美味しい! 何だこれ!?」
「それはね、私のクラスの出店でやった生フルーツジュース屋さんの余り物で作ったの」
「へぇー、生フルーツジュースなんて初めて飲んだ、ありがとう歩美」
「ううん、余り物でごめんね。本当はもっと美味しいのを飲んで貰いたかったんだけど」
「これも十分美味しいけど、じゃあ今度作ってもらおうかな?」
「いいわよ、腕によりを掛けて作ってあげる!」
そう言って優しく笑う歩美の顔を見て、俺もクスッと笑みが溢れる。
空が徐々に朱色に染まる様子をただ2人でぼーっと眺めるだけの時間だけど、ここ最近、柄にもなく忙しく走り回っていた俺にとって、何よりも心が安らぐ時間だった。
「ねぇ勇志…?」
「ん?」
2人で夕日を眺めてどれくらいか経った後、ふと歩美が俺に声を掛けてくきた。
「kira☆kiraの2人と何かあった?」
さすが歩美、もう察しがいいとかそういうレベルじゃなくエスパーの領域だよ、それは…
「うん、まあ色々… 」
「告白… されたんでしょ?」
「どうしてそれを?」
2人に告白された、正確には1人は告白したことになってることは誰にも話してない。もし誰かに話すとしても、歩美にだけは話したくないことだった。
「さっきのライブの時、kira☆kiraの2人が楽しそうに歌ってるようには見えないって言ったでしょ?」
「ああ、歩美もアキラとキアラみたいな顔して歌ってたことがあったって… 」
「私もあの雨の日の公園で勇志に告白してから、同じような顔でステージに立ってるから… 」
「それって… 」
「無理して笑ってるんだよ、私も… きっとアキラとキアラも… 」
「俺が答えを返さなかったから…?」
「違う! そうじゃなくて、好きな人に自分の想いを伝えることって凄く覚悟がいることなんだと思う。きっとそのために何かを犠牲にするくらい」
「……… 」
「私は歌うことが好き、Godly Placeで歌ってる時が何よりも楽しい。けど、もし勇志と付き合うことになったらGodly Placeにはいられない。私情を挟まないで歌うことはできないし、メンバーにも水戸さんにもファンの人たちにも迷惑を掛けてしまうから… 」
「もし勇志が私の告白を受け入れてくれるなら、私はGodly Placeで歌うことをやめる」
「駄目だ! そんなこと… 歩美から歌うことを奪えるわけないだろッ!?」
「Godly Placeだけが歌える場所じゃないよ? どんな形であれ、私は歌うことができる」
「そんなの… そんなこと俺は… 」
「2人もきっと同じ気持ちだったんじゃないかな? 勇志に告白したってことは、自分が1番大切にしているものを犠牲にする覚悟ができたってことなんだと思う… 」
アキラもキアラもアイドルを辞めても構わないと言っていた。
2人は知っていたんだ、自分たちが誰かを好きになるってことはアイドルを犠牲にしなければならないということを…
「でも、俺にそんな大事なものを犠牲にするほどの価値なんてないよ」
「そんなことない、勇志は自分の価値に気が付いていないだけ」
「自分のことは自分が1番よく分かってるよ、誰よりも…」
「違っ…! 」
「入月くん? こんな所でサボっていたの。教室の片付けが終わらないから手伝ってほしいのだけれど」
歩美が何か言いかけようとしたタイミングで、俺のことを探していたらしい委員長がベンチの後ろから声を掛けてきた。
「ああ… ごめん委員長、すぐ行く。じゃあ歩美、また後で… 」
すぐにベンチから立ち上がり、教室の方に向かうが、何となく背中に歩美の視線を感じる気がする。けれど振り向くことはできず、そのままその場を後にした。
歩美の気持ちは素直に嬉しい、でも俺は歩美の気持ちに応えられない。俺は歩美には相応しくないんだ…
傷付き悲しい歌を歌っている歩美を綺麗だと思ってしまった俺に、歩美と、いや… 誰かと一緒にいる資格なんてないんだよ。
…
……
………
「遅くなってごめん! 片付け手伝うよ」
教室に戻ると7割ほどは既に片付いていて、残りはゴミ捨てと借りた備品の返却くらいだった。
「おい勇志遅いぞ~、どこで油売ってたんだよ?」
1番最初に俺を発見した小畑が、ダンボールで両手が離せない代わりに肘で小突いてくる。
「ちょっと、な? よし、じゃあ早く終わらせようぜ!」
そう言いながら返却用の備品が入ったダンボールを抱えて教室を出ようとすると、入り口近くの3人の女子が何やらヒソヒソと話しているのが聞こえてきた。
「ねえ、あれ… ちょっと危ない感じしない?」
「うん、私怖い… 」
「誰か探してるみたいだけど、先生に言った方がいいんじゃない? どう見ても不審者にしか見えないし… 」
おいおい、何やらかなり危険な匂いがする話だな。
おそるおそる女子たちが視線を向ける、教室の入り口の方に目を向けると、そこには見覚えのある、というか馴染みの深い人物が教室の中を舐め回すように見ていた。
「しょ… 翔ちゃん!?」
教室の入り口の顔半分程の隙間からこちらを伺う怪しいおっさん。ロン毛に無精髭を蓄え、どこからどう見てもただの変質者にしか見えない白井翔平こと、Godly Placeのリードギター、翔ちゃんだった。
「こんなところで何やってんだよ翔ちゃん!」
急いで廊下に飛び出し、翔ちゃんを廊下の隅に追いやり事情を聞く。
「うむ、ゆうちんではないですか。奇遇ですな」
「奇遇じゃないから、ここ俺のクラスだから! それで、何の用?」
俺が翔ちゃんにここへ来た理由を尋ねると、急に顔を赤らめ、モジモジと身体を擦り合わせ始める。
「え… ぇえ!? な、何!?」
「なんと言いますか、ゆうちんのクラスにおられる天使に会いに来たのですぞ?」
「は?」
「知らないとは言わせないのですぞ! このクラスのメイド喫茶で見たユウコちゃん!! まじ天使、二次元からこの世界に迷い込んだリアル天使、僕ちんの嫁のことなのですぞ!!」
「いい加減にしろーッ!! つか嫁じゃねぇしッ!!」
「どぅらぁあべしッ!!」
翔ちゃんの顔面を俺の右ストレートが綺麗にヒットし、廊下の床に沈める。
なんという事だ、メイドのユウコを見たその日から翔ちゃんがストーカーになってしまうなんて…
翔ちゃん、俺は悲しい、悲しいよッ!!
そもそもメイドのユウコは男だからね! しかも俺だからね!?
もう翔ちゃんにはメイドのユウコは俺が女装した姿だとカミングアウトしよう。
後々、ストーカー行為がエスカレートしても迷惑だし、そのうち誰かに警察まで呼ばれてしまいそうだもんな…
「なあ翔ちゃん、聞いてくれ! メイドのユウコは実は… 実は俺が女装した姿なんだ!!」
「う… 嘘だーッ!!」
なんだその暗黒帝が主人公に父親だとカミングアウトした時みたいな反応は…
「ユウコちゃんは僕ちんのために、二次元から来てくれた天使ですぞッ!?」
「あーうん、違うからね… 」
「いくらユウちんでもそれ以上ユウコちゃんのことを変に言うのであれば、僕の『牙狼風風拳』が火を噴くことになりますぞ… 」
猫のモノマネのように両手を頭より少し上の位置に上げて、シャーと威嚇してくる翔ちゃんにこれ以上の説得は無意味だと判断し、教室にある物を取りに戻る。
「翔ちゃん、よーく見てろよ」
「やる気になったということですかな? どこからでもかかって来るがいいですぞッ!!」
なぜ翔ちゃんはファイティングポーズを取る時、顎がしゃくれるんだろう…
そんな事を考えながら、手に持ったユウコになる時に被っていたカツラをスッと自分の頭に被せる。
これだけでも俺がメイドのユウコであると簡単に理解出来るはずだ。
「嘘だーッ!!!」
大声を出してその場に膝から崩れ落ちる翔ちゃんは、まるで糸の切れた人形のようだった。
廊下の床を両手で何度も叩きつけて、必死に自分に嘘だと言い聞かせている翔ちゃんの姿を見ると、何か物凄く悪い事をしてしまったかのように思えてくる。
いや… これも翔ちゃんのためだ! 遅かれ早かれユウコが俺であるとバレるのだから、早いうちに夢から冷ましてあげるのが、同じバンドのメンバーとしての優しさだな。
「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だーッ!!」
「騙すつもりはなかったんだ… だから落ち着いてくれよ… 」
「ユウコちゃんがゆうちんだと知ったのに、それでもユウコちゃんが好きな自分がいるのですが!? 嘘だ嘘だぁあ… あぁ、BLなど滅びてしまえと思っていた僕ちんが、今まさにBLの道を歩もうとしているなんてッ!!」
「は?」
「ゆうちん! いや、ユウコちゃん! 僕ちんは君が男の娘でも構わないのですぞ!! むしろこんな身近に僕ちんの天使がいたなんて、最高の気分なのでっぷげらふぁぶらぁふぁぶッ!!!!」
翔ちゃんが言い終わるより先に俺の右手が物凄い拒否反応を示し、翔ちゃんの顎下に強烈な昇竜拳をくらわせる。
綺麗に昇竜拳をくらった翔ちゃんは、背中から廊下の床に倒れ意識を失った。
「はぁ… 付き合いきれないな… 」
どうか翔ちゃんの記憶からユウコの記憶が消えますように…
そう願って俺は自分の教室に戻るのであった。




