顔を出すの? 出さないの? いえ両方です 12
カーテンの隙間から漏れる光、小鳥達の囀り。少し開いた窓から匂う朝の香りを欠伸と一緒に大きく吸い込んで吐き出す。
珍しく目覚まし時計のアラームより先に目が覚めた俺は、ベッドから降りようと身体を起こす。
「んっ…あッ…」
「ん?」
左手が何か柔らかい物に触れると同時に、その物体の持ち主であろう人物から声が漏れる。
最初はそれが何か分からず、2、3回指を動かして感触を確かめたのだが、指の動きに合わせて漏れる可愛らしい声で、嫌でもそれが何か想像がついてしまった。
「そ、そんな…夢じゃなかったのか…!?」
「ユーシのエッチ…」
いつの間にか起きていたその柔らかい物の持ち主が頬を赤らめて恥ずかしがっていた。
ここまでの流れが夫婦、いやせめて彼氏彼女の間柄であったなら、まだ微笑ましいもので済まされるが、俺とこの子は夫婦でもなければ、カップルでもないし、別段仲が良いわけでもない。そんな女の子のお胸を触り、いや揉んでしまって、ただで済むはずがない…
「ふっあッ!? ごめんッ!! アキラ、わわわ、悪気はなかったんだ!!」
急いでベッドから飛び降り、全力でアキラに土下座をする。こんなもので許してもらえるのならいくらだって土下座する。
「…別に平気だよ、減るもんじゃないし…」
「へ?」
怒って… ない? いつもなら直ぐに足が出てくる、あのアキラが怒っていないだ…と…!?
ああ! そうか、今の俺はユウのお面を被ってないのか!
アキラはお面を被った俺、つまりガップレのユウは嫌いだけど、お面を被っていない、つまり入月勇志には物凄く甘い。
そして、少なからず恋愛感情がある、それはもうここまで来ると嘘でも冗談でもなさそうだ…
しかし、ガップレのユウも入月勇志もどっちも俺の訳で、同じ相手に好かれたり嫌われたりするというのは、なんとも複雑な気持ちだ。
いっその事、アキラに俺がガップレのユウだってカミングアウトするか?
いや、単純なアキラのことだから、怒り狂うに違いない。さらに今日の学園祭にまで悪い影響を及ぼすかもしれない。
うん、止めておこう。何より俺の命が危ない!
「どうした、ユーシ?」
「あ、ああ!何でもない。ちょっと早いけどもう起きるよ」
「そっか、じゃあ私も起きるかな!」
そう言って、ベッドの上で身体を伸ばすアキラを見ながら、俺は何としても今日の学園祭をガップレのユウだとバレずに乗り切ろうと決めたのだった。
☆
「ふぅー…」
いつもと違い、色とりどりの装飾がなされた学校の正門をくぐった所で、俺は長い溜息を吐きながら額の汗を拭う。
もちろん、普段からこんなに神経をすり減らして登校しているわけではない。
稀にいつも迎えに来てくれている歩美に見捨てられるほど寝坊をして、ギリギリの時間に走って登校した時に汗は掻くが、今掻いている汗とは別物だ。
その原因は後ろにいる2人…
「へぇー、昨日とだいぶ雰囲気変わったなー」
「そうだね、何か私までワクワクしてきたよ」
呑気に学校を見回しているこの2人、変装こそしているが、あの世界のアイドルとも呼ばれるkira☆kiraのアキラとキアラその人だ。
登校中にパパラッチに嗅ぎつけられたら俺はもう平凡な日常を送ることができないかもしれない。
そんなことを考えながら登校していたら自然と身体に力が入ってしまい、学校に着いた頃にはこの有様だったわけだ。
まあここまで来れば、あとは2人を控え室に送り届ければ終わりだ。さっさと連れてってしまおう、そうしよう。
「ねえアキラちゃん、勇志さんに言わなくていいの? パパラッチはうちの会社が回収してるから大丈夫だよって」
「うん、そのうちね」
「でも勇志さん、登校中ずっと周りを気にしてて、挙げ句の果てにただのバックを持ったサラリーマンの人をパパラッチと間違えて、私たちを庇おうとしてくれたし、今もすごい汗掻いてるよ?」
「うん、その時はユーシに守られてる気がして嬉しかったな〜…」
「それでもちゃんと話さないと、勇志さんが可哀想だよ?」
「わかってるよ、後でちゃんと話すから」
「おーい、2人とも早く中に入ろーう!」
「はーい、行こうアキラちゃん」
「うん!」
…
……
………
「だはーッ! 疲れたあ゛ーッ!!」
アキラとキアラを控え室に送り届け、自分の教室に着いた俺は、すっかり執事&メイド喫茶仕様になっている教室の椅子に倒れるように座り込んだ。
「どうした勇志? まだ学園祭もライブも始まってないぞ?」
既に執事のコスチュームを来た真純に早速声を掛けられ顔を上げる。
さすが真純、クラス1のイケメンマッチョなだけはある。執事服という普段馴染みのない服でも格好良く着こなしている。
「へー、結構似合ってるじゃんか」
「そうかな? まあ着てみれば制服と似たようなもんだし、そんなに違和感はないかな」
確かに、真純が着ている執事服は、装飾が施されたスーツのようにも見える。おそらく着心地も似たようなもんだろう。
「さてと、そろそろ俺も執事服着るかな」
椅子からサッと立ち上がり、ベニヤ板で区切られた準備スペースへと向かう。
「えーと、勇志? その事なんだけどさ」
「どうした?」
「入月くん遅かったわね、待っていたのよ?」
「すまん委員長、これには深い訳が…」
後ろから不意に声を掛けてきたのは、間違いなく我がクラスの学級委員長、立花時雨だ。
だが、振り返った俺が見たのは、普段見慣れた制服でも、ありがたいユニフォーム姿でもなく、機能面でなくビジュアル面に特化したメイド服を纏った美女、いや女神だった!
誇張されたフリフリのスカートからスラッと伸びる脚には白のニーハイソックスが絶妙な加減で膝上のお肉に食い込んでいる。
腰の上でキュと細身になっているウェスト部分と、胸元がしっかりと見えるようになっている前部分が、委員長の素晴らしいスタイルを余すところなく見せつけてくれている。
畜生…. いったい何処の何奴だ? メイド服なんて『思春期男子殺戮兵器』を作ったのは!?
くそーッ、目が… 目が離せない!? なんていう破壊力なんだ!
「あ、あんまりジロジロ見ないでくれる…? その… はっ、恥ずかしいから…」
「ぐふぁッ!!」
あの委員長が恥じらっているだと!?
こんなの反則だ! 普段は見せない委員長の恥じらう姿がギャップとなり、メイド服の威力をさらに引き出しているッ!!
ふっ… 俺の負けだ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ…
「は、早く入月くんも着替えてくれないっ!? 準備スペースに名前が書いた袋が置いてあるから!」
「りょ、了解いたしました!」
危うく鼻血が吹き出しそうだったため、鼻の付け根を押さえながらそそくさと準備スペースに避難する。
「えーと、これか? じゃあ早速着替え… って、ちょっと待てぇーいッ!!」
準備スペースを飛び出し、俺の名前が書かれた袋を前に出しながら猛抗議をする。
「あー、やっぱりこうなるか…」
さっきなにか言いかけた真純が困った顔をして耳の辺りをぽりぽりと掻く。
「俺の名前が書いてあるこれ、メイド服なんですけどもッ!?」
「そうだ勇志、この学園祭で執事&メイド喫茶をやる為に必要だった立花の最後の1票のために、お前には生贄になってもらった」
教室の入り口から腕組みをして我が物顔で入ってくる迷惑男、小畑良介。やはりこいつが1枚絡んでいたか!
「小畑!? お前の仕業かーッ!!」
そうか… クラスの催し物を決める多数決の時、小畑が委員長に耳打ちしていたのはこの事だったのか!
「諦めなさい入月くん、代わりの執事服はないし、皆んな貴方のメイド姿を見たがっているわ」
「くッ…!!」
委員長は既に小畑の手によって籠絡されているため俺の声はもう届かない。
「1番見たがってるのは立花だけどな…」
「黙りなさい小畑」
「はい、すんません」
「いっ、嫌だ! 俺はメイド服なんて着ないからなッ!!」
「覚悟を決めろ、勇志! さあ!」
「ぐぬぬ…」
委員長や小畑に言いくるめられそうになり、堪らず真純にSOSを求める。
「ま、真純~、助けてくれ~…」
「ごめんな勇志、なんか皆んな執事の俺とメイドの勇志で、お互いに見つめ合ってる写真を撮りたいんだって」
「お前それがどういう意味か分かってんのかッ!?」
「さあ?」
俺がバスケ部の助っ人で足を怪我した時、真純にお姫様抱っこされて保健室まで運ばれたことがあった。
あれから、俺と真純を腐の眼差しで見てくる女子が出現したのだが、この件のバックに絡んでいるのは間違いない。
今も教室の机の裏、入り口の隙間など様々な場所から目を光らせてこちらを伺っているみたいだしな。
「よぉーし、男子諸君! 往生際の悪い勇志の制服をひん剥いて、メイド服を着させてあげなさ~い」
「や、やめろ!お前ら、自分たちが何をしようとしているか分かっているのかッ!?」
ジリジリとニヒル笑みを浮かべながら近づいてくる男子にその誠意を問う。ここで彼らを説得できれば、まだ逃れるチャンスはあるはずだ!
「悪く思わないでくれよ、入月…」
「そうだ入月、俺たちは女子の命令には逆らえないんだ…」
「女子にモテたいんだ!切実に!!」
「それにだ、入月は前々から女装したらいけるんじゃないかと思ってたんだ…」
「何だお前もか!?」
「奇遇だな、俺もだ…」
「俺も!」
「俺も、俺も!」
「お前らそんなことで意気投合するなーッ!!」
だっ、駄目だ… こいつらを説得するなんて考えが甘かった!
「俺は普段から美女に囲まれている入月が羨ましかった…」
「そうだ、俺たちの積年の恨みここで晴らさせてもらう!!」
「行くぞ皆んな、かかれーッ!!」
「「「おーッ!!!」」」
「よせよせよせよせ!来るな来るな!! あっ…. アーッ!!!」
ごめんね、俺、汚れちゃったよ…




