顔出しNGなのにどうしてモテるのか 9
ライブ後は場所を移してのサイン会。
特設コーナーに設置された長机にメンバー5人が並んで座り、アルバム購入者に順番にサインをしてから握手をするという流れだ。
“流れ”と言ったが、まさしく本当に流れ作業のように次から次へと人が流れていく。
書いても書いても終わりが見えず、たかがサインのはずなのに書いている手が痛くなってきていた。
そもそも、ガップレがサイン会をするというのは初めてで、それもあってか信じられないくらいの人が、この握手サイン会に並んでいた。
後で聞いた話によると、待機列が店の外まで続き、最長の時は駅の前まで続いたらしい。
自分でもあれだが、そこまで並ばなくても… と思ってしまう。
水戸さん曰く次回から人数制限をかけるか、もうサイン会はしない方向になるかもとのことだった。
「ぐふあッ!?」
手が…! 手がぁああ!!?
遂に限界を迎えた手が、ペンを握った形のまま小刻みに震えだす。
元々、ミミズがのたくったような字なのに、更にクネクネの字になってしまう。
ああッ! お面の所為で視界も狭いし、なんという苦行だよ、これは!
「キャーッ!! 生ユウさんだー!! 大ファンなんです! 握手してくださいッ!!」
「はい… ありがとうございます… これこらもよろしく… 」
「キャーッ!! ありがとうございます。これ手作りのお菓子です! 愛情込めて作ったので、よかったら食べてください!」
「あ、ありがとう… 後ほどじっくり味わって食べさせていただきますね…」
「キャーッ!! ありがとうございます! これからも応援してます! 頑張ってください!!」
「あ、ありがとう… よろしくお願いします… 」
2人に1人がこのような熱狂的ファンで、このような流れをもう数え切れないほど繰り返していた。
それぞれのメンバーがファンの方々より頂いたヌイグルミやお菓子、その他色々が後ろの机に山積みになっていた。
ミュアやヨシヤならともかく、俺みたいなお面野郎のどこがいいのか全く理解できませんよ。
いや、こんな事をいってはいけないな。感謝しなければ!
感謝感謝… なのだけど…
俺がファンにキャーキャー言われる度に、隣から鋭い視線を送る人物がいて、すごくやり辛い…
「えーと… ミュアさん? そんなに心配しなくてもファンの人に手を出したりとかしませんよ?」
鋭い視線を送ってくる人物に、小声で話し掛けると「当たり前でしょ!?」と怒られました。
俺、信用ないんだなー…
「あのー… 」
ミュアの方に顔を向けていたので、次に来ていたファンに気付かなかったようで、すぐに向き直る。
「あッ、すみません…!」
と、平謝りしながら顔を上げると、なんとそこには長い黒髪の素敵な女性が…
って、委員長ッ!!?
こうして沢山人がいる中だからか、立花の綺麗さがより一層際立ってるいるな…
いや、いかんいかん! つい見惚れてしまった。
今の俺はガップレのユウなんだぞ! ここは冷静に、他人のフリをせねば!
「おッ、お名前はなんと書けばよろしいですか…?」
普段の喋り方より少し高い声で立花に尋ねる。
「時雨でお願いします…」
「わかりました」
立花は自分の名前を言うと、少し照れたように俯いてしまった。
なッ、何だよ立花! いつもと全然雰囲気が違うじゃないか…!
うー、おかげでこっちまで緊張してくるぞ。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
サインを書いたCDを立花に手渡すと、満面の笑みでお礼を言われ、やっぱり少し照れてしまう。
「あの…!」
「ふぁッい!?」
咄嗟に声をかけられて、つい変な声がでてしまった!
恐る恐る立花を見上げると、初恋の相手に想いを告げようとするが、なかなか最初の第一声が出てこないような、そんな可愛らしい仕草をしている立花がそこにはいた。
「その… ユウさんの歌声が… 私、大好きですッ! これからも応援してます! 頑張ってくださいッ!!」
「はッ、はいッ! 頑張りますッ!」
勢いよく告白した立花に釣られて俺も勢いよく返事を返す。
すると、その仕草が可笑しかったのか立花はクスッと可愛いく笑った。
「ユウさん、そんなに畏まらなくてもいいんですよ?」
「あッ!いや、そうか、ごめんなさい」
「ほら、また畏まってますよユウさん?」
と、再び口元に手を当てて可愛らしく笑う立花に心を奪われそうになってしまう。
どうしよう… 可笑しい! 立花が凄く可愛いぞ… いつもこんな感じじゃないのに…!!
「へー… 随分楽しそうじゃない、ユウ?」
ファッ!? 何か隣からドス黒いオーラが…!!
急いでミュアの近くに寄り、小声で弁解を試みる。
「(みゅ、ミュアさん… ち、違うのこれはね、別にミュアさんが思っているようなことでは断じてないですよ!?)」
「(私が思ってることって一体何なのかな~…!?)」
「(いやッ…! あの… 違うんです! 違うんですッ!!)」
ミュアの顔が見る見るうちに鬼のように変貌していく。
もうダメだ… サイン会が終わったら間違いなく俺はヤられる…
「じゃあ… これからも頑張ってくださいね」
そう言うと立花が次のミュアの前へと進んでいくが、ミュアの鬼のような表情は立花が目の前に来ても収まらなかった。
あれ、ミュアさん? そんな恐い顔してたら立花がびっくりしちゃうだろー? ほら笑顔笑顔、笑ってー! お願いだからーッ!
「ふーん… 時雨さんね、いつも応援ありがとう 」
「いえ、そんなことは… こちらこそ、いつもガップレの曲には元気を貰っていますから… 」
「そう言えば、ライブ前に一緒にいた男の子はどうしたの?」
「え? 入月くんのことですか? でもどうして…」
「ふーん、そう? その、入月くんっていうの? 彼とはどういう関係なのかしら?」
はいー!? ちょっとミュア、何聞いちゃってんの!?
「え? 入月くんとはただのクラスメイトですよ?」
「ふーん、ただのクラスメイトと2人でカフェとか行っちゃうんだー、ふーん… 」
「えーっと… 」
あーーーッ!! やめてー!!お願いだからー!!
立花の頭の上にクエスチョンマークがバンバン浮いている気がする。
もうこれ以上は色々とまずいことになってしまいますよッ!?
「(水戸さんッ! なんとかしてー!)」
俺は必死のジェスチャーで、後ろに待機していた水戸さんに助けを求める。
「はい!どうもありがとうございました~! これからも《Godly Place》をどうぞよろしくお願いしまーす!」
どうやら水戸さんに俺の必死さが伝わったようで、2人の間にササッと割り込んで立花を先に進めてくれた。
ナイスです水戸さん!!
…
……
………
その後はこれといった大きなトラブルもなくサイン会は何とか終わった。
歩美は何故か今まで見たことないくらい怒っていて、「まさか時雨が勇志のことを… 」とかなんとか言っていたが、最初から順に説明したら、どうやらわかってくれたようだった。
罰として次のオフの日に、1日歩美の買い物に付き合うことになってしまった。 もちろん会計は俺持ちで。
まあ、それで許してくれるというなら安いもんだろう。 命あっての物種だ…
しかし終わってみれば、結局ゲーセンにも行けず、無駄な気と体力を使っただけだったな… 本当に長い1日だった。
次の日、学校で立花に物凄く叱られた。
女の子を1人にするなんて、とか何とか… とにかく謝り倒して事なきを得た。
なんか俺、怒られてばっかりじゃないか?
こうして始まった俺の非日常的な日々は、これから起こる出来事のほんの幕開けに過ぎなかった。
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