美鈴の和田君の引越し手伝いの日の朝
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「杉内さん、そんなに綺麗なのに…… 」和田君が小さな声で言った。ちょうど呼び出しのチャイムが鳴ったのに和田君の呟きが重なった。和田君はそのまま卒倒するのではないかと思えるほど顔を真っ赤にしていた。
折り良く、あのウェターがそこに立った。「ハンバーグ定食です」
「ありがとう」美鈴は和田君の言ったことが聞こえなかったふりをして、ウェターににっこり笑った。
……。正直、美鈴は嬉しかった。
ウェターは美人にっこり笑ってもらって上機嫌でその場を離れた。
「杉内さん、テレビに出たこと無いですか? 」和田君が話題を変えた。「“女刑事の活躍”とか……」
「ローカルでね。たまたま、私が声を掛けた少年が殺人を自首してくれたからね」
美鈴はそれだけ言った。まさか、赤い糸で少年とは右手で繋がっていた。それで、少年に声を掛けた、なんて言えない。そして、今は和田君と左手同士で繋がっている……。
こんなこと、ますます言えない。それは結婚しても……。“結婚”?
美鈴は自分の想像で顔が赤くなるのが分かった。
“結婚”。ありえない! 自分と和田君は十歳違う。自分の方が十歳も年上! ありえない。
後は取りとめもない話をした。
和田君は「ミステリー小説を読むのが趣味だ」と言った。「給料をもらえるようになれば買える本も増えると思う」と続けた。
「それはあまり期待しない方がいいわね」と、美鈴が先輩としてアドバイス(?)した。
それから、もう一つ、美鈴は和田君にアドバイスした。「交通事故を起こしたら、例え相手の責任が大きくてもあなたが悪いようにテレビ言われ、新聞に書かれるから気をつけなさい! 」
「でしょうね……」と、和田君が答えた。
美鈴は和田君の顔を見ながら思った。“男の人と二人っきりで食事をしたのは何時以来だろ? ”
覚えがなかった。
払いは二人分、美鈴がした。
和田君は「自分の分は自分でします」と言ったけれど、「あなた、まだ、一度も給料貰ったことないのでしょう? 」と美鈴が言うと、和田君は「ありがとうございます。ご馳走になります。正直、助かります」と言った。
レジの向こうの例のウェターは二人のやりとりを不思議そうに眺めていた。
“この二人、どういう関係なのだ? 他人行儀で恋人同士ではない”美鈴はウェターの頭の中を推理した。“第一、女の方が明らかに年上だ! 男の方はスーツを着ているが、高校の制服の方が似合っている。確か男の方が先に店に来ていて、女が後で来た。待ち合わせでなく偶然だったようだが、そんな事ってあるのだろうか? まぁ、こんなところかな?”
駐車場まで二人並んで歩いた。百七十五センチある美鈴の方が高かった。
「明日、九時に行くわ」と、美鈴は言った。
「分かりました。お願いします」と、和田君が答えた。
それで二人は分かれた。
次の日の朝、美鈴の母親は驚いた。何時も休みの日には十時くらいまで寝ている娘が六時に起きて来て「弁当を二つ欲しい」と言った。その上「私も手伝う」と言った。それに何時になく色々聞いてきた。
「何処か出かけるの? 」と聞くと「新人さんの引越しの手伝いよ」と娘は答えた。
「男性? 」と母親。
「……。女よ!女」娘は、一瞬、戸惑った後、そう答えた。
弁当が出来上がると、娘は「ありがとう」と言った。滅多に聞かない言葉だった。
朝食の後、娘は化粧を始めた。
「濃過ぎない? 」化粧が終わると美鈴は母親に聞いた。今まで化粧することはあっても、そんな事聞いたことはなかった娘だった。
「大丈夫。充分に綺麗よ」母親が素直に答えた。やはり、娘は充分綺麗だった。
美鈴は八時半に出かけた。