女刑事の初恋?
赤い糸につられて美鈴は和田君のいるファミレスに入った。
<プロローグ その3>
美鈴が椅子に座り、必然的に和田君と見詰め合うことになった。和田君がますます赤くなったような気がした。
メニューを見て最初にのっていた和風ハンバーグ定食を決め、呼び出しのためのボタンを押した。
「仕事初日はどうだった?」と美鈴。
「訳が分からなくて」と和田君。
「それは当然よ? 親採の仕事初日から分かったら、誰も苦労しないわよ。言っておくわ、和田君も三・四年すれば異動になると思うけれど、そこで同じような仕事をしたとしても、また一から出直しだと思った方がいいわよ」
「……」
「心配しなくてもいいわ。嫌でも、慣れれば仕事なんてできるようになるわ。あなた、難しい採用試験に合格したのだから」
「そのことですけれど、僕が警察事務職員採用試験に合格したのは何かの間違いかも? 」と和田君は気弱に言った。「採用人数一名で僕が合格したなんて信じられません! 」
「……」美鈴は思わず沈黙してしまった。半年ほど前、県警のホームページで見た大卒職員の採用予定数は数名で、高卒職員はたった一名だった。と、言うことは和田君は美鈴より十歳は年下ということになる!
「ご注文をお受けします」ウェターが声をかけ、美鈴が物思いに中断させた。
「和風ハンバーグ定食! それだけでいいわ」と美鈴は強く言った。
「わ、和風ハンバーグ定食、お一つ。分かりました」なぜか不機嫌な美形の女客にウェターを恐縮して厨房に消えた。
「和田君は家に帰って食事にしないの? 」美鈴はその場の雰囲気を感じて精一杯上機嫌に言った。
「僕の実家はG市です」G市はこのM市とはJ県の東の端と西の端、通勤できる距離ではない。「それで寿町の官舎に入ったんですけれど、まだ引っ越し荷物の整理が終わっていなくて、食事をつくれる状況じゃないし、料理の腕もたいした事ないから」
「たとえ男の子でも簡単なものくらい出来なくちゃ」と美鈴は言った。自分も五十歩百歩だとも思った。明日から母さんの手伝いをしなくちゃ。それから、朝、素っぴんのまま飛び出すのもやめよう。化粧しなきゃ……。でも、何故?
「和風ハンバーグ定食です」例のウェターがそこに立った。
「えっ! 」美鈴は驚いた。いくら何でも早過ぎる?
ウェターは定食を純一君の前に置いた。美鈴のではなかった。和田君が偶然、美鈴と同じものを頼んだのだ。
「……」和田君は目の目に置かれたハンバーグ定食を前に戸惑っていた。
「お先にどうぞ」と美鈴。
「でも、僕、待っています」と和田君。
「……」
「……」
二人はまた見詰め合い、和田君の顔が再び赤くなった。
「ところで引越し荷物の整理は何時するの?」と、美鈴が話題を変えた。
「明日からの土・日にしようかと。でも、親父もお袋もまだ現役で忙しくて手伝えないと言ってきて、僕一人でするしかないと……」
「それなら私手伝ってあげようか? 」
「えっ? 」和田君は心底驚いて言った。「官舎ですよ? 官舎のみんなに見られる! 月曜日には署内中で僕たちのことが噂になりますよ? 」
「噂? 」と美鈴は鋭く言った。「噂をしたい者がいたら、させておけばいいのよ。でも、和田君本人が迷惑だというのなら別だけれど? 」
「め、迷惑なんて、と、とんでもない。手伝ってもらえるのはありがたいです。でも、休みにデートする恋人いないのですか? 」
「そんなもの、いないわ。自慢じゃないけれど」と、美鈴がきっぱり言った。
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