私と彼はホームズとワトソン
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「林の中に小道が見えたような気がします」 和田君はそう言うと、車を降り駆け出した。
美鈴もその後を追った。
「ありました。小道です」 和田君の姿が消えた。
勝手に私有地に入るのは不味いかも? でも、美鈴も和田君の後を追った。
「あの明かり、あの屋敷じゃないですか? 」と、和田君が言った。
確かに前方に窓からもれる明かりが見え、それは大津邸のものと思われた……。
「珈琲、飲むの? 飲まないの、どっち? 」と、美鈴。「はっきり、しなさい! 男でしょ」
「の、飲みます! 」と、和田君。和田君は、美鈴の勢いに少しびびっていた。
二人はドリンクバーを頼んでいなかった。珈琲は単品で頼むしかなかった。
美鈴がテーブルの呼び出しボタンを押し、店内にチャイムが鳴った。
「でも、その男が殺人者なら、車で現場まで行ったはずです」と、和田君が話題を変えた。
「そうだ、一回、その男の家まで行ってみませんか? 」と、和田君。
「今から? 」と、美鈴が言った。腕時計は九時をとっくに過ぎていた。
「今から、正確には珈琲を飲んだ後……」
「はい、ご注文を承ります」 例の店員だった。
「ドリンクバー、二つ……」と、美鈴が言った。
店員が端末を操作した。「では、どうぞ! 」
「じゃ、僕、取ってきます」と、店員が二人のテーブルを離れると和田君が言って席を立った。ここは男の自分の役目だ、と思ったのだろう。
「ありがとう」と、美鈴が言った。
美鈴の目は和田君を追った。和田君の動きは軽やかだった。“私と彼はホームズとワトソンね”と思った。
和田君が珈琲カップを二つ持って戻ってきた。美鈴は笑って和田君を迎えた。
和田君の車をファミレスの駐車場に置いて、美鈴の車で大津卓郎の家に向かった。
レクサスは駐車場に止まって、窓から明かりが漏れていた。レクサスの前に視線をさえぎる物は一切なかった。
「近所の小母さんは“レクサスはずっとあった”と言っているなら、本当にレクサスはずっとここにあった。動いていないのでしょうね! 」と、助手席の和田君が言った。
「殺人現場に向かったのは、このレクサスじゃないということになります」と、和田君が続けた。
「そんなこと分かっているわ! 」と、運転席の美鈴が言った。「出かけてもいない、とお節介ばあさんが言っている……」
「今の言い方は性差別だと思うな、僕。女性が女性を差別しちゃいけない」
「いいのよ。ばあさんはばあさんで充分。私はあんな中年女にならない、絶対」
「裏がどうなっているのか見ましょう」 和田君が話題を変えた。
「えっ!? 」 美鈴が驚きの声をあげた。
「この家の裏ですよ」と、和田君が平然と言った。「表から出ていないのなら、裏から抜け出したのかも知れない……。この家の裏手に回ってみたら何か分かるかも知れません! 」
「……」 美鈴は唖然とした。美鈴はこれまで表ばかり気にしていた。美鈴の家はこの大津の屋敷の半分の大きさしかないけれど、裏口、というか勝手口がある。この大きさの屋敷なら裏口が二つくらいあっても不思議ではない。そこから抜け出し、誰に見られず……。
「杉田さん、車を出してください」と、和田君が言った。
「分かっているわ! 」 ちょっと強く言って美鈴は車を発進させた。
最初の角まで結構距離があった。角を左折して、次の角をもう一度左折した。家が何軒か並んで建っていた後、大津の屋敷の後あたりにさしかかると、突然、左右、林になり道は林の奥に消えていた。
「これなら…… 」と、和田君。
「これなら、誰にも知られず家を抜け出すことができるかも? 」 美鈴が和田君の言葉をさえぎって叫んだ。
「ちょっと、車を止めてください」 今度は和田君が叫んだ。
美鈴が急ブレーキをかけた。
「何よ!? 」
ヤフーブログに再投稿予定です。