女刑事 杉内美鈴
殺人事件を捜査していた女刑事に見合い話が持ち込まれた。
しかし、運命の赤い糸で結ばれたのは“恋人”では少年だった……。
<プロローグ その1>
「私は悪い奴を捕まえるために私は警官になり、努力してやっと刑事になった。事務室でちまちまパソコンの相手をするつもりはないのよ」美鈴がテーブルの向うの母親と父親に言った。テーブルの上にはすまし顔の男の見合い写真があった。「今度の事件で実績を作れるかどうかは、これから私に取って大事なの。事件からもう一ヶ月だけど糸口すら見つからないの。お見合いなんかしている暇はない」
「でもねぇ。母親の私が言うのもなにだけど美鈴は美人だし背も高いしスタイルもいいのにもうすぐ三十よ。お前と運命の赤い糸で結ばれた人は、どこにいるのだろうね?」
「母さん。御伽噺みたいな事、言わないでよ。……。でも、その話私乗ったわ! 私と赤い糸で結ばれているのは今度の事件のホシよ!」
「美鈴は!」母親はヒステリックに叫んだ。目に涙が浮かんでいた。
「私が事件を解決できたら、母さんが言う“運命の人と赤い糸で繋がる”かも……」美鈴は慌てて言った。
母親は呆れ顔で美鈴を見つめたが、傍らの父親はどこか嬉しそうだった。
翌朝、美鈴が目覚めると赤い糸が右手の薬指に結ばれていた。左手で糸に触ろうとしたが、そこには何も無かった。それは見えるだけで触ることが出来なかった。
昨夜、冗談半分に言った言葉を思い出した。“私と赤い糸で結ばれているのは今度の事件のホシよ! ”
結婚の相手なら左手薬指で運命の人と結ばれるはずだ。美鈴は朝の洗顔と歯磨きもそこそこに表に飛び出した。「朝ごはんは?」という母親の声に「コンビニに寄るわ」と答え、「化粧は?」には「そんなもの意味無いわ。第一、誰に見せるの?」と答えた。
赤い糸は若い女が殺された家から百メーター程離れた(その間には一軒の民家があった)家の二階の部屋の窓の中に消えていた。
美鈴はその家に事件直後、ベテラン部長刑事と訪ねていた。同家の主婦は「昨日の夜は夫婦で殺された娘さんの両親等仲間十人くらいで温泉にいたので何も知らない」と言った。丁度、そこへ帰ってきた高校生(母親は聞きものしないのに県内一の進学校“M高校生だ”と自慢げに言った)の息子も「何も知らない」とぎこちなく答えていた。
窓が開き少年の左手に美鈴の赤い糸が繋がっているのが見えた。
間に一軒の家が建っているけれど、殺された女と少年の部屋が直接見通すことができることに気づいた。殺された女は“裸や下着姿で窓辺に立つ”という噂を近所の住人数人から聞いた。もし、男子高校生がそんな姿を見たらたまらないだろ。
美鈴は名刺入れからいつ誰から貰ったかも分からない名刺を取り出し、ハンカチで丁寧に拭いた。
七時半、少年が大きく膨らんだ学生鞄を自転車の前カゴに乗せ、家を出た。美鈴が暫らくしてから赤い糸をたどると、一キロ程離れた国道沿いのコンビニの中に消えていた。
少年は缶コーヒーの棚の前にいた。
一月前、少し肥満気味だった少年は痩せこけ、目は虚ろだった。美鈴は少年が女を殺したと確信した。
「あら、あなた宮崎さんの息子さんね?私のこと覚えている?」と美鈴が言うと、少年は小さく頷いた。「そうだ、あの事件の夜の事で何か思い出したことはない? 」と美鈴が言うと、少年は激しく首を横に振った。
「もし、思いだしたことがあったら私に電話して」と名刺を渡し適当に缶コーヒーを取り、思い出したように言った。「あら、私間違えたかも? ちょっと、先の名刺見せて。……。やっぱり、間違えたわ。こっちが、私の名刺」
美鈴はレジに向かいかけたが振り返り言った。「私は刑事になって分かったことがあるの。“人は間違える。嘘もつく。でも、やり直しもできる。……。連絡を待っているわ」
その日の夕方、少年は美鈴を警察署に訪ねてきて「僕があの女の人を殺した」と言った。
美鈴と少年との間の赤い糸が消えた。
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