9話:帰路で。
――放課後。
校門前で待つこと数分。
数人のクラスメイトと手を振り合ったあと、みちるがテコテコと一人こっちに歩いてきた。
「お待たせ、兄さま。じゃあ帰りましょうか」
「おう。でも……珍しいな、一緒に帰ろうだなんて」
「うん……。ちょっとね」
いつもは親友らしき小さい子と帰っているみちる。
だが、今日に限ってはぜひ一緒に下校したいとのことで。こうして我が妹を待っていたのだった。
……でも、急にどうしたんだろうか。
今の返事もどこか歯切れが悪かったし、何か大事な用でもあるんだろうか。
そんなことを思いながら歩き始めるも、みちるがついてくる気配がない。
「あれ? みちる? どうしたん――」
言いながら振り返ると、みちるは上空……校舎の屋上あたりを指さしながら、
「あぁぁぁ――! 兄さま、あんなところに空飛ぶトランクスがぁ――!」
そんなことを叫んだ。
「空飛ぶトランクスだと!?」
反射的に空を見上げる。
空を飛ぶ可能性があるトランクスといえば、素材的にはポリエステル……いや、紙、か……?
まさか……紙製なのか!?
「な……なんだと……!」
だが、僕の予想に反して。
そこにはなにもなかった。
ただただ黄色い夕方の空が広がっていた。
「ふはは、ひっかかりましたね兄さま! では、お先です!」
「な……! みちる!?」
高笑いと共にみちるは僕のすぐ側を横切り、そのまま全速力で帰路を駆けていった。
「まさか、みちる……この兄を謀ったな! くっ……待てぃ!」
どんどんと遠ざかっていく背中を僕も慌てて追いかける。
みちるが僕を陥れてまでこんなことをするなんて。
いったい、なぜ……?
……まぁ、理由はすぐ見当がついてしまうのだが。
♀ ♀ ♀
「はぁ、はぁ……!」
ぐへへ、やった。
やってしまいました。
わたしは顔がニヤケそうになるのを我慢しながら住宅団地を駆け抜けます。
――そう、今日は以前から練っていた計画の実行日なのです。
いつもは兄さまの方が早く帰宅するのですが、今日は約束を取りつけて校門前で待っていただいていました。
……そこで、兄さまの足を封じる。
兄さまはトランクスに目がないので、それをダシに使えば景気よく飛びつかれるだろうと目論んでいたのです。
でもまさか、あれほどあっさりと引っかかるとは……くけけ。
そんなうっかりさんな兄さまも素敵です……げへへ。
そしてこのまま、兄さまより先に家に到着するのが次の目標です。
狙いはずばり、自宅の裏庭に干されているであろうトランクス。
たしか昨日は、寿司ネタ満載の“シースートランクス”だったはず。前に大きく鱵と書かれているのが格好いいアレです。後ろはたしか……蛤だったかな?
ともかく。
今までは兄の厳重なセキュリティシステムにより苦汁を舐め続けてきましたが、今日は記念すべき下克上の日……。
「ふはは、これでわたしの能力が開花するのですよ、兄さま!」
初速そのままの勢いで家に到着。
普段あまり運動をしないせいかすでに足がガクガクですが、今はそんなこと言ってられません。
どうやら追っ手は来ないようですし、息を整えながら裏庭へ向かいます。
そして到着。
「ふふふ、怪盗みちる参上です。チェックメイトですよ、兄さ……ま……」
……おや?
おかしいですね。
いつもこの時間なら、物干し竿に掛けられているはずの衣服類。
いえ、正確には衣服はいつもどおり掛かっているのですが、そこに狙いのブツだけがないのです……。
「これはいったい……どういうことなの?」
「ははは、妹よ。オイタはそこまでだ」
「あ……兄さま……!」
低い笑い声に振り返ると、そこには勝ち誇った表情の兄さまが仁王立ちしていました。