7話:中等部、三年教室で。(1)
――それは、竜巻の起こるよく晴れた日のこと。
わたし、橘みちるは、友達のあかりちゃんとお弁当を食べるため、机を合わせていました。
そんな時、事件は起きたのです。
「みちる! お腹減ったね! 白飯三杯は余裕だね!」
「うん。今日は替え玉五回くらいできそうだねー。ま、今日は自分の手作りお弁当なんだけど………………あっ!」
「あれ? みちる?」
「しまった……」
「どうしたのみちるっ? ……あ!」
さっきまで元気に耳朶を打っていたあかりちゃんの声が止まりました。
彼女はきっと、これを見てしまったのでしょう。
「み、みちる……! それって、ハンカチじゃなくて……!」
「……うん」
そうです。
今日のわたしはあろう事か、本来ハンカチーフで包むはずのお弁当を、間違えて兄のトランクスで包んできてしまったのです。
「わ、わたしとしたことが……」
「みちる……! それはすごいね……! アッと驚くタメゴローだね……!」
あかりちゃんの古き良きネタをスルーしつつ、わたしは別のことで頭がいっぱいでした。
今、わたしのお弁当を優しく抱擁しているそれは、昨日、兄さまの部屋でこっそり拝ませてもらっていたパンツでした。
あのまま無意識のうちに兄さまの部屋から持って出てしまったのでしょう。
そしてこれは、兄さまが所持するトランクスの歴史の中でも最初期の……まさにメモリアルワン。
“遠き日の思ひ出”と名付けられた、追憶のパンツなのです。
「ワンダホーだね! みちる! よくパンツでお弁当包めたね!」
「メモリアル……ワンダホー……」
この情緒あふれる蒼の生地を見るだけでも、あの日の情景が思い返されます。
♀ ♀ ♀
――あれは、兄さまが十歳、わたしが九歳の秋のこと。
二人で戦隊ごっこをして遊んでいた時、ふいに兄さまは家の屋根に登ろうと言い出しました。
何だろうと思いついていくと、そこにはあったのは蒼く広がる空。そして、さまざまな色や形の屋根が並ぶ町の景色でした。
「わぁぁ……」
キレイなその景色に心奪われていると、兄さまは隣で黙々とスケッチブックに筆を走らせていました。
兄さまは、目の前に広がる世界を一枚の絵として残そうとしていたのです。
ただ、この時……。
兄の描いたシナリオは、わたしの予想を超えるものでした。
なんと兄さまはその絵を、自分の持っていた無地のトランクスにプリントしてしまったのです。
♀ ♀ ♀
――そうして世に生を受けたのが、この一枚。
「そうか……」
ふと、思いました。
あの頃の思い出は、兄さまだけでなく同じ場所にいたわたしにとっても大事なもの。
今は少し色褪せてしまったけれど、兄さまと共有した、かけがえのない記憶なのです。
「こうして、間違えてお弁当を包んでしまうほどに……わたしの心は、この思ひ出に囚われていたのね……」
「ど、どうしよう! みちるがお兄さんのパンツを抱きしめて遠い目をしてる! だ、誰か! 誰か助けて下さい――!」
そうしてわたしは、いつまでも“遠き日の思ひ出”を抱きしめながら涙するのでした。
 




