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5話:高等部、一年教室で。(1)



 ――午後最後の体育の授業が終わって。


 うちの学園では女子は更衣室、男子は教室で着替えることになっている。

 体を盛大に動かした後の教室での着替えは、毎度むさっ苦しくて嫌だ。


「今日もAちゃんの胸、凄かったよなぁ」


「おう、走り高跳びの時なんてもうバインバインだったぜ。あれはまさに凶器だな」


「あれは天国に連れてってくれる凶器だわ~」


 むろん、男どもが集まると上がる話題はエロ・下方面ばかり。今日はクラス一の巨乳女子Aちゃんが標的になっているらしい。


 まぁ、僕も健全な男なもんだから、そういうことに全く興味がないわけではない。

 だが、今この時間に限っては、もっと気になることがあった。


「お、お前ボクサーパンツにしたのかよ!」


「へへ、ちょっと慣れないけどさ」


 ここ最近、うちのクラスではボクサーパンツを穿く割合が急上昇してきているのだ。


 ……いや、そこは問題じゃないか。たしかに僕は断然トランクス派ではあるけど、趣味趣向は人それぞれ。

 だが、一つだけ納得いかない部分がある。

 それは……。


「お前らのパンツには、個性がないんだよ!」


「「「うぉっ!?」」」


 そう。どいつもこいつも黒系の無地。

 まるで学園指定のパンツかと疑うほどに無個性なパンツをお召しになってやがるのだ。


「な、なんだよ橘……。パンツに個性って……」


「お前らが穿くそのパンツ……見たところ『ウニイクラ』のものだな?」


「ああ、そうだけど……。穿き心地いいぜ? ウニイクラのパンツ」


 ウニイクラとは、日本だけでなく世界中で店舗を展開する超大型カジュアルファッションブランドだ。

 “誰でも気軽に”をモットーとするブランドだけあって、シンプルなデザインの衣服が多い。

 それはもちろん、ことパンツにも言える。

 だが……。


「……だがな、そのシンプルさがかえって、お前らの個性を殺している……。お前らの人格が、無個性パンツという名の檻に閉じ込められているんだ……!」


「た、橘……」


「てか、俺らの人格ってここだけで形成されてんのか……!」


「ああ、そこにはお前らの人間性が凝縮されているんだよ! 吉川! お前は左! 北田は右上……! そして安田! お前なんて右方向やや上捻りだろうっ!?」


「「「ちょ! おめぇぇっ!?」」」


 ババっと、例にあがった三人が己が急所を両手で隠し内股になる。ひどい絵面だ。


「な、なぜ俺たちの内部事情を知ってるんだ……」


「怖ぇ……怖ぇよ橘……」


「ただでさえ普段から個性を抑えられた制服を着て日々を過ごしてるんだ! なら、他に自分を表現できる場所なんて限られてくるだろうが! そこで表現しないでどうするんだ、ええっ!?」


「で、でもさ……。靴下とか鞄とか、他に弄れるもんあるし、何もパンツじゃなくても……」


「パンツが一番、お前らの“人格”に密接に関わってんだろうがぁぁぁ!!」


「「「!!」」」


 僕の叫びに、教室中が静まり返る。

 う、うん……。

 少し熱くなりすぎたかな。


「あ、悪い……。何も、ウニイクラのパンツを否定してるわけじゃないんだ……。でも……でもな、何も毎日ウニイクラじゃなくてもいいだろう? たまにはパッションセンター(しも)ムラでもいいだろう……? それに、せめて色くらい……、たまには黒無地以外の遊び心も必要だと、僕は……思うんだ」


「橘……」


 僕の声が教室に木霊する。

 居心地の悪い空気だが、僕が言いたいことは全て吐き出したつもりだ。

 これでわかってもらえなかったなら、もうコイツらとクラスメイトをやっていける自信は、ない……。


 僕は人知れず、目に溢れた熱いものを拭う。



 パチ……。



 ――そんな軽い音が耳朶を打ったのは、その時だった。



 パチ……パチ……。


 パチ、パチ……パチパチパチ……。


 パチパチパチパチ……。



「橘、お前……。お前、すげぇよ。パンツ一つにそこまで真剣になれるなんて……」


 それは、クラスメイトの野郎たちが手を叩く音……拍手の音だった。


「うん、俺たちが間違ってた気がする……。俺たちは今まで、ウニイクラという殻に閉じこもってたんだな……」


「そうだな。お前の情熱でオレたち……目が覚めたぜ」


「よしっ! ボクも明日からパッションセンター下ムラのパンツ穿く!」


「オレもだ! 一緒に買いに行こうぜ!」


「「行こう行こうっ!」」


 鳴り止まぬ拍手と歓声。

 時とともに徐々に膨らんで熱く、強くなっていく。


 よかった……。僕の言ったこと、みんなに伝わったんだ。

 胸が熱い。


 この時。

 僕はようやく、このクラスメイトたちが仲間であるということを思い知った。





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