最終話:僕とみちるとパンツと徒然。
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……富条が今回の事件を起こした動機は、些細なことだった。
彼女には年の離れた兄がいるらしい。その兄を、富条腐玲は盲目的に慕っていた……。いわゆるブラコンというやつだ。
そして、他の誰よりも尊敬する兄はまた、ブリーフをこよなく愛する男であったのだ。
ある日、どんな流れでそういう話になったかは知らないが、富条兄がふと何気なく、その一言を呟いた。
『この世の中、ブリーフだけでいいのにな……』
……それが、妹、富条腐玲の心を突き動かした。
以来、富条は自分率いるフジョー・Cのメンバーを集め、ブリーフ以外のパンツ、そしてそのユーザーを駆逐するように命じた。
自分たちの手の届く範囲に生息する男たちを襲わせ、ブリーフ以外のユーザーであれば、そのパンツを奪わせ、消去する。
富条が抱える狂気的なまでの兄への愛……そして兄のパンツへの執着が、ほんの些細な一言をキッカケに、間違った方向へと進んでしまったのだ。
連行されて数刻も経たないうち、富条腐玲は罪を認め、そしてその背景を全て話したらしい。
おまわりさんが尋ねる前に、自らすすんで……。
おそらく、倉庫で言いそびれた内容を早く吐き出したかったのだろう。みちるとふーこちゃんを心配していた時といい、根は純な子なのかもしれない。
全て話し終えた富条が見せたその安らかな表情は、まるで聖母のように美しかったという。……関係者談。
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「兄への愛……そして、兄のパンツへの愛が生んだ、悲しい出来事だったんですね……」
「うん。まぁ、富条の純粋さはわからなくもないが……」
どちらかといえば、悲しいより滑稽な出来事な気がしなくもない。
悲劇か喜劇かでいえば、ギリギリ喜劇だ。
ある日の休日。
僕とみちるは、家のリビングでまったりと過ごしていた。
そしてちょうど、『パンツシェア独占未遂事件』の話題に発展しているところだった。
「でも、兄さま? 一歩間違えていれば、わたしやふーこちゃんだって、同じような道に進んでいたのかもしれないですよ? 富条さん同様、兄がいる身ですし……それに兄パン異能者なのですから」
「う~ん……」
もし、二人が兄へ偏愛感情を持っていて。
その兄の不意な一言がキッカケで、周りの人間に危害を加えるようなことが……。
みちるが存外真剣な表情で、僕の顔をのぞき込んでくる。
内心で少し気圧されつつも、想像してみた。
みちるとふーこちゃんがそれぞれ兄のパンツを被り、町の男子たちに襲いかかる姿……。……うん、滑稽過ぎる。
「ないな」
「え?」
「それはない。だって、みちるやふーこちゃんは、そんなことするような子じゃないだろうに」
「兄さま……」
「それに、万が一みちるたちが変な方向へ進みそうになっても、僕も山下兄もそのまま放っておくわけがない。全力で軌道修正するさ」
それが、妹に対する兄としての役目だから。
富条は、たしかに過ちを犯した。
だが、その過ちは誰にも……慕っていた兄にさえも止められることはなかった。
兄には責任の念があったのか、妹を止める意志があったのか。それはわからないが、もしそうでなくとも、暴走する妹を正しい方に導いてやれなかったのだ。
その面でいえば、今回の事件は、富条の兄にとっても妹にとっても、また家族にとっても不幸な出来事だったのだろう。
……でも。
もし、僕や山下が妹の暴走を放置し、見過ごしていたなら。
みちるたちが誤った方向へ進む可能性は絶対ない……とは言い切れないのだろうか。
「でもまぁ、これで事件は収束なわけですし、わたしも心置きなく兄さまのトランクスを愛でることができるってもんですねー」
重くなりかけた空気を一掃するかのように、みちるは明るい声を出して立ち上がる。
そして、
「あっ……!」
ショートパンツの尻ポケットから、僕のトランクスを取り出し、広げ、己が頭上に掲げた。
「ふはは。わたしのこの兄パン異能がある限り、この世の中にパンツの寡占独占は起こさせません!」
そのパンツは、いつぞやみちるが狙っていたナンバー3……白地に黒ストライプのトランクスであった。
「いったいいつのまに……! というかそのパンツ、たしか金庫に入れてあったはずだが?」
「ふふ、兄さま。わたくしに同じ手は通じません。鍵なら開ければいいのです。これでね」
「そ、それは……ハリガネ!」
ドヤ顔で無い胸を反らすみちる。
なんて古風な……というか、ついにはピッキング技術まで習得してしまったのか妹よ……。
一瞬にして、さっき考えていた可能性が膨れあがった気がした。
……やっぱり。
僕はまだまだみちるの側にいなければならないようだ。
みちるは、どんなことがあってもみちる。大事な妹。
それは、今回の事件で改めて確認した。
だが、やっぱりこの驚異的なパンツへの執着はマズい。
このままだと、みちるは一生お嫁にいけないかもしれない……いや、確実にいけない!
ならやはり、兄である僕が抑止してやらないといけないのだ。
「ふはは、兄さま! これでようやく、わたしはゼブラウーマンに!」
だから、僕は今日も言う。
兄のパンツを喜び勇んで被る妹、その暴走を食い止めるために……!
「こら、みちる! それは被りものじゃありませんっ!」
僕とみちるの日常は、きっとずっと、こんな感じで進んでいくんだろう。
それもまぁいいかな、と……そう思った。
おわり。
これにて完結となります。最後までお付き合いいただきありがとうございました!
今作、ジャンルは『パンツ被り少女もの』です。男の子のパンツを被る少女たちが主役の物語……。今や一ジャンルとなった『魔法少女もの』に対抗してみました(嘘です)
タイトルから女の子のパンツを期待されていた方、大変申し訳ありませんでした(土下座)
当初は「軽いノリの短編作品を」を念頭に書き始めた作品ですが、予想以上に膨れあがってしまいました(汗) でも、こうして無事完結できてよかったです。
あとは、今作を通じて読者さんに少しでもクスリとしていただければ、私としては目標達成です。
では改めまして、最後までお読みくださりありがとうございました!




