20話:町の秩序を守るため頑張ってます。
広い倉庫内。
ひび割れたガラス窓から夕日が差し込み、照らされた空間では、まるで妖精のように埃が舞っている。
そんな景色を背に、それぞれのパンツを身につけた少女たちが対峙する。
一人は額にふんどしを締め、一人は銀行強盗よろしくトランクスをすっぽり被り。
対する残り一人は、白ブリーフその両足部分から碧い瞳をギラつかせている。
……色んな意味で目を覆いたくなる光景だった。
「ふん、この富条腐玲に楯つく鼠たちには、少々痛ぁいお仕置きが必要ね……」
笑みを浮かべたのか、富条の目が細められ、口元付近の布がよじれる。
モデルのようなプロポーションとその白い仮面。
ぱっと見れば、甲冑を身につけた女騎士のようにも見えなくもない。……が、騙されてはいけない。目の前にいるのはブリーフを被ったただの変質者だ。
この緊迫した空気をもてあそぶかのように、じわりじわりと富条が歩を進めてくる。
「お仕置きはそっちが受けるのです!」
そんな富条にビシッと指さしながら、みちるが叫ぶ。
被ったトランクスのせいか声が若干こもっている。
「ところで、みちる。その、お前の言う兄パン異能ってどんな力を発揮するんだ?」
そういえば肝心なことを聞いてなかったな。
異能というからには、みちるもふーこちゃんも、富条だって……なにか特殊な能力が発動するはずなんだ。
「右手から邪悪な竜とか出てきたりするのか……?」
「あはは! 兄さまったら、もう! 厨二全開ですね!」
ぐひひと、舐めくさったように笑うみちる。
く、くそう……。兄のパンツ被ってるヤツに言われると激しく納得いかない……!
「いいですか、兄さま。わたしが兄さまのトランクスを被るとですね……。交感神経および体全体の血液の循環が活性化し、その影響から呼吸数や心拍数が上昇……次いで、日常的に血管にかかる圧を瞬間的に増加させ……」
「うん……つまり?」
「血圧が上昇します」
「それ全然異能じゃねーよ!」
ただの体の異常だよ!
兄のパンツ被って興奮してるだけだよっ!
「ちなみに私は、目眩がして、お股からタケノコが生えたような感覚に見舞われます……」
「もっと凄いのがいたっ!? ふーこちゃんもクールにきめてるけど、それかなり危ない発言だからねっ!?」
タケノコって!
幻覚まで見えちゃってるよこの子!
これは……想像以上にマズいかもしれないな。
今まではまだ真剣な雰囲気(?)だったから、本当に異能があるものだとちょっと信じかけていた。
けど、違う……。
この子らただの変態だ!
すると、その様子を眺めていた富条が声をかけてくる。
「あ……その、貴女たち……? 一度病院で診てもらったら? 知り合いに良いお医者さんがいるのよ……」
「リアルに心配しているっ!? 実は良い人かあんたっ!」
まさか今のやりとりで感情移入しちゃったのかっ!?
というか真顔で白ブリーフ被ってるあんたも病院行ってこい!
「う、うぅ……、これは辛い……。ツッコみどころが多すぎて辛い……」
「あ、兄さま!」
「お兄さん……!」
どっと疲れて、ついフラっときてしまった。
そんな僕に、みちるとふーこちゃんが同時に駆け寄ってくる。
そして、富条も含めた三人で口をそろえて……
『大丈夫ですかっ? これは病院に行かなくては!』
「お前らがなっ!!」
そして僕は、ひんやりとしたコンクリートの床に仰向けに寝そべった。
はぁ……なんか三人とも、やけに息ピッタリだし。
まるで僕だけが別世界の人間のようにすら感じてしまう。
「ぐ、ぐぉぉ……! よくも……よくも兄さまをやってくれたな!」
すぐ側でみちるがうなる。いや、別にやられてはいないんだがな。ただちょっと、色々と疲れちゃっただけなんだ。
「お……、おーっほっほっほ! 図らずもこれで戦力が一人減ったわね」
我に返ったのか、どこか不安げながらも富条は高笑いする。
なんだか非常に茶番くさい……が、ヤツは腐っても不良のボス、富条腐玲なのだ。
放置しておくと、また、この町のトランクスユーザーに被害が出るだろう。
このまま見過ごすわけにはいかない。
「ふふふ……そうね。じゃあ、冥土のみやげに教えてあげる……。私がこの町をブリーフ一色に染めようとした、そのワケをね!」
さっきとはうってかわって、余裕のある声を響かせる富条。そのブリーフの奥では、さぞ優越感に浸った笑みが展開されていることだろう。
「ぐぬぬ。こうなったら、奥の手を使うしかないようですね」
そう言いながら、みちるはすくりと立ち上がる。
そしてそのまま踵を返し、倉庫の入口の方へと駆けていった。
「み、みちるっ?」
「あらあら、恐れをなして逃げちゃったじゃないの」
走りながら、みちるは被っていたトランクスを脱ぐ。
そして、それをスカートのポケットに仕舞い、代わりにケータイを取り出した。
「ふむ……そろそろですね」
どうやら時間を確認したらしい。でも、いったいなにをするつもりなんだ?
みちるは再び僕らに背を向け、入口の扉と向き合う。
おい……。
ほんとに逃げるんじゃないだろうな……?
いや……それはないか。
みちるは、兄や友達を放ったまま一人逃げ出すような子じゃない。
それはあいつの兄である僕が一番よく知っている。
そんな僕の予想の通り。
みちるは扉を全開に開き、
そして、体全部から絞り出すように大きな声で、
「おまわりさん!! こっちです!!」
ちょうど外から走ってくるおまわりさん集団に向けて、叫んだ――。
♀ ♀ ♀
――外に出ると、辺りはすっかり宵の闇に包まれていた。
「ま、待ちなさい……! 私まだ言いたいこと一つも言ってないんだけどっ!? ちょっと……ま……」
「はいはい、お話は署でちゃぁんと聞くからねぇ~」
なにやら叫ぶ富条腐玲をはじめ、倉庫内からは次々と、不良じみた女子学生たちが連行されていく。
その数、ざっと十数名ほど。
時々、『BLは不滅なり!』やら『BL万歳!』やら騒いでいるのを見るに、富条の手下なんだろう。というかブリーフって“BR”じゃないんですかね?
でも、あれだけの人数が、今まで倉庫の奥に潜んでいたのか……。
富条の言ってたように、僕たちは想像以上にふくろの鼠状態だったのかもしれない。
「……というか、奥の手って、こういうことだったんだな」
不良グループ一斉摘発の現場。
そこから少し離れたところで、僕とみちる、そしてふーこちゃんは、その様子をぼんやりと眺めていた。
「ええ。暴力沙汰になりそうな物騒なことは、おまわりさんに任せるのが一番ですからね!」
「まぁ、たしかにそうだが……」
というか、ここに来た時にみちるが電話してたのって、おまわりさんにだったんだな。
なかなか手回しの良いことじゃないか、みちるよ。
「まぁでも、これで町の秩序は元通りですね……」
「だね。これで、心置きなく兄さまのトランクスを愛でることができます」
達成感に満ちた瞳で頷き合う二人。
うん、愛でさせねぇよ?
まぁ、それはともかく……。
今回の『パンツシェア独占未遂事件』は、こうしてその幕を閉じたのだった。