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18話:変わったみちる、変わらないみちる。



 ♂ ♂ ♂



 ――あれはちょうど、僕が小学生になったくらいの頃。


 家の裏庭に面した、日当たりの良い部屋の中。

 母さんが洗濯ものを畳むすぐ隣で、僕とみちるはヒーローごっこをして遊んでいた。


 二人そろって、テレビで見たばかりの変身ポーズを決めたり、勢い余って洗濯ものの山に飛び込んだり……小さい頃なら誰でもよくやりそうなことで大喜びしていた。


 でも……。

 そんなやんちゃの一つが、妹のおかしな趣向を目覚めさせてしまうとは、当時の僕は露程も思わなかった。


 僕はヒーローごっこでテンションが高じて、つい、自分のトランクスを頭に被ってしまったのだ。

 首元まですっぽりと。

 両足が出る部分から両目が見えるようにして。


「ははは、みちる。ワタシは正義の守護者、パンツァー仮面だ!」


 ……とか言ってた気がする。


 それを見たみちるは、一瞬ぽかんとしていたが、その表情はみるみるうちに輝きを帯びて、



「わたちもちたいっ、兄たまっ」



 ……それから、その日は一日中飽きもせず、二人そろってトランクスを被ってはしゃいでいた。

 ぶかぶかのトランクスを被った小さなみちるは、「うぉぉ、つおいっ、わたちつおいっ」とぴょんぴょんと部屋中を跳びはね回っていたっけな。



 以来。それこそ日課のように、みちるは僕のトランクスを要求するようになった。

 はじめはすぐに飽きるだろうと思っていた僕だったが、その要求はみちるが中学に上がってもなお続いた。


 常軌を逸するほどの熱心さに、僕はさすがに危機感を覚えた。


 その頃から、僕はみちるからパンツを遠ざけるようになったのだった――




 ♂ ♂ ♂



 ――そして今に至る。


 今、こんな危険な場所にいるのだって、元を辿ればあの時の僕の悪ふざけが影響しているから。……それ以外に考えつく理由がない。


 あの時、パンツではなくもっと別の……たとえば、靴下で遊んでいれば……いや、それもよろしくないか。母さんの下着とかで遊んで……もっと駄目だろ。


 ……ともかく。

 あの時僕がパンツァー仮面なんてしなければ、みちるはもっとノーマルな女子中学生として平和に過ごせていたかもしれないんだ。


「兄さま」


 その声に顔を上げると、自分が倉庫の入口で止まったままなことに気づく。つい思い出に耽ってしまっていたようだ。

 すぐ目の前にはみちるが、僕の顔をのぞき込むように立っていた。


「兄さまはもしかして……わたしのことで、なにか自責の念を感じていのではないですか?」


「え……? どうして……」


 ずばり言い当てられ、ついみちるの顔を見つめ返してしまう。

 みちるは「やっぱり」という風に口元を綻ばせた。


「そりゃもう、ずっと一緒に暮らしてきた兄妹ですからね。でも……それなら、ご心配には及びませんよ」


 そして、まるで僕を諭すような優しい口調で言葉を継いだ。


「わたしは、わたし自身の意思でもって、この十数年間生きてきました。今この場所にいるのだってそう……」


「……だ、だが」


 あの時悪影響を与えてしまったのは、間違いなく……。


「たしかに、小さい頃から兄さまの影響を受けているのは事実です。でも、そうあろうと決めたのも、他ならぬわたし自身なのですから。誰に言われたから、誰に惑わされたから、ではないのですよ?」


「みちる……」


「だから、兄さまがわたしのことで後ろめたい気持ちになる必要は、これっぽっちもないのです」


 そう言って微笑むみちる。


 コイツは、僕の考えなんて本当に丸々お見通しなんだな。

 それどころか、僕の心労を見越して、それを少しでも和らげようとフォローしてくれる。


 昔から、みちるはこうだ。

 誰かが悩んでいたり沈んでいたりすると、その人の心情をいち早く察知して、支える側として奔走する。


 ……僕は少し、自意識過剰だったのかもしれない。


 たしかに、パンツへの執着は僕が原因かもしれない。でも、みちるは変わらずみちるのまま、大きくなっていたんだ。


「それに、今こうして兄さまたちと過ごせるのは楽しいですし。わたしの人生は大変充実しておりますよ?」


「……ああ、そうだな。僕もだ」


 そう。多少変な趣味を持っているとしても、みちるはみちる。

 僕のたった一人の大事な妹だ。


 それにもし、そのことで周りに障害や軋轢(あつれき)が生まれたとしても、その時は僕が全力で守ってやればいいだけの話だ。

 今、この瞬間だって……。


 そう思うと、今まで抱えていた重い鎖のようなものが、するりと外れ落ちたような……そんな気がした。


「うん……わかったよみちる。でも、ここに来たのがみちる自身の意志だとしても、お前を守るのは兄の、僕の意志だ。そこに異論はないな?」


「はい、頼りにしております、兄さま。それに今回は、ちゃんと奥の手も用意済みなんです。なのでなんの心配も要りませんよっ」


 奥の手か……。

 なにかはわからないが、自信に満ちたみちるの顔を見る限り、よほどの得策なんだろう。


「よし……じゃあ、さっさと事件解決して、帰るか!」


「はいっ!」


 そうして、僕とみちるは拳同士をコツンとぶつけて頷きあう。

 この瞬間、改めて僕たち兄妹の新たな道が拓けた気がした。


「……あらあら。ひとの縄張りにノコノコやって来たと思ったら、内輪話ばかりして……。礼儀知らずな鼠さんたちね?」


 すると突然、僕たちの声を遮るかのように、知らない声が倉庫内に響いた。





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