17話:異能のタイプも色々あります。
「隣町との境付近にある古びた倉庫。そこに、今回の事件の首謀者……隣町の不良グループ『フジョー・C』のボス、富条腐玲がいるそうです」
早足で河川敷を進みながら、ふーこちゃんが不良どもから聞き出した情報を淡々と告げる。
どうやらこのまま、その倉庫とやらに向かうらしい。
――フジョー・C。
名前からして、あまり爽やかな感じの組織ではなさそうだ。
でも、今の僕は正直それどころじゃなかった。
さっきのショックが、頭の中でまだ受け止めきれていないみたいだ。
なぜ彼女は、額にふんどしなんて巻いてるんだろうか。
それに、そのふんどしはもしかして……。
「で、でも。どうしてふーこちゃんは、今回そんなに熱心なの?」
みちるはみちるで、他に思うところがあるようで。
小走りで彼女の横に並びながら、疑問を投げかけていた。
そんなみちるに、ふーこちゃんは緩やかな微笑で、
「それは……橘さん。きっとあなたと同じよ?」
「え? 同じ?」
「ええ、同じ。今、この町のパンツの法則が乱れはじめている……。あなたも、それに勘づいてここまで来たのでしょう?」
「う、うん……まぁ」
「それと同じってこと。その乱れを阻止したい。裏で手をひいている悪者をやっつけて、パンツの法則を元通りにしたい……。兄パン異能者の一人として、ね」
「兄パン異能って……え? ふーこちゃん、もしかして……」
「ええ。私は、兄のパンツを装着することで自身の能力を高める存在……。橘みちるさん、あなたと同じ能力の持ち主なの」
「ぬぬ……ぬぁんだぁってぇぇ――――――っ!?」
後ろにズッコケんばかりに仰け反るみちる。
なにやら話がおかしな方向へ流れている気がする。
「ど、どうして……ふーこちゃんが、わたしの秘密を……」
「異能の否定はしないのか妹よっ!」
「それはね……こないだのお昼休みに、橘さんがお兄さんのトランクスを抱きしめていたでしょ? その時、私の第六感がビビっときたの。あ、これ同じやつやわ……てね」
「そ、そうだったのかぁー……!」
「そこで普通に返すふーこちゃんも凄いな! そしてトランクスを抱きしめる云々の下りが聞き捨てならない!」
中等部の教室ではいったいなにが起こってるんだ……。
「そして状況から考えて、橘さんの兄パン異能は“TYPE=T”とみたわ!」
「すごいドヤ顔かますねふーこちゃん! タイプとかあるのかっ! 他のタイプも想像に難くないけど、できれば聞きたくないなこりゃっ!」
「ふーこちゃん……あんたってばエスパーですかっ!?」
「そしてしっかりノッちゃう妹よ! さては君らものすごい仲良しだなっ!?」
てか、そもそも年頃の中学生が盛り上がる話題じゃないだろうに……。若干厨二くさいし。
……いや、そうなるとむしろ、中学生だからこそなのか?
この子らは中三だけど。
そしてつい律儀にツッコんでた僕だが、ひとつ気になることがあった。
なんとなく予想はできるんだが、一応聞いておくことにする。
「あのさ、ふーこちゃん……。その、君の兄って……」
「あ、そういえば……ちゃんとした自己紹介がまだでしたね」
一瞬ハッとして、ふーこちゃんは改まった態度でこちらに向き直る。
「……ごほん。お兄さん、私、みちるさんのクラスメイトの山下楓子と申します。そして、いつも兄の和斗がお世話になっております」
「やっぱり山下の妹さんでしたかっ!」
薄々とはそんな気はしてたけど、改めて事実を突きつけられると妙にショックだ。
「てことは、今までの話から察するに、そのハチマキ(婉曲表現)って……」
「はい。これは……私の力の源です。私は、異能者の中でも稀有な存在……“TYPE=F”ですから!」
「うん! ドヤ顔はもういいからねっ!?」
このご時世にふんどしって、たしかに珍しいけど……。
「あ……だからこないだ、あかりちゃんの質問に『……ふん』って言ってたんだ……。あれって、鼻であしらったんじゃなかったんだね……」
「ええ。教室で答えるのは少々恥ずかしかったの……」
隣でなにやら納得顔のみちるだが、どうやらクラスでなにかあったらしい。
「なので、私の異能を発揮させるために兄にも強せ……ごほん、協力してもらっているのですよ」
「今の一言で君ら兄妹の立ち位置が掴めた気がするっ!?」
だから山下、あんなに自分のふんどし姿を隠したがっていたのか……!
やはりお前は可哀想なやつだよ、山下。アーメン。
「橘さんが私と同じ異能を持つということは、今回の事件に関しても私と同じ目的で動くことが予想できました。こうして行動を共にできることも期待していたし、実際今は大変心強いわ。……さて、到着しました」
そうこう話をするうち、隣町のすぐ近くまでやってきていた。
河川敷から川の方を見やると、わりかし立派な……でも、どこか陰気な雰囲気漂う倉庫が存在していた。
しまった……。
道中は結局ボケとツッコミの応酬ばっかりだったせいで、心の準備がまったくできていないぞ?
相手は曲がりなりにも隣町有数の不良グループだ。
このまま考えなしに突っ込んでいっても、返り討ちにあうのが濃厚な気がする。
それに……。
「あ……はい……ええ、今は河川敷の近くにいまして……ええ」
ちらりと隣を見ると、みちるはちょうど通話中だった。
相手は母さんだろうか。
なにかと律儀なみちる。彼女はこうして、母さんに帰宅する時間を伝えるのを日課としているのだ。
「……?」
ふと、目が合う。
小さな口を開いて、キョトンとこっちを見上げてくる幼顔。
そのあどけない顔を見ていると、不意にちくりと棘のような記憶が僕の胸を刺す。
やはり、僕の責任なんだろうな……。
みちるは、パンツに関して既にいくところまでいってしまっている。異能だとかパンツァーだとかのたまうほどには、こじらせてしまっているみたいだ。
そしてついには、こんな危険な場面にまで踏み込もうとしている。
やっぱり、あの日の出来事が、みちるの歩く道を変えてしまったのかもしれない。
あの日の僕の、考えなしの悪ふざけ。
あの行動が、まだ幼いみちるに悪影響を与えてしまったから……。
「さあ、参りましょう……パンツの平和を取り戻すために!」
「奪われしパンツシェアを取り戻すために!」
ノリノリで倉庫の扉を開け放った二人は、そのままずんずんと奥に進んでいく。
僕はその数歩後ろで、あの日のことを思い返していた。




