16話:その少女は魂を巻いている。
「ふ、ふーこちゃん!? これって、どーいうことなのっ?」
「橘さん、来たのね。ナイスタイミング……。お兄さまもこんにちは」
「ああ、こんにちは。……て、ここ普通に挨拶するとこなの?」
転がるように河原に降り立った僕ら兄妹。
そんな僕らを『黒髪ハチマキ委員長』ことふーこちゃんがクールな笑みで出迎えてくれた。
長い黒髪に、赤いハチマキ。
みちるの驚いた表情を見る限り、どうやらホンモノのクラスメイトのようで……。
結局、みちるの悪い想像……『怪しい人物=ふーこちゃん』は現実だった。
でも、事態はどうにも悪い方向ではないらしい。
現に、ふーこちゃんと金髪二人組……仲良しこよしという風にはまるで見えない。
「今、彼女たちから情報を聞き出すところなの。ちょっと待ってて橘さん」
そのままゆっくりと、でも凜とした仕草で不良の方へ近づいていくふーこちゃん。
対するギャル二人組はといえば、ウェーブのかかった金髪を砂埃で汚しながら満身創痍で地べたに伏せっていた。
「さ、さいあくなんですけどぉ~……、ちょ~痛いんですけどぉ~……」
フーセンガムを膨らませながら一方の金髪がうめく。
「こんなぶっそぉなヤツがいるなんて、こちとら聞いてないんですけどぉ~……」
ジャイ○ントカプ○コを囓りながらもう一方の金髪が……って、この不良たち本当にそっくりだな!
どっちが下須野か木築野か、素人目にはさっぱりわからねぇ!
でも、こんなにボロボロになってまで咀嚼を続けるあたり、不良としての徹底ぶりが垣間見える。
さてはこいつら……真面目な不良なんだな……!
「さて……貴女たち。今まで盗んだパンツはどうしたの? 誰の指示でやったの?」
そんなことを考えている間にふーこちゃんは二人に詰めよっていた。涼やかなその声音の中にどこか威圧的な雰囲気がある。
その雰囲気に圧されたのか、金髪たちはほぼ無抵抗に自白を始める。
「あ、あたしらはぁ~、上から『ブリーフ以外のパンツを滅ぼせ』って言われてぇ~……」
「そうそう。ただ富条お嬢さんの命令でやっただけでぇ~、詳しいことは知らねぇっつぅか~……」
「富条……その方が貴女たちの親玉なのね? で、彼女の居場所は?」
そのまま、淡々と取り調べ(?)が進んでいく。
ときおり「あべしっ」「ふぎゃんっ」やら「首にそんなん突きつけないでくださいっていうかぁ~」とか聞こえてくるけど……まぁ、きっと気のせいだろう。
「……兄さま」
「ん? どうした妹よ」
「今日の晩ご飯は、なんでしょうね」
「……たしか、昨日はブリの照り焼きだったから、今日は肉系かもしれんな」
「……焼き肉……なんて可能性もあるのでしょうか……」
「我が家の家計、そして一年の献立サイクルから鑑みるに、まずありえんな」
「……ふふ、世知辛いですね、兄さま」
「ああ、あと半年くらいは、うちのメイン肉は鶏だ」
「せめて……親子丼という奇跡を目の当たりにしたいものです……」
「ああ、本当だな……」
「鮭とイクラのね」
「肉どこいったっ!?」
「お待たせしました、橘さん」
ちょっと暇がたたって、しばらく今日の晩ご飯について盛り上がっていると、ふーこちゃんがこっちに向かって歩いてきていた。
少し満足げな表情から、どうやら納得いくほどの情報は得たらしい。
「では、行きましょうか」
「「え?」」
「見事にお声を揃えましたね。さすが兄妹というところでしょうか。それはともかく、お二人には色々お伝えしたいことがありますので、向かいながらお話しましょうか」
するすると土手を登っていくふーこちゃん。ちなみにギャル二人組は、ふーこちゃんに追っ払われて這々の体のままどこかへ逃げていった。
「ち、ちょっと待ってふーこちゃん! 向かうって、どこに?」
すでに土手を登り切ったふーこちゃんに、みちるが慌てたように尋ねる。
どんどん事態が進んでいって、正直どうなっているのかわからないのは、僕も同じだ。
みちるの声に、ふーこちゃんは振り返る。
同時に夕風が河川敷に吹き込み、彼女の黒髪、そして額に巻いたハチマキを舞い上がらせ――
「――そ、それは……!」
僕は思わず、絶句してしまった。
そんな僕を置いてけぼりに、ふーこちゃんは澄みきった声音で、
「この町のパンツシェアを取り戻すための……その終着点よ……」
そう呟いた。
その間……僕は別のことに全意識を持っていかれていた。
彼女が額に巻いた赤いハチマキのような物……いや、一瞬だがたしかに、僕の目は認めた。
――それは、ハチマキなどではないと。
……つい最近も、同じものを見て驚かされた。
だが今回は、あの時以上に混乱してしまっている。
なぜならそれは、本来は額などに巻くものではなく、
紐部分を腰に回し、
前方中央にある長方形の布部分を前から股を通して後部に引っ張り、
もちろん、装着時には尻が丸出しにあるであろう……
――真っ赤な『六尺褌』……そのものだったからだ。




