15話:金髪×黒髪、河川敷。
吉川とその場で別れ、僕とみちるは二人、不良どもが去っていった方向へ歩を進めていた。
……というより、話の途中でみちるが突然走り出したのだ。
それを僕が追いかける格好となっている。
「みちるっ、いったいどうしたんだっ?」
みちるはスピードを緩めない。一生懸命腕を振って走る。
でも、さすがはクラスで一、二を争う足の遅さだ。
こっちは小走りでもどんどんみちるの背中が大きく見えてくる。
やがて僕たちは住宅を抜け、河川敷へと足を踏み入れた。
一級河川に沿う舗装された広い道。隣町へ向かう一番主要なルートだ。
僕はみちると併走する形になってから、その焦ったような横顔に向かって再び声をかけた。
「……さっきの吉川の話で何かわかったのか?」
「ぜぇ、ぜぇ……っ」
僕の質問は聞こえてるはずなのに、みちるは答えない。
「吉川が言ってた“怪しい人物”ってヤツ……もしかして、心当たりでもあるのか……?」
「ぜぇっ、ぜぇ……っ」
やはりみちるから返事はない。でも、その小さな額に浮かぶ大粒の汗が、みちるの心境を表しているように思えた。
「あ、兄さま……、ぜぇ、ぜぇ」
すると、ようやく口を開いたかと思うと、
「ハァ、ハァ……、話すのは……歩き、ながらでも……いいです……か、ぜぇ……ぜぇ……」
「みちる……。お前、もしかして……」
「も、もうダメでガスぅぅ~……!」
「やっぱりか! ただ苦しくて喋れなかっただけか!」
ついに足を止めたみちる。すでに満身創痍の顔つきでヘロヘロ状態だった。
……どうやら僕は妹の運動能力を侮っていたようだ。
「たしかに、先日の追いかけっこよりは距離が長かったけど……」
それにしても、平均的な体力の僕でも息が切れないくらいの距離だ。どれだけ体力ないんだ妹よ……。
すぐ側の土手で少し休憩。
しばらくゼハゼハと苦しそうなみちるだったが、ようやく息が整ってきたのか、ふひぃ~、と大きく息を吐いた。
「あのぅ、兄さま……。急に突っ走ってごめんなさい」
「いや、いいんだ」
それだけ慌ててたってことだろう。
というか、突っ走るというより小走りでバタバタ暴れてただけの印象なんだ。
……なんだかこっちこそごめんなさいだ。
「で? そんなに慌ててるのは、さっきの怪しい人物が関係してるのか?」
「いえ……関係しているのかは、全然わからないのですけど……」
町の家並みを背景に揺れる川面を眺めながら、みちるはぽつぽつと言葉を紡ぎだす。
「吉川先輩にその子の特徴を聞いた時、ふいに一人のクラスメイトの顔が浮かんだのです」
「クラスメイト?」
「はい……。その子も、長い黒髪で眼鏡っこなんです。あ、でも、いつもは髪を三つ編みにしてますし、不良なんて言葉とは無縁な子なんですよ?」
話を聞いただけでもなんとなく想像しやすい。典型的な委員長タイプの子なんだろうか。
「でも最近、その子の様子が少しおかしいのです。普段から冷静で落ち着いた性格の子なのに、最近はどこか挙動不審で。放課後も、まるで逃げるように急いで教室を出ていったり……だから、ちょっと悪い想像しちゃったんです。それで……」
「なるほどなぁ……」
……もしかしたら、自分のクラスメイトがその怪しい人物なんじゃないか。
そう思って、一瞬でもそんなことを思ってしまった自分が嫌で。
邪念を振り払おうと思わず走りだしてたってわけか。
なるほど……すごくみちるらしい理由だった。
心の奥底でもそうやって、家族や友達を大事に思うところ。
それがみちるの、昔から変わらない良いところだ。
「その子……“ふーこちゃん”っていうんですけど、うちのクラスの委員長なんですよ。無口ですし、見た目も性格もほんとーに真面目で、THE・委員長って感じなんです」
走って話して、気持ちが徐々に和らいできたのか。
みちるは自慢話でもするように、笑顔を交えながらふーこちゃんの話をはじめる。
我が妹のそんな笑顔に僕の心も安らいで、笑顔で相づちを返した。
「へぇ。そんなに真面目一辺倒な子だったら、不良なんてほとほと無縁そうだなぁ」
「そうなんですよー。まったく。一瞬とはいえ、我ながらバカなこと想像したもんです。……あ、そうそう。あの河原に立ってる子、いるでしょ? ふーこちゃんって、ちょうどあんな感じなんですよっ」
そのままみちるは立ち上がって、ちょうど視線の先の河原にいる少女を指さす。
その子は連れらしき二人と向かい合うようにして立っていた。
「ここからは横顔しか見えないけど、たしかにきれいな黒髪だな。それに、頭になんか巻いてるな」
「本当ですねー。それにあの子、うちの中等部の制服着てますよ。よく見れば眼鏡もかけてますし、こんな偶然ってあるんですねー」
「ははは、ほんとだなー。てかアイツら、ケンカしてないか?」
「あ、本当ですねー。夕方の河川敷でケンカなんて、THE・青春ですねー」
気づいた時には、その黒髪少女は残り二人の少女を豪快に投げ飛ばしていた。
まさに一瞬の出来事だ。
「あの子、強いですねー! 残り二人の金髪さん、すでにボロボロですよー!」
「ほんとだなー。てかあの投げられた二人、もともと制服着崩してたしなー……」
……て、あれ?
着崩した制服?
それに、金髪に……二人組……。
リアルタイムでボコられているあの二人を、もう一度よく見てみる。
外見からしてケバケバで……そう、俗に言うギャルだ。
どこかの制服を着崩して、いかにも素行不良な風貌である。
「ギャル二人組……と、あの黒髪ハチマキ少女……って! あれって、もしかして――」
「あ……あああっ!? あの黒髪の子っ!」
僕が叫ぼうとしたのとみちるが叫んだのは、ほぼ同時。
そして、
「あれ……ふーこちゃんですっ!」
「な、なんだってぇぇっ!?」
「ふぅ、? ……あら?」
僕とみちるが叫んだのと、その少し下方……河原でギャルを倒した黒髪の少女……改め、みちるのクラスの委員長ふーこちゃんがこちらに振り向いたのも、ほぼ同時だった。