10話:裏庭で。
裏庭の物干し竿を見上げていた妹が、おそるおそる振り返る。
「ははは、みちるよ。甘いな。お前の行動はお見通しだ」
「あ、兄さま……いつのまに! わたし、本気で走ってたのに……」
「ははは、みちるよ。よもや己が運動能力を忘れたわけではあるまいな……」
「そ、そうでした……!」
そう……みちるの足は学年でも一、二を争うほどに遅い。
僕は気配を悟られぬようついてきていたのだが、小走りで十分だった。
「それに、昨日からお前の様子がどこか怪しかったからな……。そろそろ行動に移す頃だろうとアタリをつけていたのだよ」
「な、なんと……! では、兄さまの昨日お召しになったトランクスは……いずこへ?」
「すでに取り入れて、今では部屋の金庫の中だ」
「金庫ですってっ!? ま、まさかそんな……。あ、兄さま……それはあの金庫ですか……? 重々しい箱にダイヤル鍵のついた……。キングコングではなくて?」
「そうだ。逆にキングコングだとどうにかできるのか妹よ……」
それはそれで怖いな。
もしそうなら、金庫もどうにかできそうだ。
ともかく、ポケットから金庫の鍵を取り出してみせると、みちるは顔を青く染め膝から崩れ落ちた。
地面に両手をつきながら、悔しそうに顔を歪める。
「ち……ちくしょう……! ちくしょ――! わ……わたしはまた、兄さまを超えることができなかった……!」
「ああそうだ。これで懲りただろう……。なら、明日から心を入れ替えて――」
「ならば兄さま!」
すると途端、みちるはバッと起き上がった。かと思えば、おもむろにスカートに手をつっこ……
「な……何をしているんだっ!?」
「兄さま……取引といたしましょう。兄さまがわたしにおパンツを下さる。その代わり、わたしのおパンツを兄さまに差しあげますっ!」
そのまま片手をドドンと空へ掲げるみちる。
その手にはなにやら紫色の細い布が握られていた。
そして僕は、その布の正体にすぐ気づいてしまう。
「ちょ……! おまっ! それ! おまっ!」
「ふふふ、これならばWin-Winの取引成立です。悪くないお話でしょう?」
「おまっ! それ……おまっ!」
必死で口を動かすも、もう自分で何を言ってるのかわからない。
頭のニューロンシナプスてんやわんやの、一世一代の大混乱だった。
「それに、兄さまとて男……。たとえこれが実妹の物とて、大変有用な代物となりえましょうぞ」
「ちょ! ま! ちょ! おま!」
「おホホホホッ! では、兄さま! 大人しく金庫の鍵を渡してもらいましょうか!」
「ぐ、ぐぉぉぉ……おま……それ……!」
えらくキャラ崩壊しているな妹よ……。
だが……ダメだ。
この鍵をみちるに渡しては、絶対にダメだ。
なんかダメな気がする。
そんな意思とは裏腹に、鍵を持った僕の右手はジリジリと前方へ向かう。
く……くそう……僕も所詮は男ということか……。
神が創りたもうた性別という概念の前では、兄妹の意義など霞んでしまうのか……!
そして、このまま妹の兄パン好きを加速させてしまう……のか……!
「あら、二人とも帰ってたのね。おかえ…………て、みちる!? なにやってんのアンタ!」
「お……おかーさん!」
……どうやら、最悪の事態は免れたようだ。
ギリギリのところで、救世主が現れたのだ。
ふぅ……。
こんなドラマチックな場面で登場なんて、母さんもわかってるというかなんというか……。
「それに、忍……! アンタなに妹のパンツに手を伸ばしてんのよ……」
「くぉぉぉっ! ちょっしもたっ!?」
そういえば、ちょうど僕の手はみちるの……みちるの手にある紫色の布に向かっているところだった!
いっけね! これ、いっけね!
「さてと……アンタら、わかってるわね?」
と、いうことで……。
本日も景気よくお日柄もよく、第83回家族会議が開催されることとなった。
ここまでお付き合いありがとうございます。
次回から後半、ちょっとした事件編に入っていきます。




