1話:兄の部屋で。
今作は短編サイズ(4001~40000)の連載ものです。
しばらくの間よろしくお願いします。
――五月。穏やかな初夏のある夜。
風呂から上がって僕の部屋に戻ると、そこに一人の闖入者がいた。
「……何をしているのだ?」
ドアを開けてまず視界が捉えたのは、カーキのショートパンツ。次に栗色の二房のおさげ。そして、花柄のシンプルなタンクトップに包まれた華奢な躯体。
我が妹、橘みちるは、僕の部屋そのベッド脇のチェストに幼顔を突っ込まんとしていた。
「あら、兄さま。お風呂に入っておられたのですね」
「いかにもその通りだ。 ……だが、なぜお前がここにいる?」
そしてなぜ、我が下着を頭に被らんとしている?
それは見紛うことなき、ベッド脇チェスト内のナンバー3……白地に黒ストライプのトランクスであった。
「あえて尋ねるが、正直に申せ。今、何をしようとしている?」
「兄さまのパンツを被ろうとしています」
「正直すぎるぜ妹! だが、なぜだ? ゼブラウーマンにでもなるつもりか?」
白黒の縞々だけに。
「う……それは、兄さまもご存じのはずです」
「ふむ、心当たりがないな」
「ここに、兄さまのパンツがあるからです!」
「そういえばそれがお前の口癖だったな、みちるよ……。だが待て。それを頭上に掲げる今の内でとどめておけ」
「なぜに止めます兄さま。どうかこのまま、ひと思いに着用させてくださいましッ」
「お前の気持ちは痛いほどにわかる」
「ならば、思うままにっ」
「だからこそ……なのだよ。妹よ」
「……? それは、いかほどに?」
「パンツという下着はな、妹よ。被るためにあるのではない……。穿くためにあるのだ!」
「なんてこってす!」
「これで気は済んだか?」
「もう目からウ○コです」
「そこを伏せると、どこか想像を絶するな」
「わたくし驚き過ぎて、思わず兄さまのパンツを被ってしまいそうです」
「忠告のはずが、さらにお前の意志を固めてしまうとはな……迂闊だった」
「うっかりさんな兄さまも素敵です」
「え? うふふぅ……、は! ごほん……、みちるよ。そんな褒め言葉を言ったところで、パンツ着用の許可はおりぬぞ?」
「…………ちっ」
「ししし舌打ちだと……っ!? お兄ちゃんショックで胃に穴があきそうだ」
「いいえ、今のは投げキッスです。妹から最愛の兄さまへの嘆きっす」
「なるほど、そのパンツを穿けぬ嘆きとな。上手いこと言ったな」
「でしょう? なら、今こそ着用の許可をば」
「むろん却下だ、妹よ。……て、こら、そんな薄着でクネクネするんじゃない」
「だってだってですぅー」
「これはお前の将来のためを思ってだな……」
……そう。これは我が橘家の日常風景。
妹の『兄パン漁り』も日課と化していた。
「隙ありっ!」
「しまっ……、少々思いふけってしまった……!」
「ふはは兄さま! これでわたくしもゼブラウーマ……」
「アンタら~、そろそろ寝ないと明日起きられな…………っ!」
「お……おかーさん……!」
「あの、その、母さん、これは、その……」
「忍……みちる……直ちにリビングに来るように」
かくして、我が家のリビングにて第82回家族会議が執り行われた。




