誘い
「よう、あんたらも旅のもんか?」
ナコトと火を囲んでいると声を掛けられた。
声の主は男で、腰には拳銃の入ったホルダーが眼に入った。
「あんたらも……ってことはあんたもそうか。そうだよな、ここら一帯は人の住むところにはあまり適していないしな」
「ああ、その意見には賛成だ――と、言いたいところだが、もうこの地球で人が平穏に暮らせる場所なんてはたしてあるのか怪しいがな」
男の言うことは最もだ。
邪神が復活した今、この地球に安息の地など存在しない。疲れを癒す一眠りも、次に目覚めることができるかどうかの保証だってないのだ。だから、寝る場合はそれこと最新の注意を払わなければならない。
「それで、俺たちになにか用か?」
「おっと、そうだった。あんたら――と言うか、あんたに相談なんだがな」
「相談?」
ナコトが男に疑問を投げかける。
「そうなんよ」
「それで、その相談って?」
「もう少し先の場所になるんだが、とある魔女が魔術に使う実験の材料を集めてるんだ。詳しい概要はこれに書いてあるから、ちょっと目を通してくれ」
そう言うと、男はしわくちゃになった紙を取り出した。
「ずいぶんとしわくちゃな紙ですね」
ナコトが呆れたように言う。
「へへ、すまないな。どうも一人旅をしていると、人にものを見せるなんてことが少なくなっちまうからな」
男が取り出した紙には、材料集めを依頼する事柄が書かれていた。兎に角、なんでもいいので魔力を帯びた物をもってきてくれと言うもので、報酬は食糧や医療品などの物資だった。
「つまり、俺に魔力を帯びた物を共に捜してほしいってことだな」
「そう言うこった。理解が早くて助かる」
「こんなの、誰でもすぐに理解できますよ。ね、ナツメ」
ナコトがツッコむ。
「手厳しい嬢ちゃんだぜ。それで、あんたはこの話に乗ってくれるか?」
乗るか否か……
確かに食糧や医療品は魅力的だ。食糧はこの世で何よりも大切だ。いつ手に入るかもわからない。多いことに越したことはない。
それに医療品だってそうだ。医療品は食糧以上に手に入りづらい。ちょっとした怪我でも命に係わることだってある。そのときに医療品がなければ死は確実となる。
それならば――
「いいだろう。協力しよう。」
「本当か! それは嬉しいぜ」
男は手を差し出してくる。
「俺の名前はガズール、よろしくな」
差し出された手を握り返すと、私も自己紹介をする。
「俺はナツメ、こっちの子はナコトだ」
「ナコトです、よろしく」
やや芝居掛かった仕草でガズールに一礼するナコト。
「ナツメに嬢ちゃんがナコトか」
改めてガズールと言う男を観察してみる。欧米人のようだがそこまで背は高くない。だが、その分がっしりとした体格で、腕も十分な筋肉がついている。筋肉の量で言うなら私を遥かに超えているのは間違いない。それに腰にある拳銃は素人な私から見てもよく手入れのされたものだとわかる。
「さっそくだがガズール。この魔力を帯びたものに何か心当たりがあるのか?」
「ああ、もちろんだ。そうじゃなければ、声も掛けられないからな」
「その心当たりって何なんですか?」
ガズールがニヤッと笑う。
「バイアクヘーだよ。嬢ちゃんは見たことあるか?」
そうきたか……
ナコトも理解したようで、
「なるほど、魔力を帯びた物なら邪神の眷属でもいいわけですね。うん。それならナツメは狩りが得意だもんね。適任だわ」
「ほぉ、ナツメ、あんたは狩りが得意なのか。そいつは心強いぜ!」
「あまり期待しないでくれよ」
苦笑をして、誤魔化す。狩りが得意かどうかと言われたら迷うな。私がやっているのは狩りと呼べるほどのことじゃない。なるべく対象が一匹になったときに気がつかれずにそっと仕留める。その一連の動作の中に楽しむと言う感情はない。だから、きっとガズールが言う狩りとは違うだろう。
「最後に質問をさせてくれ」
「なんだ?」
「あんたは何で俺を狩りのパートナーに選んだ。この左腕の上に子供連れだ。命を賭けて怪物と戦いに行くには明らかに向いてない」
「ああ、そんなことか。俺からすればむしろナツメはまたとないパートナーと言ってもいいぐらいだ。なにせ、こんなご時世にその出で立ちで子供連れだ。かなり腕の立つ者じゃなければそうそう子供連れで旅なんてできないからな」
この左腕の拘束具とナコトの存在は他人からすればそのように見えるのか。あまり考えたことがなかったな。そもそも人とあまり会うこともないから考える機会もなかったか。
「もう一度言っておくが、あまり期待しないでくれよ。俺は自分とナコトを守るので精一杯だからな」
「おうおう、わかったわかった」
こうして私とナコトのあてのない旅に一人の男が加わった。