パートナー
「へーっ、じゃあその腕は一年前からなんだ!」
「ああ、もうすっかり動かなくなってしまったが、俺の身体の一部だ。最後までつきあってもらうさ。それにまだこの腕を治せる場所があるかもしれない。希望は残っているかもしれないからな」
嘘だ。
そんな場所はこの地球全てを探しまわっても見つからないだろう。それに腕だけではない。もう私の身体は――
「ナツメ君って前向きなんだねー!」
隣でさっき知り合ったばかりの少女が屈託のない笑顔を見せる。
彼女の名前はシユリ。私たちが久しぶりに出会った人間だ。
彼女もこの絶望の世界を生きる者である。
「シユリ、君の旅の目的はなんだ?」
「うーん…… そうだねぇ、今は生きることで精一杯かなー? もう邪神は止めることなんて誰にもできないからね。今日を生きて、明日を夢見る。途中で怪物にでも出会ったらそこまでだけどね。えへへ」
「君もなかなか前向きじゃないか。俺の方が見習いたいぐらいに」
「えへへー、そうかな?」
「ああ」
これまで出会った人間のほとんどは絶望の表情をしていた。だが、シユリはそんな表情はしていない。
「むー、シユリばかり相手にしてズルい…… 私も相手にしてよ、ナツメ」
黙っていたナコトが私の服を強く引っ張る。
「ああ、ごめんなナコト。久しぶりに人に出会ったものだからな」
「ナツメのいじわる……」
ナコトの機嫌が悪い理由は簡単だ。私が先ほどからシユリとばかり話しているからだ。相手が男性ならここまで機嫌が悪くなることなんてないのだが、女性となる途端に機嫌が悪くなる。
「ナコトちゃんはナツメ君のことが大好きなんだね!」
「あ、当たり前! ナツメは私の大事な相棒、パートナーなんだから」
「いいなー、私もいっしょに旅してくれる人ほしいなー? あ、そうだ! ナツメ君にパートナーになってもらおうかなー? ねーナツメ君?」
シユリはからかう感じで私の右腕に抱き着いてくる。
「な、な、な! 何をするんです! 早くナツメから離れなさい!」
ナコトは顔を真っ赤にして抗議する。
「えー? どうしようかなー?」
「そこは私の定位置! 早く退きなさい!」
ナコトは今にもシユリに飛び掛かりそうなので、
「悪いな、俺の旅のパートナーはすでに決まっているんだ。だから、その申し出は受け入れられない」
そっと、シユリを右腕から離す。
「えー、残念ー」
「ふ、ふん! あなたなんかにナツメのパートナーは務まらないんです! ね、ナツメ?」
「俺のパートナー……か」
そうだ、私とナコトはあの〝声の者たち〟によって生かされた存在だ。なぜ、生かされたのか、その理由を解き明かさないとならない。
だから、この旅にナコト以外のパートナーはなんて考えられない。
「もうラブラブなんだからー。そ、私が入る余地なんてないってことなのね。妬けちゃうなぁ」
「そうです、あなたが入る余地なんてないんです。べーッ!」
シユリに向かって舌を出すナコト。その姿に実に子供らしい。
「それじゃあ、お邪魔蟲はそろそろ退散しますよーっだ」
ちょうど分かれ道に来たところでシユリは言った。
「パートナーには慣れないがもう少し俺たちと一緒に来てもいいんじゃない
か? ナコトもこうは言っているが、久しぶりに人と会ったからもっと話がしたいだろうし」
「ナ、ナツメェ…… 私はナツメと二人っきりの方が――」
「ところでシユリ、君は最近海に行ったか?」
突然の質問にシユリは驚きながらも答える。
「う、海? ……うん、十日ぐらい前に行ったよ」
「海!?」
ほら、喰いついた。
ナコトには今度海に行こうと言ってからなかなか海まで辿りつけなかったから、海の話には喰いつけずにはいられないだろうと思ったのだ。それに、ナコトは自分の知らない話を聞くのが好きだ。私と旅を始めた頃も、私についてずっと聞いてきた。それはもうしつこいぐらいに。
「どうするナコト? ここでシユリと別れるか?」
「うっ…… うーん…… ちょっとだけ――」
「ちょっとだけ、なんなんだ?」
「――ちょっとだけならシユリもついてきて……いいよ」
「本当! いいのナコトちゃん?」
「いいも何も、ナコトが言っているんだ。な? ナコト?」
「でも、でも! ナツメの隣は私の定位置なんですからね!」
「えへへ、ありがとうナコトちゃん!」
今度はナコトに笑顔を向けるシユリだったが、
「ちょっとの間、よろしくね、ナツメくん!」
と、一瞬の間に私の右腕へとまたも身体をくっ付ける。
「こ、コラー! 早くナツメから離れろー!」
またもナコトが怒声を発する。
「……やれやれ」
少しの間だけど旅が騒がしくなりそうだ。私はそう思いつつもナコトとシユリのやり取りを眺めるだけだった。