ナコトとの出会い
ナコトと出会ったときのことを少し話そう。
ナコトと出会ったのは一年前、私が男の身体として目覚めたときだった。
これまでと全く異なる身体に絶望していたとき、その場に私と同じようにナコトは手術台の上で寝ていた。
上手く動かせない身体をどうにかして動かして、ナコトの下へつくとナコトは天井を見上げていた。
「大丈夫?」
初めて出す言葉は男性のものだったのでショックだった。しかし、当のナコトは私の呼びかけに無反応だった。
無視されたと言うよりも、私の言葉、いや存在自体に気がついていないようだった。
同じ手術仲間は無反応だし、あの声の主たちもおらず無人の病院のような施設で私は途方に暮れていた。私の元の身体は話によればすでに処分されたようだし、この男性の身体をまだ慣れていないので自分の身体として上手く動かせない。幸いなことにあの声の者が残していったのか、食糧や水が見つかった。
あの声の者は私がこの身体になったことで何か適合するとか言っていたがそれがなんなのかはわからない。まあ、死者を蘇生させ、脳を摘出するなどと狂人のことは一生理解できない気もするが……
左腕を見る。
肩から先に巨大な物体――そう、拘束具とでも言えばいいのか――が装着されていた。色は漆黒で触れば、それだけでかなりの強度を持っているとわかるほどだ。不思議なことにその内部にあるはずのこの身体の左腕の感触は全くしなかった。中で手を握り締めてもその感触がない。もしかすると、あの声の者は左腕を用意できなかったのかと疑ったが、ここまでのことができたのだから、左腕ぐらいは用意できているはずと考えた。
むしろ、私の直感的にはこれは左腕を封じる意味の方が強かったと思う。あの声の者が言っていた適合率とも関係があるのだろうか……?
「――深淵の瞳、大いなる月、界錠、ウルタール……」
隣に寝ていたナコトが突然言葉を発し始めた。
あまりに突然だったので心臓が飛び出るかと思った。
「お、おい……、起きているのか?」
「…………」
またも反応はなかったが、虹色の眼が私へと焦点を合わせたことに気がついた。
どうやら、私の存在は今度は認識してくれたようだった。
「大丈夫?」
私の言葉に僅かだが、首を縦に動かした。
「どこか痛いところはある?」
今度は首を横に動かす。
「そうか……」
すぐに会話が尽きてしまった。
元から子供の相手は苦手だったからどうしたものかと考えていたら、
「ねぇ、あなたはだぁれ?」
向こうから話しかけてきた。
ちょうど会話が尽きてしまっていたからありがたかったが、あなたは誰?
と言う質問に対して、どう答えればいいのかわからなかった。
「私は――」
そう、私は誰だ?
この身体の持ち主だった者の名前なのか、それとも元々の私の名前を言えばいいのか。
『――――おやすみ、ソニア。おはよう、ナツメとね』
そうだ、あの声の者はおやすみ、そしておはようと言ったのだ。
それなら――
「私はナツメだ。よろしくな」
あえてこの身体の持ち主の名前をナコトには名乗った。確かに男性の身体、しかも日本人でソニアと言う名前は合わない。
それに私自身としても、いつまでも悲嘆に暮れているわけにもいかなかった。身体を勝手に入れ替えられたのは確かに怒りが湧いてくるが、助けられたのには変わりがない。ならば恩返しのつもりはないが、あの声の者たちが私に何を期待しているのか、それに付き合ってやろうではないか。
だからこそ、私はこれまでの私とは別にこれからを進むための私の名前 ――ナツメと名乗ったのだ。