静かな夜の無人の家で
夢を見ていた。
懐かしいと言うべきか、悪夢と言うべきか……
そんな複雑さが混じった夢。
私が生まれ変わった夢。
「おはよう……か」
あの声が言ったことを繰り返して言ってみる。そう、おはようと。
すると聞こえてくるのは男性の声。女性ではなく男性の声。
私の声だ。
低すぎることなく、むしろやや高い私の声。正確に言うなら私の身体の声だ。
「何時だろう……」
まだ辺りは暗い。窓の外では月が遠くに見えることを確認する。だいたい、五時半から六時ぐらいか。
「――寒いっ」
季節が無くなったから毎日の温度は狂っているが、それでも朝は寒い。
「寒い……」
ギュッと毛布を握る。
毎日起きるたびにこの寒さが忌々しく思う。いや、それとも忌々しいのはそう感じるこの身体のせいなのか。
「重い……」
視界に入った左腕の拘束具を見て呟く。あの声がなんとかすると言った結果がこれか……
嫌な考えを振り払う様に私は寝返りを打った。
あれ?
そこはいつも傍らにある光景ではなかった。
「ナコト? ナコト、どこに行った?」
ナコトがいなかった。
寝る前は確かに私の横にいたはずなのに。
「まさか、外に行ったのか……? でも、いつもは勝手に離れないように
言っていたのに!? いや、まずは落ち着け私、私が取り乱したところでナコトは見つからないんだ」
冷静になれ、冷静になれ。
「ともかくこの家の中から探そう」
昨日の晩、私とナコトは夜を過ごすのにちょうどいい空き家を発見した。どうやら、ここら一帯の家の中でもかなり金持ちの家らしく、誰もいないので一晩の宿にさせてもらうとした。
私たちはなるべく外が見える一階の窓のある部屋で寝ることにした。窓があれば敵の侵入に気づきやすく、いざとなれば窓から逃げることができる。逆に二階や窓のない部屋だと逃げることが困難となってしまうのでそれは避けたかった。
「ナコト?」
一部屋ずつ回っていくが、どこにもいつも私の傍らにいる少女の姿はなかった。家の一階部分は全部探したが、ナコトはどこにもいない。
「二階か?」
暗い中、私はゆっくりと慎重に歩みを進める。
最初にこの家に来たとき、当然家の中全てを探索した。安全とはわかっているが、それでも安易に動くことはできない。さっき安全だったとしても、今は安全ではないかもしれないからだ。この世では油断は命取りとなる。この身体になってから何度もそんな危機を体験した。
「ナコト……いる?」
闇に私の声が吸い込まれていく。
「ここでもない……」
ナコト、どこに行ったの?
一部屋、一部屋と扉を開けて、とうとう最後の部屋。
「ここにもいなければ……」
嫌な想像が浮かんでしまう。
大丈夫、ナコトはここにいる。
心を無理やりにでも落ち着かせる。そうでもしないと不安で、不安で心が
折れてしまいそうだ。
ドアノブに手を静かに掛ける。
そして、私はゆっくりとドアを開いた。
そこには――
「悠久の月、永遠の牢獄、揺れる星々、燃ゆる館――」
――窓辺に寄りかかるようにして外の景色を眺めているナコトがいた。
その姿は月光に照らされて、舞い散る埃は雪のようにナコトの姿を飾る。
「やっぱり、ここにいたのか……よかった」
「ナツメ……?」
私の声に反応してナコトが振り向く。
その表情はどこかいつもと違っているようだが、月明かりで幻想的な雰囲
気を纏っているのは確かだ。
「勝手に離れちゃダメじゃないか。……心配したんだぞ」
「ごめんなさい」
謝るナコト。
「どうしたんだ? 眠れなかったのか?」
「ううん、頭の中に浮かんだ言葉を並べていたの。ほら、見て」
ナコトが窓の外を指差す。遠くには月が見える。
「月がどうかしたのか?」
「月を見てるとね、頭の中から溢れてくる言葉が不思議と凪いでいくの。だから、こうして月が出ている夜はナツメに内緒で一人で見ていたの」
そうだったのか。もう一年ぐらいナコトと旅をしているが、そんなこと全然知らなかった。
「ごめんね、ナツメ。寝ていたのに起こしちゃって……」
ナコトの表情が曇る。
「いや、気にしなくていい。それにもう目が覚めてしまったからな。せっかくだし、ここで話でもしないか?」
雲っていたナコトの表情がパッと明るくなった。
もしかしたら、ナコトがこんな顔をするのは初めてだったのかもしれない。
そう、この絶望の世界で彼女の存在こそが私の唯一の支えなのだ。