距離
恋人になって、身体を重ねても…この距離だけは寂しい。
真夜中過ぎくらいに目を覚まして見れば、隣で眠っていたのは安らかな顔をした彼。
そのことに驚き、起き上がろうとしたが、眠っていても離そうとは想っていないようで、
まるで大事な宝物を手に入れた子供のように抱きしめる彼。
きっと、動けば起きてしまうだろう事は容易に想像できた。
”今、何時だろう?”
なんとか視線だけを上に向けて時計をとると、時計の針は真夜中を少し過ぎたくらいの時間。
”まだ・・・こんな時間なんだ。”
あんまり時間が経過していない事に驚いた。
結構長い時間が経過してると想ってたから…
とにかく、この腕の中から出なければ…
なんとなく、気恥ずかしいというのが先だってそう想ってしまった。
抱きしめる指を一本ずつ解きながらゆっくりとベッドを抜け出す。
起き出すかな?と思いながら、なんとかベッドから抜け出た。
床に散らばる衣服を片手に抱え、とりあえず、下着はいいか・・・とか考えながら身に付ける。
これから自分の部屋に戻って、シャワー浴びて…
ドアに手を掛けた時、振り向いたけど別に起きている様子もない。
その事に安堵してる自分と寂しいと想う自分がいる。
抜け出しておいてなんだなんだが、少し寂しい気がする。
これってわがままだろうか?
いや、わがままだろうな。
今まで想った事のない感情に戸惑いながら彼の部屋を後にした。
シャワーを浴びて、自室に戻ると寒いなって想った。
暖かくしても少し寒い。
薄い壁の隣には彼の私室があって、さっきまでいたのにすごく遠く感じる。
たぶん、寝息を小さく立てて寝てるんだろうな…
そう想うとふと壁に背中をつけて目を閉じる。
朝、顔あわせられるかな?
顔がほてりそうで怖い。
いまどき、こんな子いないだろうなって。
でもうまく話せるかは不安。
初めてって辛いって聞いてたんだけど、これも人それぞれなのかな?
確かに出血はあったし、腰もだるいし、変な感じはするんだけど。
でも、こういうのって寂しいね。
自分の意思で出てきたんだけど、戻りたいって想うのは…どうしてだろう?
涙が出てきた。
嬉し涙か、寂しいって想ってるのか、わかんないけど、わかんないけど・・・
泣けてきた。
でも戻る勇気なんてないもん。
抜け出してきて戻る勇気なんて…
一枚の薄い壁が距離を作る。
乗り越えられるくらいの壁なのに。。。
如何して…
だんだんとマイナス思考に変わっていく。
目がさめたら全部夢なんじゃないかって。
結局、目が冴えた私はそのまま壁に寄りかかって座り込む。
布団をすっぽりとかぶってぼぉ〜と何の変哲もない部屋の空間を見つめる。
やけに時計の針の音が耳につく。
一緒に暮らし始めたのは本当に偶然。
何の変哲もなく、ただ、ルームメイトを紹介してる男の子と出会っただけ。
しかも両方の同居人が同じ職場で偶然ばったり逢っただけ。
それから少しずつお互いに話し始めて、職場の近くで互いが働いてる事が分かってから、こういう関係になった。
その友人を思い出し、携帯を開いた。
たぶん、あの人なら起きてるだろうなって。
携帯を取り出し、メールを打つ。
数分すると返ってきて、それに対してまたメールを打つ。
隣といっても壁を隔てた本当にお隣さんだが…
この時間なら起きてるかな〜って想って…
同じような生活してるし、互いにまだぎこちないところもある。
だから辛くなったらメールしたり、遊びに行ったりして、なんとか自由気ままにさせてもらってる。
『疲れてる彼起こして話なんてできないもんね』
そう返信するとすぐに返信が来た。
『だよね〜、まだ戸惑うわ』
『なんか、夢見てるんじゃないかって想う』
『次の日起きたら一人だったりして?って?』
『うん。想う。悠里は想わない?』
『想うよ。でも朝いるし、現実なんだな〜って。』
『相当ラッキーなんだよね、私たち』
いい人だしさ。
『だろうね。』
今の世の中誰からかまわず信じたら危ないもんね。
『明日、カラオケでも行かない?』
『明日っつうかもう今日だよね?いいね〜、行こうよ』
『じゃあ、後数時間したらね〜〜』
『うん。』
携帯を閉じてベッドサイドに置く。
また静寂が辺りを包む。
こてって寝っころがって毛布かぶって蹲る。
丸まってると安心するんだよね〜〜、私。
猫みたい。
そう思いながら目を閉じてじっとただ時が過ぎるのを待つ。
時計の音がやけにリアルだ。
カチッカチッカチッ…
秒針を刻む音がやけに耳に着く。
たかが隣…
されど隣なんだよね。
この壁一枚隔てた場所に…あなたはいる。
さっきまでいた場所なのに、今は違う場所に居るから…
だから、ちょっと不安定になってるのかな?
自分から出てきたのにね…。
窓がカチカチと音を立てる。
きっと風が強いんだ…
そんな事考えてうずくまってた毛布からかおを出した。
天井が小さな光に照らされて少しだけ明るく見える。
不安定になるといつも目がうつろになる。
一点だけしか見てなくて、周りはぼやけて見える。
そんな瞬間が無…なんだと思う。
ぼや〜〜としてると小さくだけど壁をノックする音。
トントン。
指先で数回たたく音が聞こえる。
『起きてる?』
「………ぅん。」
薄い壁だからすぐに声は聞こえる。
『風強いね』
「…そうだね」
なんのへんてつもない会話。
だって、何か言うのも壁で仕切られてるここからだと独り言に聞こえちゃう。
なんか、変な人っぽいでしょ?
『………』
「?」
バサッって音がしてコツコツって音が聞こえた。
壁に耳を当てたらドアが開く音がして、すぐに閉まる。
彼が部屋を出たのだ。
向かったのはリビングか…それとも…
コンコン…
ビクッとして一瞬身構える。
でもそれはすぐにドアが開いて彼が顔を出した事で分かってしまった。
「なんか、壁に向かってしゃべってると馬鹿みたいじゃん、俺ら」
苦笑いを浮かべた彼はそっとドアを閉めて床に腰を下ろした。
私もベッドから起き上がってそっと近づく。
背伸びをして、ベッドに寄りかかって、こっちを見つめる彼。
「起きたらいなかったからびっくりしたよ」
「…気持ちよさそうに寝てたもんね」
「…ああいうのには敏感だと思ってたのに…」
「ああいうの?」
「…人の気配っての?に」
不覚だぁ。
そういって彼はちょっといじけてる。
見たことのない彼の顔が年齢を下に見せる。
一瞬、失礼ながらかわいいと想ってしまうのは黙っておこう。
「でもなんでいなくなったの?」
戻って来ればよかったのに。
「ん、なんとなく、ね、」
行きづらいでしょ?
「…じゃぁ、今度はオレが攫いに行くよ」
隣に居なくて、どんなにオレが心配したと思ってんだ?
むすっとした顔に苦笑いを浮かべた。
なんか、子供っぽい。
自分よりも年上の癖に、こういう仕草はこどもっぽいんだから。
「なぁ〜んだよ、笑ってさ」
「うぅん、なんかさみしいって思ったの私だけじゃないんだなぁ〜って安心してたの」
「…そうかよ。」
「うん。」
「じゃぁ、一緒に寝よう」
隣に居ないと寂しい。
彼がささやいてベッドに横になった。
本当に抱き合うだけで別にナニをするわけでもなく、眠るだけ。
”…安心した”
酷く安心して二人は目を閉じる。
ほら、違う距離だったのが、こんなにも近く感じる…
それを実感する二人だった。
なんとなくこういう寂しさありますよね?
何の変哲のない言葉でも自分で想ってるのと人に言ってもらった後の感じが違う事。
それを書きたかったんです。




