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そんじょそこらの英雄たち  作者: 柿ノ木コジロー
中編その1 ヒールもヒーロー
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業務命令「悪になってください」 02

 ケンジローは、学校の施設管理の都合上、急に発生した全体リハーサルという突発的イベントに対処できなかっただけだ。


 突き飛ばされたみすずが転んだ時、一瞬「あ」とケンジローの目線が止まったのをマサヨシは確かにみていた。

 しかし、そこで「だいじょうぶ?」とか「オマエが近くにいるから悪いんだ」などのリアクションが一般の学校と違いあまり見られない所が少し違うかも知れない。

 ケンジローは心のどこかで何か感じているにせよ、それを一切表面に出すことなく、いや出せないまま、更に暴れて金切り声を発し続けた。


 マサヨシにできることはずっしりと重い彼を舞台袖に引きずっていってそこでずっと、抱きとめているだけだった。

 少しでも彼の気持ちに添えれば、少しでも何を思っているのか分かってやれれば、そう祈るように眼をつぶり(振り回す手が目に入らないように、もあったが)がっちりと三十分以上は彼を抱き続けていた。


 そのうちにリハーサルは終わり、次の用事がやっぱりコッテリ詰まっているジョウガシマ主任がそっと

「ここ、カギはいいからね。先に行ってる」

 と声をかけて去ってからも彼は動けず、ケンジローと抱きあっていた。

 もちろん同じクラス担任の二人も、励ましの声はかけて寄こしたものの自分たちの担当児童から離れる訳にもいかず、そそくさと教室に戻って行った。


 しんとなってからかなり経って、激しい手足の動きはようやくなくなったが、少年はまだ時おり意味のない金切り声を上げ、むっちりした両手で彼のほほを挟んだり時おりつねったりしては「おべんとう」とつぶやいたりしていた。


 そんなところにきて、『悪役』だって?


 すっかり夜も更けた職員室。残っているのはすでに五名ほどしかいなかった。

 それでもそろそろ帰ろうか、とマサヨシが思った午後八時半頃、職員室に学部主任のヤマベが戻ってきた。

 こんな遅くまで打合せか、と顔を上げてその姿をみる。と、ヤマベはマサヨシの姿をみとめ、つかつかとこちらに歩いてきた。

 まずいぞ、小言だろうか。

 ヤマベは意外にもこう切り出した。「ちょうどよかった。いい話だよ」


 残業疲れもあってぼおっとしたままのマサヨシに、ヤマベは弾んだ声で続ける。

「夏休み明けに、テレビの収録が入る予定でね。JABA―2でやっている療育・教育枠の十五分番組、キミも知ってるだろう? 『正義のヒーロー!リトミックマン』、あれがね、今度うちの学校に来ることになってね、県教委と校長が了承したんだ」

「はあ」

 それがどう俺と関係あるんだ? 何だか嫌な予感がした。


 確かに彼もリトミックマンの事は知っている。

 青いヒーロースーツに身を包み、子どもたちを襲う悪の怪人をやっつけに色んな学校(養護学校や特別支援学校限定だが)を回る正義の味方。


 彼の武器は『リトミック』。悪の怪人に襲われ、いざピンチという時にどこからともなく格好いい音楽が流れ、ノリのいいリズムに乗せて子どもたちが

「いち、にい、さん、でさあ歌おう、大きな口で、バッチリと」

 そう歌いながら手足を動かす。


 もちろん自ら体を動かせない子どももいるし、声すらうまく出せない子だっている。それでもこの曲はみな大好きで、テレビからイントロが流れ出すとどの子もぴょんと体が跳ね、目だけしか動かせないような寝たきりの子でも、その瞳をキラキラさせて一生懸命声を出そうとする。


 ケンジローのように周りに全然関心のないような子でも、時々「りとりー、りとらー、りとみっく」とつぶやくように歌っていることがある。まあ、全然脈絡もない場面ということがほとんどだったが。


「そりゃ……リトミックマンが来たらみんな、大喜びでしょうね」

 マサヨシもそれには同意した。

「授業でもあの曲はよく使ってるし、みんなリトミックマンの絵も描いたりしてますし」


 問題は、その後の話だった。

「君にね、悪役をやってほしいんだよ」

「はあ?」思わず、学生時代以来初と言えるほど語尾が上がってしまった。

「アクヤク、って……もしかしてリトミックマンのですか?」

 ヤマベはうんうんうんとうなずいている。 

「無理です」即答した。


 リトミックマンの悪役というのは、マサヨシも知っていた。

 テレビで見る限りでは、お手製の着ぐるみをつけたその学校の教諭が誰か担当をしているようだった。

 毎回、その学校の誰かがご当地キャラが崩れたような可笑しな格好をしては、正義の味方の相手をしている。もちろん、最後にはヒーローにやっつけられて消滅、または改心していいヤツになって終わる。


 それを俺にやれと?


「夏休み前に各自の指導計画と支援計画の評価書かなくちゃですし、ボラ団体の連絡窓口ですし、図書の選定委員にもなってますし、それに夏休みは研修が三つも入ってますし、自閉症協会の代表の方とも打合せがありますし」


 ヤマベはにっこりと聞き役に回っている。全然心は動かされていないらしい。確かに忙しいのは誰も彼も似たりよったりだ。


「二学期は二学期で……それよかオオツカ先生とかはいかがですか? ああいったヒールは大好きですよ、子ども相手によくひきょうな戦いをしかけてますし」

「彼は海外研修が入っててね」

 何だ? 海外だったら免除かよ。

「僕のような新米にはまだ荷が重過ぎます。例えばマンネン先生とかは?」 

 マサヨシも必死だ、十年目のベテランまで引っぱり出す。

 しかし、ヤマベの笑みは更に濃くなるだけだった。


「……いっそのこと、ヤマベ先生がやられては?」


 そんな空しい問いかけも完全無視のヤマベはにっこりとこう宣言した。

「頼みましたよ、タカナシ先生」


 スケープゴートだ、これでは。何が『いい話』だよ。

 ヤマベが行ってしまうと、彼は呆然とした表情のままファイルをぱたんと閉じて荷物を片付け始めた。

 完全に床に沈みこまないうちに家に帰ろう、そう思いながらもすでに膝くらいまで地面に沈み込みながら彼はどうにか駐車場までたどり着いた。

抜けがあったため、後から先頭の部分を350文字程度追加しました。

本当にすみません 2014.2.25 12:50

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