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そんじょそこらの英雄たち  作者: 柿ノ木コジロー
中編その1 ヒールもヒーロー
4/18

業務命令「悪になってください」 01

 タカナシ・マサヨシは、名前こそ『正義』であるが今回

「悪役をやってくれ」

 学部主任ヤマベからそう突然告げられ、完璧に凍りついた。


 高梨正義、二十六歳。

 上背があってがっちりしている。その割に童顔で優しげな目もとなので親しみは湧きやすいらしく、子どもからも保護者からもそこそこ人気がある。

 仕事柄声が大きい。その上、一緒に過ごす子どもたちに特別な配慮が必要だという事もあって、丁寧でよく通るしゃべり方を常に心がけてはいる。

 それに、子どもたちのためにややオーバーアクションな点も否めない。


 元々そんなに派手なことは好きではない。少なくとも、大人になってからは。

 高校に入ってすぐ、親が離婚した。

 自分は母に、妹は父に引き取られてかなり人生の見方が悲観的になったせいもある。

 物ごころついてからそこまで何も考えずに好き放題なことをしていたという気もあるから、単に思慮深くなっただけなのかもしれない。

 休日になると独りで部屋にこもり、音楽を聴きながら好きな小説でも読んでいるか、またはひとり、車であてもなく出かけるかが一番の楽しみだった。

 万が一どこかで見られでもしたら、学校の保護者にはかなり、びっくりされるだろう。

「マサ先生、『らしく』ないねえ」

 ってきっとコーキのママなんかゲラゲラ笑いそうだ。


 彼女もまだいない、今のところは。

 学生時代までに手痛い失恋を二度ほど経験し、何となく積極的に動きたくない感覚だけ残ってしまった。


 それでも大人になってからは情緒的には落ちついたという自負もあって、学校では同僚ともソツなくつき合い、主任や同じ学年担当のチームとも上手くやっている、つもりではあった。


 大学卒業後すぐ配属された特別支援学校は仕事場としても気に入っている。職場の雰囲気もまずまずだ。

 すでに三年目に突入して、現在は小学五年二組担任。

 二組の子どもは全部で七人。担任教諭はクラスに三人いて、一応全員でクラス全体を指揮するのだが、彼は今年度、その中でも特に重度の自閉症児を主に担当することになっていた。

 子どもにはほとんど付きっきりとなって体力もかなり使う。

 言葉によるコミュニケーションに効果があるのかが分からないくらい、障害の重い子どもが今年の彼のパートナーだった。


 ケンジローは単語のみは発するものの「おべんとう」とか「かんれいぜんせん」とか、関係ない時に関係ない単語がバンバン飛び出してくるし、ほとんど落ちついて座っていたためしはない。かと思うと寝転んだきり、何時間も動かなくなる。手順通りに進まない時や見通しが立たない時のパニックも酷い。


 先日は舞台発表会の練習時、ステージ上で大暴れして隣のみすずちゃんにケガさせてしまった。


 頚椎の弱いみすずちゃんは、倒れて頭を打って、その後一度吐いた。幸い少し休ませてから、息せききった母親が迎えに来た頃にはもう顔色も戻って大好きな嵐の歌を歌っていた。


 しかしみすずの母親はカンカンだった。


 マサ先生がいつも、ケンくんを見ていて下さるんでしょ? どうしてちゃんと抑えて下さらなかったんですか? うちのみすずは首が弱いんです、それに体重も身長もケンくんなんかよりずっと小さいんですよ。第一どうして二人をステージで並ばせたんですか、もっと丈夫な子は一杯おりますでしょ? あの子の隣でも大丈夫な子たちが。うちのみすずに万が一の事があったらどう責任とってくれるんですか、それからね……


 この調子で二時間ほど居並ぶ学部主任ヤマベ、学年主任ジョウガシマ、そしてマサヨシの前で、唾を飛ばしてから鼻息あらく娘を引き連れて帰っていった。

 みすずは車に乗り込む時にふり向いて「ばいば~い」と手を振った。


 マサヨシはニコニコと手を振りながらも、心の中では泣いていた。

 本当に、あの二人を隣どうしにしなければよかったんだ。そんな配慮も出来ないなんて、俺はまだまだシロウト過ぎる。


 もちろん、今回の件は下校時にケンジローを迎えに来た彼の母にも伝えた。

 彼女は小柄でエネルギーに満ち満ちた目をした女性で普段はユーモアたっぷりの軽口がポンポン飛び出すような人だったが、さすがにみすずの母の事を思い出してか、学校側に非があるのはマサヨシも十分伝えたはずなのだが

「ああ……帰ったらちゃんとうちからもお詫びの電話を入れておきます」

 と寂しげな笑顔で神妙に答え、とぼとぼと彼の手を引いて自分の車に戻って行った。その時にはケンジローはすっかりおとなしく車に収まっていた。


 もちろん彼女のせいではない、それにケンジローのせいでも。

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