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そんじょそこらの英雄たち  作者: 柿ノ木コジロー
短編その3 じゃんけん決めのヒロイン
3/18

じゃんけん決めのヒロイン

 繁華街をおしゃべりしながら駅に向かうあたしたち。映画は最高だった。


「ねえ」ウィンドウ側のレイラが急に立ち止まって、あたしの袖を引っぱった。

「何よ」新しいカシミヤの上着なんだから、そんなふうに強く引かないで、と文句言ってやろうと思ったら、いつもは闊達な彼女、少し声をひそめて顔を近づけた。

「チャッピーさ、さっきの、後ろの見た?」私の名は沙恵美、なぜかチャッピーと呼ばれている。

「え? 後ろ」ふり向くと、すでに5メートル以上は離れているだろう、歩道の隅に二人の立ち姿が目に入った。通り過ぎた時には気づかなかったけど。

「あれさ……カンペキに捕まってるんだよねえ」

 他の歩行者の邪魔にならないように、私たちは少しだけ店の影によけて件のふたりを観察した。


 どこにでもいそうな若い男女のペア。どちらも笑顔と言えないこともない、しかし、何となく不協和音を発しているのはなぜ?


 すぐに気づいた。街なかでよくある、何かの勧誘だ。男は首から紐につないだボードを胸のところに掲げ、何かのアンケートをとるかのように片手にペンを握ったまま彼女ににこやかに話しかけている。


 対する彼女も笑顔ではあるが、その頬はどことなくひきつっていた。「はい、はい」とか「ですよね」とか肯定的な返事をしながらも、どこか目が泳いでいる。

 年齢としては、あたしたちとそう変わらないな。20歳かそんなところ?


 男のほうも多分、同じような年代だと思う。口調は優しくて丁寧で彼女に対して全然失礼な感じではない。それでもかなり一方的に長いセンテンスで彼女に語りかけている。心優しそうな彼女は相槌を打つのに精いっぱいだろう。


 それでもそのうちにどちらかが折れて会話は終了するのだろうが、あたしには特にその結果なんて興味はなかった。ちょっとだけ、ああ、あのコ気の毒かも、って思ったくらい。男の目の中に靄がかかったようなあいまいな光を垣間見て、アイツは結構執念深いのかも、とも思ったし。


 急に、レイラがこう言った。

「ねえ、助けちゃおっか」


「えええ」あたしは飛びあがる。「どうやって?」

「……そうだなあ」レイラ、少しだけ目線をウィンドウの中にさまよわせ、すぐにこっちに向き直った。「じゃんけんで、負けた方がテキトーに考える」

 レイラお得意の無茶振り! でもじゃんけんならいいよ、とさっそくゲンコツを出すアタシもアタシ。


「いい? さーいしょーはグー! じゃんけん、」


 ぱっと出したのはレイラがチョキ。そして、アタシはパー。ふたりの性格丸出しの結果だわ。 

 きゃははは、とレイラが笑い、アタシは悔しかったけど数秒固まって考える。しかたないなあ……よし、やってみせようじゃないの。急にものすごく楽しくなった。

「では……アクション!」レイラのカチンコでアタシは駆け出す。彼女の元へ。


 急に振って沸いたような第三者に、ふたりはきょとんとしてる。アタシは早口で彼女を引っぱりながら言った(彼女のコートはデニムで衝撃には強そうだった)。

「いた! よっちゃん、捜したんだから、もう電車行っちゃうよぉ、早くはやく」

 有無を言わせず駅に向かって駆け出すと、すぐに察した彼女も、ぺこりと向かいの男に一礼してすぐに追いかけてきた。向うにニヤニヤしながら待機するレイラ、彼女も駅方向に向かって走ろうとかまえている。「遅いよ~、よっちゃん!」会話は聞こえていたのね。リレーのバトンを受け取るみたいな姿勢。よし、三人で走ろう。

 ぽかんと口を開けたままの彼を置き去りにして、あたしたちはつむじ風になった。


 耳元にくるくると渦巻く空気を感じながら、彼女の声がとどく。

「あのぉ、あのぉ、ホント、ありがとございます!」息が切れていてもすごく礼儀正しいの、そこにレイラがさも当然といった顔で一言。

「いいのいいの、困った時はお互いさま!」

 三人は走りながら一斉にぶっと噴き出した。まったく、レイラもちゃっかりしてるわ。でもそんなことも笑えてわらえて、駅に着いてバス乗り場に向かう時にちゃんと深々と頭を下げていった彼女(名前、聞かなかったけどきっと可愛いお花みたいな名前だな)が視界から消えても、あたしたちはひいひい言いながらまだ、笑顔のままで涙を拭いていた。


 レイラってさ、高校の頃からトリッキーだったんだよね。英語の大人しい中年の先生にヴァレンタインに赤い薔薇送ろう! ってたった一輪、それでもハートチョコと一緒に並べて教壇に仕掛けたり、みんなで描いてたマンガを雑誌にして売ってみない? とか。

 それに学生の頃一緒に映画観に行った帰り、覚えてる? 宗教勧誘から一人、引きはがした、あれ。


 どうしてそんな事思いつくの? 何かをやらかそう、って声をかけられるたびにそう聞くといつもこう答えたね、アナタ。


「だってさ、楽しそうじゃん?」


 最初は単なるイタズラ心の現れだとずっと思ってたんだけど、今になってようやく気がついたの。


 アナタは他人がびっくりして、そしてちょっとでも楽しかったり幸せなキモチになったりするのが、うれしかったんだね。


 ずっと長いこと海外で暮らしていて、ようやく連絡がとれた時はうれしかった。

 束の間の帰国時、とっても忙しいはずなのに、わざわざ時間まで都合してくれて。久々のお茶だったね。


 そして今、アナタがプロデュースしたこの本を手にとって、あたしは一ページ目からゆっくり目を通してる。

 国内外でも活躍している若い日本人アーティストが監修した、素敵な画集。

 様々な国の何人もの想いが込められた、その本を世に出すため、アナタは周りのみんなといっしょうけんめい働いたんだね。

 自分の懐には一銭も入らないんだけど、もう楽しくてたのしくて……そう言ってたアナタが本当にまぶしかった。

 最後に控えめに、そのアーティストたちからレイラに対しても謝辞が述べられていた。

 アナタの名前を指でたどり、アタシは思う、今でも。


 あの時じゃんけんに負けてよかった。

 つかの間のパートナーとして、アナタの仕事を手伝えて、本当によかった、って。


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