女子会はゴミ箱で
三題噺を書いてみました。
三つの言葉をひとつのお話にします。
今回は、紅茶、みかん、無念です
新入りの彼女は、まるでもういらないと投げられたかのように私の隣に落ちてきた。
「私、彼に捨てられたの」
彼女は身体に水っぽさを残したまま呟いた。
「彼にとって、私は一度きりの女だったみたい」
「そうなんだ…」
当たり障りのない言葉がひとつ、口をついて出たものの、その後は何の援軍もなく、ただただ静けさが支配していた。目線をさまよわせる。重い空気も右から左へ、なんて、うまいこといかないようだ。
ほどなくして私は彼女に問いかけた。
「…彼って、彼?」
「えぇ、彼よ」
そう答えた彼女は切なくも誇らしげだった。
あぁ、彼女は、私と同じ男に恋をしたのね。ろくでもない、だけど素敵な、伏目の似合う彼に。
「あら?あなたも彼を好きになったの?」
当然よ。だって、あんな素敵な人、他にはいないもの。そう言わせるほど彼は素敵な人だった。
「そうだ、この際だから、彼の話でもしません?」
彼女の提案で、女子会が始まった。
「彼と出会ったのは、そうね…」
彼女は話し始めた。春風がだんだんと暖かくなり始めた季節、喫茶店での出会い。箱入り娘だった彼女を彼はいとも簡単に手に入れ、捨てた。
「こう見えても、イギリス育ちなのよ」
彼はイギリスが好きで、紅茶が好きで、だから彼女に惹かれていった。
「うらやましいわ」
だって、私が出会ったのは、ここ、愛媛で、彼のよく行くスーパー。ロマンチックな出会いなんてなかった。けれど、多くの中から私を選んでくれた。
「それは、彼と同じ空気を吸って、同じ空を見上げて、生きてきたということでしょ?それって貴重なことよ」
だって、私はいくら足掻いたって得られないもの。彼女はそう続けた。
「とは言っても、彼は私の半分しかみてくれなかったわ」
彼は愛媛が好きで、みかんが好きで、だから彼女に惹かれていった。それでも、彼女の半分しか分かろうとしなかった。
「けど、やっぱり彼は素敵な人だったの」
笑顔が少年のようで、よくお笑い番組を一緒に見た。正直、彼の笑顔しか覚えてなかった。
「お笑い番組が好きなくせにね、洋画、特に7、80年代のジョーズとかE.T.とかいいよね、って言うの。かっこつけたがり屋なのよ」
2人だけの思い出は、ずっと心に秘めておきたいような、自慢したいような。ねぇ、私はあなたの知らない彼を知ってるのよ。なんて。
「あら、それを言うなら、あなたの知らない彼を教えてあげるわ」
彼は料理作るのが好きなのよ。料理が上手なくせに、時々砂糖と塩を間違えるの。おっちょこちょいよね。真剣になるとね、唇を尖らせるの。
彼女は泣いていた。もういらない思い出だから共有しましょうよ。2人だけの時間を安い失恋話に変えたら、彼のことなんて気にしてないわ、その程度の存在だったんだから、私、そんなに傷ついてなんていないのよ、なんて強がれるのよ、と。
「やっぱり叶わない恋だったのね」
ふと、思いが口を飛び出した。
「そうね、だって、所詮は使い捨てられた紅茶のティーパックなのだから」
彼女は自嘲気味に答えた。
「あたしだって、ただのみかんだもの。しかも、腐って、半分しか食べてもらえなかった」
私も自嘲気味に答えた。
「けど、他の安い子とは違うのよ。人間は一口に紅茶、紅茶というけれど、本場のイギリス産なんだから。ほんと、使い捨てるようなティーパックじゃないわ。せめて二回は味わえるもの」
「私だって、無農薬の契約農家で育った愛媛みかんよ。私たちの価値を分かっているのかしら?」
「本当よね。今はペットボトルとかあるけど、紅茶ってきちんとお湯から淹れて飲むものなのよ?しかも、ミルクもレモンもなしの、そのままの私を味わってくれたっていいじゃない。あんなに砂糖入れちゃってさ、バカみたい」
「私だって、文句ならいっぱいあるわ。いつまでもコタツの上に置かないで欲しかったわよ。暖かいところは嫌いなのに。それに、お笑い番組を見ながら食べてくれたって良かったじゃない」
けれど。けれどやっぱり今日もあなたが大好きです。どんなに不満があっても、私は、それに負けないほどいいところを、知っているのです。
「所詮、箱入り気取ったって、洒落た比喩どころか、本当に紙パックや段ボールに包装された身だものね。」
おもしろくもない冗談だわ。彼女はそう吐き捨てた。
「ねぇ?」
私は彼女に問いかける。
「私たちが人間を好きになるのっておかしいのかな?」
「そんなことないわ。だって彼はそれほどに素敵な人だもの」
そう言った彼女の顔は、晴れ晴れとしていて、あぁ、やっぱり、彼女は私と同じ男に恋をしたのね。ろくでもない、だけど素敵な、伏目の似合う彼に。
「いい恋したわね、私たち」
もちろんですとも。ありがとうと言える恋は素敵な恋ですから。私は晴れ晴れとした顔でそう答えた。いつの間にか、彼女の水っぽさは乾いていた。
ほどなくして。台所のゴミ袋は燃えるゴミの回収に出される月曜日。
「いよいよゴミに出されるわね」
「ねぇ、みかんさん。生まれ変わったら、どちらが彼に振り向いてもらえるか勝負しない?」
「負けるはずないでしょ?私、次はマーマレードジャムが似合うみかんになるわ」
「種類が違うじゃない」
「大差ないと思うけど」
とは言っても、やはり、愛媛の大和撫子は和で勝負しなければ。
「そうね、それじゃあ、鏡餅の上が似合うみかんになるわ」
「それなら私はアフタヌーンティーが似合う紅茶にでも」
けれど、実際のところ、 彼はろくでもない男どころか、きちんと環境のことを考える男だった。コンポストを利用していて、2人は思いもよらない形で彼の側にいれることになるのだが、それが分かるのはもう少し先のことなのであった。
きっと彼女たちはその時はその時で、会場を地面に移し、庭の花に来るイケメンのカマキリにうつつを抜かしながらも、彼への思いを語るのだろう。
使い捨てられた紅茶のティーパックと
半分しか食べてもらえなかったみかんの擬人化です。
いかがだったでしょう?
最初、ドロドロした話だなぁと思われたかと。
最近、家のものがカビます。
生チョコとかご飯とか饅頭とか。
暑くなってきましたからね。
あいつ、買ったくせに食べてくれないとかありえないわ。
とか思われて恨まれてます。多分。