逆説的な、フェアリーテイル
なんか思いついたので書きました。
僕には幼馴染みがいる。──いや。
いやいやいやいやいやいやいやいや。
いや。これでは凡庸だ。凡庸が過ぎる。
特に、“僕”という一人称が凡庸だ。例えばそう、“俺様”なんてどうだろう。
俺様には幼馴染みがいやがるぜ!
バカみたいだ。
こんなバカみたいな、現実逃避じみたこと。というか現に現実逃避してるんだけど──ははっ。『現に現実逃避』って、なんだか変な表現だ。……いや。
これでは話が進まない。このくらいにしておこう。
……僕が見たくない現実。それはいつものように前述の『幼馴染み』が勝手に僕の部屋に入りこんで、いつも通りに一緒に勉強していたとき発した言葉、それだった。
彼女はこう言ったのだ──
「私、実はカエルなんだー」
……ふーん。
まあ、あれだよね。ヨーロッパあたりのお伽噺なんかじゃあ、よく呪いを受けてカエルになったお姫さまが出てくるけど、その逆バージョンってことかな?
「ねえ、聞いてるぅ?」
「うんうん。聞いてる聞いてる。えっと、ここの問2の答えがわからないんだっけ? これはね──」
「私、実はカエルなんだー」
「……聞こえてるよ」
僕は冷や汗をかきながら、ゆっくりとノートから顔を上げた。
──目の前にいるのは、ぱっちりした二重瞼の目が特徴的な少女だった。美少女、と形容しても差し支えないだろうその少女は、何を隠そう僕の幼馴染みだ。小さいころから綺麗な顔をしていたけれど、高校生になって、さらにそれに磨きがかかってきたように思う。
にっこりと笑う姿はとても可愛らしいのだけど。
「……うん。君の言いたいことはよく分かるよ? だから一旦落ち着こうか。話はそれからだ」
僕が引きつった笑顔でそう言うと、彼女は笑ったまま、
「ゲェ──コ!」
と、カエルのように鳴いた。
激似だった。思わず鳥肌が立つくらい。……いや、というか誰得だよ。カエルの鳴き真似が上手い美少女とか。
「ちょ、ちょっと落ちt……」
遅かった。幼馴染みの弁舌は最早止まらない。
「知ってる? カエルってね、肋骨がないんだよぉ。あとね、カエルって、異物とか呑み込んじゃったら、胃袋を吐き出して洗うんだ~。それからね──」
「ステ───イッ!!」
僕は叫んだ。一瞬言葉が途絶えたけど、ちょっと時間をおいて、幼馴染みは再び「それからね──」と言い出したので、僕もまた、「Stay!!(待て)」と叫ぶのだった。
まだかなり言い足りなさそうだったけど、二度目の『待て』には逆らえないのか、幼馴染みは大人しく、僕の言葉を待っていた。
なんていうか、犬みたいなやつだ。この前試しに『お手』って言ってみたら、なんの抵抗もなくやってたからなぁ……。この娘の将来が心配だ。
まあこいつの将来はどうでもいい。いや、かなりどうでもよくないけど、今は、自分の心配だ。
僕は「あのさ」と、おそるおそる問いかける。
幼馴染みは、にこやかに「なぁに?」と返事した。
…………ふふっ。とっても愛くるしい笑顔だけれど、僕にはわかる。少しでもミスったら死に直結すると。具体的にいうと、僕は延々と、気絶するまでカエルトークをされるということだ。
早い話、彼女は怒っているのだ。
『私、実はカエルなんだー』というのは、彼女なりの『怒ってますよ』アピールなのだ。そんな宣言をわざわざするなんて、随分やさしいとは思うけど、罰はかなり容赦ない。いや、僕ホンットカエル駄目なんだよ。小学生のとき幼虫から育てたチョウチョが、でっかいガマガエルに捕食されるのを見ちゃって以来さぁ。
幼馴染みが怒っているのは、僕が──
「えっと、ごめん。本当にごめん……カステラの最後の一切れ食べちゃって」
誠心誠意、頭を下げて僕は謝った。くそ……僕はなんてことをしてしまったんだ……!
だけどしかたないじゃないか。カステラだよ? 目の前にあったら食べるのが人情じゃないか!
僕はもやもやした気持ちを抱えながら、判決を待った。
そして。
「あーあー、楽しみにしてたのになー。あーあー、そういえばカエルってね」
許してくれないようだった。だけど! それでも僕にはなけなしのプライドってものが──
「マジすいませんでしたー!!」
あるわけがない。僕は躊躇なく土下座に移行した。……ははっ、プライド? カステラより美味しいのなら全力で死守しよう。しかし! 15歳、高校1年生の僕はまだカステラより上の味を知らないな!!
「え? 私の一番好きな食べ物? ……トムヤムクンかな」
ちなみに僕の幼馴染みは、甘いものが好きな辛党だ。裏切り者め。
それはそうと、鍛えぬかれた僕の土下座。これに心を動かされないものはまずいない。
「……許さない」
例外は、めっちゃ近くにいたけれども。
…………えっと。これで駄目なら、どうしろと?
とりあえず遺書の用意でもしておこうと諦観していると、そう。
彼女の言葉には、続きがあったのだ。
よく耳を澄ませて聴いてみよう。幼馴染みは、こう言った。
「……キスしてくれなきゃ、許さない」
……………………………………………………………。
……………………………………………………ははっ。
まあね? お伽噺じゃあ定番だ。『お姫さまの呪いを解くのは王子さまのキス』ってね?
だからって、ねえ? 幼馴染みだよ? なんか、倫理的に色々と駄目な気がする。いや、そんなルールはないんだけどさあ。こう、暗黙の了解、みたいな?
──厄介だ。一番厄介なのは、僕に拒否権はないってことだ。しないと、僕は精神的な死を迎えることになるだろう。
悶々としていると、幼馴染みは、落ち着いた口調で、やわらかく微笑みながら、
「カエルってね、地面に叩きつけると『メメタァ』って音がするんだよ」
急にジョジョネタだった。……はぁ。
「……目、瞑って」
「はい」
誰得だよ、か。……まあ、『役得』ってことで。
書き終えて思いました。僕って恋愛苦手だなー、と。