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6話 誰でもいいから(卯月を)攻略して!(説得という意味で)

 睦月のもとから颯爽と走り去る卯月に抱えられ、過ぎ去っていく風景をぼんやりと見つめた。

 私の頬に当たる風は気持ちがいい。冷静に見えてじつは熱くなっていた頭が冷えて、ちゃんと考える余裕が出てきた。外には出さないように気を付けていたから、そんな風には見えなかったと思うが、内心では睦月に対する恐怖に発狂していた。私を強制的に手にいれようとしてきたのだ。私の意思を無視して。今まではここまで酷くはなかった。いったい何が彼にあったのだろう。



「こんなのっ! 私は知らないぃぃぃ!!」


 何処からともなく、女の子の悲痛の叫び声が聞こえた。聞こえてきた方に視線を投げ掛けると、この建物の横にある私のお気に入りの中庭からのようだ。廊下の窓を通し、木と木の間から女の子が愁傷な雰囲気を背負って項垂れているのがかいま見える。


 何がそんなに苦しいのかは分からないが、私もまたあのときのように叫びたい。誰でもいいから早く睦月を攻略して、と。


 だって、こんなこと知らない。

 どうして、私が逃げなければならないの? それはヒロインの役目でしょう?

 どうして、時間は進んでしまうの? ずっとループするはずだったのに。

 攻略対象はヒロインを好きになる。これが、乙女ゲームの理のはずでしょう?

 なのに、どうして、モブキャラである私に睦月は執着するの? 私に執着するような要素はないのに。

 分からない。ただのゲームのモブキャラである私には分からないよ。


 私は本当に、彼から逃げられるの……?



「世良川」

「……なに?」


 卯月は走っていた足を止め、床に私を下ろした。代わりに左手で私の手を握られ、頭にはもう片方の手をおかれる。そのまま、ポンポンと二度軽く叩くように撫でられると、真剣な眼差しが私を射った。


「大丈夫だ。オレがいる」

「――っ、卯月……」


 ……全く、何なんだろうね、この人は。何でこう、欲しいときに欲しい言葉をくれるのだろう。これだから私は、――卯月から離れなれない……。


「このままだと卯月も巻き込んじゃうよ?」

「巻き込まれる覚悟は既にできてる。それに、もう十分巻き込まれてるしな。今さらだろ?」


 私が自嘲ぎみに笑いながら言うと、卯月はニカッと笑って言ってのけた。普段は大人びていて、卯月のこういう子供のような笑顔はなかなか見ない。

 私はその表情に一瞬見惚れてしまったが、すぐにクスリと笑みがこぼれ、そうだね、と返す。

 もう既に、たくさんのことに卯月を巻き込んでしまっている。ヒロインを誰かに攻略させる、と意気込んでいた頃からずっと。ずっと側に居てくれた。自分よりも私のことを優先してくれる。卯月は優しい、私の大切な同志だ。


「さて、じゃあ、行くか」

「え?」


 頭におかれていた手が離れる。暖かさが消え、寂しいと感じた私は握られていた手に、きゅっと無意識に力をいれてしまった。

 それを見て卯月は嬉しそうに微笑むと、目の前にあった扉、――屋上へと繋がる扉を卯月が開け放つ。開けた扉の先には、沢山の星たちが自らの力で光輝いていた。


「きれい……」


 思わず感嘆の声が漏れる。まだ繋いだままだった手を引かれ、私は屋上に連れ出された。

私は星たちの美しい綺麗な輝きに圧倒され、目が離せない。そのため少しふらついてしまい、その度に卯月に支えられて、せっかく冷えた顔がまた熱を持つ。


「なあ、世良川。オレが睦月に言った言葉の意味、わかったか?」


 卯月は正面から私と向き合うと、真剣な表情で聞いてきた。

 卯月が睦月に言った言葉……。

 睦月の一方通行の愛を要因とした私と睦月の攻防は、今の卯月には関係ないけど、将来的には関係がある、……予定。

 要約すると、こう言う感じだった。何となく意味は分かったけど、それが本当に正しいのか、詳しく考えることは放棄した。だから、卯月の質問に対する答えは、否、でいいだろう。


「……わからない」

「そうか。じゃあ、今から伝える」

「はぁあ!? やめて! それを言ったら、酷い殺され方をした男子生徒と同じように殺されるかもしれないのに!!」


 あっけらかんと言葉の意味を伝えようとしてくる卯月に狼狽える。

 卯月がニヤッと笑ったような気がしたが、それどころではない。

 卯月はその意味を伝える危険性を分かっていないのだろうか。睦月がいる以上、私はまだその言葉の意味を聞いてはいけない。理解してはいけないし、応えてもいけないのだ。


「やっぱり、意味わかってんじゃねぇか」

「――っ!!」


 私の犯してしまった失態に気付き、一気に青ざめる。ヤバイ、墓穴掘った。酷い殺され方をした男子生徒は、私に告白してくれた男子生徒だけだ。その男子生徒と同じように、となると意味は自然と絞られてしまう。

 卯月がゆっくりとにじり寄ってきた。手を繋いでいたため、そんなになかった距離が徐々に消えていく。少ししかなかった距離だが、その距離もあるのとないのではまるで違う。

 私はその距離が埋まり尽くさないように、卯月が歩み寄ってくる分だけ後退する。繋いでいる手を振り払った方がより卯月から逃げられるのだが、不思議と手を離そうとは思わなかった。むしろ、離したくないと思っている自分がいる。私はどうやら大分末期のようだ。だからこそ、卯月にはまだ言われたくない。


「――来ないで」

「いやだ」

「――やめて」

「やめない」

「――やっ。待って!」

「待たない」

「睦月に目を付けられちゃうよ!」


 私の必死な主張に淡々と答えていた卯月はフッと笑うと、近づくために動かしていた足を止める。

 諦めたのかと思ってホッとしていたら違った。手を引かれ、卯月に抱き止められた。そのまま背に腕を回され、卯月は顔を私の耳元まで持ってくると、掠れた声で囁いてきた。


「橋架……」

「っ!?」


 始めて名前を呼ばれ、消えていた熱がまた顔に舞い戻ってくる。赤くなったり、青くなったり、また赤くなったり、忙しい日だ。

 その反応に満足したらしい卯月は顔を耳元から離すと、握っていた手をほどき、私の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。背にあった腕は、顔が離れたことで距離ができ、自然と腰に添えられる。


「オレはもう覚悟はできてるって言っただろ? それに、睦月は正確にオレが言った意味を読み取ってくれたみたいだしな」

「……本当に私でいいの?」

「あぁ。お前がいい」

「死んじゃうかもしれないのに?」

「オレは死なない」

「そんなの、分からないじゃない」

「根拠はないけど、根性で死なない。お前を悲しませるようなことはしないって断言できる。お前を残して死んだりしない。――絶対に」

「……卯月」

「だから、もう言ってもいいよな」


 それは質問ではなく、確認だった。卯月は覚悟を決めている。なら、私も覚悟を決めるべきだ。

 私は自分の意思を込めて、卯月の目をまっすぐに見つめる。迷いは存在しない。

 卯月は私の意思を感じ取ったのか、もう一度顔を私の耳元まで持ってくると――


「好きだ。……橋架」


 熱を孕んだ艶っぽい声で、誘い込むような甘美な蜜をくれたのだ。




読んでくださりありがとうございます!


作中で叫んでいた女子生徒を主人公とした話を思い付きました。書きたいな、とは思うのですがどうするかは未定です。


完結まであと少しとなりました。最後までよろしくお願いします。

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