4話 誰でもいいから(幼馴染みとヒロインをくっつかせるゲームだとでも思って) 攻略して!
「橋架さん、もう諦めたらどうですか? あなたが一生懸命逃げ惑っている姿も大変可愛らしいのですが、私としてはそろそろ恋人同士でしかしないこともやりたいと思っているんですよ」
そう睦月は言うと私を腕の中に閉じ込めた。男性なら誰でもいいから攻略されたいと思っていたはずなのに、今現在睦月に抱きしめられているが、喜ぶ気持ちが一切湧いてこない。
むしろ、悪寒がして全身鳥肌がたった。でも、男性なら誰でもいいと思ってたのもこいつに会うまでだしね、と一人納得した。
それにしても、同じ男性なのに睦月に抱きしめられるのと卯月に抱きしめられるのでは全く違う。卯月の方ががたいはしっかりしてるし、手も大きい。なにより、卯月に抱きしめられると、なんとなく包まれているみたいで安心するのだ。
「橋架さん」
などと考えていたら、名前を呼ばれ私を抱き締めていた腕の力が少し緩められた。
『あ、なに? 放してくれるの?』と思わなくもないが、もちろんそんなことをしてくれるような人ではないことくらい私にも分かっている。だから、これはただの私の願望だ。無論、叶うはずもないが。
睦月は空いた空間から私に目線を合わせ、じっとりと見つめてきた。どことなくその視線がねっとりとしている気がするのですが。これは気のせいだ。そう、気のせい、だと信じたい。うん、気のせい。気のせいったら気のせいなんだぁぁ!!
気のせいだと自己暗示をかけて平静を保とうとしたが、その視線を直視することに耐えきれず、私はそろりと目線をそらす。
そらした先には窓があった。私がいる教室は睦月が入ってきたときに電気をつけたみたいで明るいが、外はやはり暗くなっていた。
早く帰りたい。こんなに暗くなってしまったら、もう部活の生徒も帰る頃だろう。
そんなことをぼんやりと考えながら外の暗闇を見ていたら、その暗闇の先に、ループを壊してやって来た、私を前よりももっと追い詰めた憎き"東雲沙奈"の姿を見つけた。
私がこんな目に遭っているのも、彼女のせいだ。
幼馴染みの睦月とヒロインをくっつかせようと行ったことは、主要攻略対象全員に満遍なくしてきた出逢いのイベントを睦月一人に絞ることだった。
もとから設定でなされていた接点は、睦月とヒロインが同じ図書委員というもの。
この学校の図書室は蔵書が多く、稀少な本も数多く置かれている。そして、本しかおかれていない図書棟というものまである。『さすが私立。金かけてるねぇー』としか言えない。
そのため、図書委員とはとても重要な委員会で、生徒会から独立して存在している。その図書委員の忙しさは、睦月につられて図書委員になった女の子たちは三日で逃げ出すほどで、カウンター当番に本の管理、本の補修など他にも様々な仕事がある。当番の日は朝早くから行き、昼休みをはさんで放課後の夜遅くまで図書棟で働かなければならない。
つまり、当番の日が同じ人とはその日は授業以外のほぼ一日中一緒にいることになるのだ。
そして、その当番の日は司書の先生が決めている。
これを利用しないわけがないだろう。
ゲームに関係する場合は無理だが、関係のないときは彼らが同じ日に当番になるように司書の先生は買収済みだ。
卯月が頼みにいったのだが、快く承諾してくれたそうだ。そのあとに見た司書の先生はとても顔を青くしていた気がするのだが、きっと何があったのかは聞かない方がいいのだろう。人生知らない方がいいこともあるのだ。
順調に睦月とヒロインが仲良くなっていった頃、ヒロインが主要攻略対象の最後の一人の攻略を開始していた。途中から妨害工作よりも睦月とくっつけることに精を出していたせいで、そのことに気づくのが遅くなってしまった。気づいたときには最後の選択肢も終えていて、軌道修正が不可能なところにまで進んでいた。
でも、まあいいや。睦月とヒロインもそこそこ仲良くなったし、と思い直し、攻略の最終日は校門付近で行われていた愛の告白現場を、卯月と共に学校の屋上から観察した。
愛の告白が終わった後、主要攻略対象たちはヒロインを祝福するために卯月以外の全員がその場に集まっていた。
まさかそこに睦月までもがいたことには驚いたが、それほど仲良くなったということだろう。
卯月は行かなくていいのかと尋ねたら、『は? 何で行かないといけないの? 行くわけねぇだろ。何、行って欲しいの?』と不機嫌そうに言われた。恥ずかしかったけど、『いや。行かないで。卯月が私といてくれて嬉しい』と素直に返すとぐしゃぐしゃと髪を乱すように強く頭を撫でられた。なんとなく、それは照れ隠しのように感じて、心がほんわかした。たまには素直になるものいいかもしれない。
そんな、幼馴染みの睦月とヒロインを恋に落とそうという計画が無惨にも壊されたのは、この会話をした次の周。
始業式の日の朝、なんだかこの世界との繋がりが切れたような気がした。不安になっていつもより早く学校に行くと、クラス発表の紙のところにいつも以上に人が集まってガヤガヤとしていた。
そこに行くのが怖い。見たくない。
そう感じていると後ろからふいに手を握られた。ビックリして私の手を握ってきた手の主を見ると、卯月だった。
手を握ってきた人物が卯月だと分かると、握られた手の暖かさで、不安だった心が少し浮上した。
卯月と手を繋いだまま、人だかりのできているクラス発表の紙のところまで行くと、ヒロインの名前の後ろに"東雲沙奈"という存在していなかった名前を発見した。
その"東雲沙奈"が現れてから、今まではゲームに影響があるとして制限されていたものが解除された。他にも、ゲームに関わる人物たちは"設定の呪縛"から解放され、素の自分で生活できるようになった。この様子だと、もう同じ一年がずっとループをし続けることはなくなっただろう。
それはつまり、ゲームの世界の時間が動き出してしまったことを意味する。
私たちゲームの世界の人間に未来ができた。
それは普通に考えれば良いことだろう。だけど、私とってはそうもいかない。死んでしまったら生き返れなくなったのだ。もし睦月に私が殺されても、その周が終わればまた最初の始業式にループして、本当の意味で死ぬことはない。だからこそ、睦月を人に押し付けようと行動していたが、どこか心の奥底では油断していた。しかし、それがこれからは死んだらそれで終わりだ。今まではヒロインがバッドエンドフラグ乱立状態だったが、今度から私が死亡フラグ乱立状態だ。慎重に行動しなくては死んでしまうかもしれない。
だけど、睦月は未来ができたことであからさまに私を欲するようになってしまった。
押し付けようとしていたヒロインは最後に攻略していた天使のような容姿の後輩とくっついてしまったし、睦月はヤンデレに磨きがかかったし、"東雲沙奈"が来てから最悪の結末へと一歩一歩、しかし着々と進んでいる。
そんな風に私の計画を潰してくれた"東雲沙奈"のことを考え、外も暗いので下校しようとしているであろう彼女を睨んでいたら、視界が急に陰った。どうして陰ったのかわからず、影の原因があるであろう方向に目を向けると、素晴らしく整った睦月の顔があり、その顔を徐々に私の顔へと近づいてきていた。
あ、これはキスする気だ。
私はそう直感でわかってしまった。私はこの直感に何度も助けられてきたから、信憑性はあるのだ。
うわっ、やっぱり視線が熱っぽく感じたのは気のせいじゃなかったぁぁあああ!! ファーストキスが好きでもない幼馴染み設定のヤンデレとか嫌なんだけど!! てか、あんた今までは私にキスをするようなことはしなかったのに!
睦月は私にキスを強要してくることはなかった。体の関係を無理矢理持たせようとしてくることはあったが……。
そのことを不思議に思い睦月に聞いたことがあった。
そうしたら、『キスは愛し合うもの同士がするものでしょう? 何です? なんなら今からしましょうか?』とニヤリとムカつく笑顔で答えと共に質問が返ってきた。
もちろんその問いかけには、するかバカ、と間をいれず即答で返した。
ちなみにそう思うのに体の関係を迫ってくるのは、一夜限りの関係など好きでもない異性とその行為をすることもあるからだそうだ。
『黙れクズ! そんな台詞を高校生の口から出すな!』と思ったが声には出さなかった。相手を罵らなかった私偉い。この場でそんなことを言っていたらめちゃくちゃにされただろう。精神的にも身体的にもだがろうが、主に身体的に。
こんな感じで、両者の同意のもとでないとキスをしない、と少なからず私のことを大切に扱ってくれていた睦月が、今、私にキスをしようとしている。どんな状態でも私を手にいれることに決めたようだ。
あら、完全に超危険人物確定だね! もとより、危険人物だったけど。
こんなときヒロインなら助けに誰かがくるのだろうが、私は期待できない。なにより、私はモブキャラだ。しかも、攻略対象だし。むしろ助けに入る側じゃないだろうか。
でも、折角だからやってみよう。気分は悪者に捕まった女の子だ。
「タスケテェー! スーパーマン!」
……自分で言ってしまうとお仕舞いな気がするが、なんという棒読みだろう。もし、棒読みコンテストなるものがあれば優勝できたかもしれない。
「こんなときまでボケるなよ」
呆れたような声音と共に、私は睦月の腕の中から引っ張り出された。聞こえた声は、睦月のものでも、ましてや私のものでもない。
え、嘘マジで?
まさか本当に助けがくるなんて。私の演技、すごい! ……いろんな意味で、だけど……。
『転生(?)少女がやってまいりました。』の後書きで書いていた、最終日にいなかった十二人目は卯月でした!
睦月だと騙されていたかたがいれば、してやったり、という気分です。(´∀`*)
読んでくださりありがとうございます!