3話 誰でもいいから早く(幼馴染みを)攻略して!
私がヒロインの妨害工作を始めて数周回ループしたとき、突然私と幼馴染み設定されている主要攻略対象の睦月和哉が私のもとにやって来た。
いや、違うか。あれはやって来た、と言うより私が睦月のもとにやってこさせられた、だ。
昼休みになり、さぁ昼食を食べようか、とモブ仲間のところにお弁当をもって向かおうとしたとき、クラスメートに私を呼んでいる人がいると伝えられた。
誰だろうと思いながら扉の方に目を向けるが誰もいない。
はて、騙されたのかな? まぁ、いいや。昼食を食べよう。
そう思ってモブ仲間のもとに向かおうと視線を戻したら、先程のクラスメートはまだ目の前にいて、中庭に来てって言ってたよ、と言われた。先に言え。
呼び出し、何を言われるのだろうか。そして、私は昼食を食べることはできるのか。
私はせめて昼食を食べてから呼び出してよ、と思いながら中庭に向かった。今は五月で暖かい。木も沢山の青々とした葉っぱをぶら下げて、ばっさばっさと風に揺らされていた。
さて、呼び出した本人はどこだろう。
ここは私立高校で、中庭にお金をかけており広いし綺麗だ。どこかのお城のようで、この洋風の中庭を私は気に入っている。そう思っているのは私だけではないようで、中庭は人で賑わっていた。なんだか、いつもより人が多い気はするが、五月だから暖かくなってきたし、外で食べようと考える人が増えたのだろう。
こんなところに呼び出されて、私は相手を見つけることができるだろうか。
て、無理か。私は相手の名前も容姿も知らない。相手に私を見つけてもらうしかないのだ。
だが、相手は私のことを本当に知っているのだろうか。私の教室に来るわけでなはく、人を使って私を呼び出す辺り、もしかしたら私のことを名前しか知らないのではないかと思うのだ。だけど、名前しか知らない相手を呼び出さなければならない用事はなんだろう。
それとも、ちゃんと私のことを知っているけど、教室に来られない理由でもあるのだろうか。来たら目立つとか?
え、まさか不良にでも呼び出されたの?
「あなたが世良川橋架さんですか?」
思考の海に浸かっていると、耳に優しく聞きやすい低音で私の名前が呼ばれた。
どうやら、私を呼び出した本人の登場のようだ。
あ。この人……。
相手の顔を見て私はどうして今日はいつもより人が多いのかを理解した。そして、どうして教室に来なかったのかも。それは呼び出した本人が王子さま系敬語男子の主要攻略対象だからだ。もちろん美形。皆、野次馬根性で来ていたのね。
「違いますけど」
「……え?」
あ、ヤバイ。つい癖で否定しちゃった。まあ、いいか。これで相手が私を知っているのかがわかるし。
「私はその、えっと何でしたっけ? セララギキョウカさん、でしたっけ? その人ではないですよ」
「ふっ、そうですか。それは失礼しました。あと、セララギではなく世良川橋架さんです」
あ、今、鼻で笑われた。ムカつく。その美しい鼻にこの中庭の草花を押し込んでさしあげようか?
「そうですか。では、私はこれで失礼します」
「はい。さようなら」
こう言ってしまったのだから、教室に戻ろう。昼食を食べたら、卯月に会いに行こう。次なる作戦を考えねば。私にとって時間は一分一秒すらも惜しい。
そう思って、相手の横を通過しようとしたら、腕を捕まれた。
不思議に思って相手の顔をうかがうと、不適に笑っていらっしゃった。なにその笑み、怖い。
「――なんて、言うとでも思いました? 世良川橋架さん?」
あ、やっぱり知ってた?
てか、腕が痛い。馬鹿力め! 女子には優しくしなさい!!
「手を離してください。痛いです」
私の訴えで力が強すぎたことに気づいたのか、腕を掴む力が弱まる。しかし、掴んでいる手は離されない。
「あの、聞こえませんでしたか? 手を離してください」
「いえ? 聞こえていましたよ?」
ですよねー。力が弱まったので声は聞こえていたはずだもの。聞こえていたなら離せ。
「なら、離してくださいませんか?」
「嫌です。逃げるでしょう?」
「否定はしませんが……。女子の腕を掴むなど非常識だと思います」
「否定しないならますます離せませんね。それに、非常識というなら、初対面の相手に名前を聞かれて否定する方が非常識だと思いますよ?」
「すみません。なにせ、あなたとは初対面でしたので。初対面なのに私の名前が知られていて怖かったんですよ」
"初対面"を強調し、言外に初対面なんだから気安くするな、あなたのことなんて私は知らない、と伝えてみた。本当は知っているけど。
すると、突然何処につぼったのか、大笑いされた。その笑いはなかなか引かず、笑いが治ったのは、もう少しで昼休みが終わるという十分前。どれだけ長い時間笑われていたか、お分かりになられただろうか。彼の笑いが治まるまで、私がしていたことと言えば腕を捕まれているせで、ボケッと立っておくことしかできなかった。せめて、腕が捕まれていなければここから逃げ出していたのに!
「ふふっ、くっ! ……はぁ。あなたは嘘をつくのが好きなようですね。あなたが私を知らないわけがないでしょう。私たちは幼馴染みなのですから。……幼馴染みらしく楽しくおしゃべりしましょう?」
幼馴染みらしくってなんですか。仲の悪い幼馴染みもいると思います。
何て言えるわけもなく、私はこの日の昼食を食べ損ねたのでした。許すまじ暴挙だ。
これが私と我が幼馴染みの睦月との出会い。
何故かこれで気に入られて、その後も私のもとにやって来るようになった。
無理矢理関わらされていくうちにわかったことだが、彼の本来の性格はヤンデレだった。『実はヤンデレだったんだ!』の設定を持っている霜月侑都さんよりも病んでいる。ゲームの設定よりも病んでるって怖いよ。
私と関わっていた人たちはモブキャラだから、いなくてもゲームに支障はない。
だから、私と関わるすべての人物を排除された。
特に私に告白をしてくれた男子はとても酷い死に方だった。ループするためにゲームが終わると死んでも生き返るけど、痛みはちゃんとある。それに、皆そう何度も死にたくはないだろう。
そうして、気づけば睦月を除くと、裏でこそこそ会っていた卯月しか私と関わる人がいなくなっていた。
卯月のことがばれるのも時間の問題だ。もう卯月とは関わらない方がいいかもしれない。
そう、何度もこの結論にたどり着いた。私は卯月から離れるべきだ。だけど、唯一の友人を手離すことができない。
『ごめんね、卯月。卯月を危険な目に晒すようなことして』
そう謝ったら、『気にするな。オレは大丈夫だから』と笑って頭を撫でてくれた。
こんなに優しい彼を私は、解放することができないでいるのだ……。
だから、私はいつも願ってしまう。
どうか、私の幼馴染みを誰か攻略してください、と。
私は誰かに睦月を押し付けようとしている。最低な人間だ。
なんて、思っていたのも最初だけだった。どうやら、私は自分で思っていたよりも浅ましく、腹黒かったようだ。
幼馴染みとヒロインをくっつければいい、一石二鳥じゃないか、という結論にたどり着いてしまった。
いやぁー、自分でいうのも変だけど、私だいぶ腹の中が黒いな。もしかしたら、カラスと比べてもカラスより黒いと言われるかもしれない。
と、言うわけで私は幼馴染みとヒロインが恋に落ちるように行動しだしたのでした。もちろん卯月を巻き込んで。