エピソード3 臨界点
Episode3
登場人物
加地 伊織:主人公
館野 涼子:無口
池内 瑠奈:酔っぱらい
最近何だかモヤモヤしている。 原因はこの匂いの所為だ。 甘い、柔らかい、子猫の様な、ベビーパウダーの様な可愛らしい匂いが、布団に、枕に、部屋中に染み付いている。 当然健康な男子だから、この手の匂い…明らかに自分とは違う種族の発する匂いには抗いがたい訳で…。 毎晩一人になるとモヤモヤを解消する為の精神衛生上適切な処置が必要となる。
その匂いの原因が、今日も伊織のベッドに寝ッ転がっていた。 身長は150cm位、小柄で華奢な体つき、肩にかかるかかからないかの髪を両サイドでツインテール風に束ねている。 顔立ちはどちらかと言えば地味な方だが、美少女の部類には入ると思う。 所謂ヤンデレ妹コンテストに出れば、間違いなく準優勝位までは行くだろう。
少し普通と違っている点と言えば、…この子は滅多に喋らなかった。
特に何をする訳でもなく、午前中にやって来ては、夕方過ぎ迄入り浸って、帰って行く。 終始無言で、最近使い方を覚えた携帯をいじくったり、家から持って来た文庫本を読んだり、時たま機嫌が良い時は鼻歌を歌ったりしている。
意思表示が殆どないので伊織の事をどう思っているのかは未だに謎だったが、こうして毎日訪ねてくる訳だから、多分嫌いではないのだろう。 しかしそれが恋愛感情かと言われれば、ちょっと違う様な気がする。 何と言うか、伊織になついている…という感じだった。
とは言え、こっちは持て余し気味である。 何か邪魔してくる訳ではないのだが、放っておく訳にも行かないし、涼子の居る前ではできない事だって沢山有る。 だからといって追い出すのも可哀想だし、正直自分の部屋に可愛い女の子が居ると言うシチュエーションにドキドキしない訳でもない。 ある種ベビーシッダーか保育園の先生の気分である。
母親:「あんたの彼女、可愛らしいけど、ほんとに無口ね。」
伊織:「彼女じゃないって。」
母親:「別に隠さなくたって良いじゃない。 現に一日中あんたの部屋に入り浸ってんだから。 まさかあんた達、変な事やってんじゃないでしょうね。」
伊織:「だから、そんなんじゃないって。」
伊織:「多分、あいつは家に居るとずっと一人だから、寂しいんだと思う。」
母親:「とにかく、あんた、自分でちゃんと責任とれる身分になる迄は、滅多な事するんじゃないわよ。」
伊織:「しつこいな、」
夕方、涼子を家まで送って行く。
電車を乗り継ぎ、それからバスで20分ほどの住宅街にあるテラスハウス。
伊織:「お前、よく毎日こんな遠い所から うち迄来れるな。 大変じゃないのか?」
涼子が首を横に振る。
相変わらず、家には誰もいないみたいだった。 家庭の事情を詮索するのも悪いし、きっと聞いても喋らないだろうから、…代わりに涼子の頭をゴシゴシ撫ぜた。
伊織:「まあ、つまんなかったら、何時でも家に来ると良いよ。」
涼子は無表情なまま、大きく頷いた。
その帰り道、駅前で瑠奈に遭った。
瑠奈:「加地クン! 偶然ね。」
伊織:いや、絶対待ち伏せしてたでしょ。
通りすぎる人達がチラチラ瑠奈の事を見て行く。 駅前ロータリーのあちこちに、瑠奈に声をかけようかどうしようか悩んでいる風の軟派集団が既に数組たむろし始めていた。
この女性、見た目はとても可愛い。
…中背だがグラビアに出てきそうなグラマラスボディ、それなのにアイドル顔でショートカットの眼鏡っ娘、更に追い討ちをかける様に何だか頼り無さそうな雰囲気。とにかくギャップ感満載で、傍に居るだけで青少年のオタク心を鷲づかみにしそうな…。
瑠奈:「腕、くっ付いて良かったね。」
綺麗なお姉さんが、優しそうに微笑みかける。
周囲の野郎集団から嫉妬の視線が突き刺さる。
伊織:「お陰さまで、…池内さんこそ、どうしたんですか? こんな所で、」
瑠奈:「やだ、偶然よ。偶然!」
伊織:いや、絶対偶然じゃないな。
瑠奈:「ちょっと、買い物に行こうと思ってさ。 伊織クンは?」
伊織:伊織…クン?
危険なスイッチが入る音がする。
伊織:「ちょっと、友達の家からの帰り…。」
瑠奈:「あっ、そうだ! せっかくだから、家でご飯食べて行かない?」
伊織:「いえ、そんな、悪いですから…。」
瑠奈:「あらぁ、遠慮するなんて伊織クンらしくないぞ。」
瑠奈:「いいじゃない! ねっ行こ! 決まり。」
瑠奈が伊織の腕にからまって来る。
周囲の野郎集団から殺意の視線が突き刺さる。
伊織:「もう、遅いですし…。」
瑠奈:「…ちょっとだけつき合って。」
うつむきながら、瑠奈が ぼそりとつぶやいた。
その後、24時間のスーパーで大量の総菜と半額弁当を買い出しして、瑠奈のウィークリーマンションに向かう。 マンションとは言っても、碧の護衛の為に警察が用意した1DKのユニットバス付き仮住まいである。 以前来た時に比べると、色々モノが増えていて、それが散らかしっぱなしになっていた。
瑠奈:「ちょっと待っててね。 私、動きやすい服に着替えて来るから。」
瑠奈:「覗いちゃ駄目だよ。」
そう言いながら隣の寝室へ…。
それから1時間を待たずして、瑠奈は完全に出来上がっていた。
瑠奈:「伊織ぃ、あんた、さり気にお姉さんの事苛めて楽しんでない?」
瑠奈:「潜在的いじめっ子なのよね、伊織って。」
瑠奈:「辞めたいって言ったってさ、もうこんな身体になっちゃったしね、今更辞めれないジャン。」
伊織:いや、何か、色々ご愁傷様です。
瑠奈:「大体あの、鳥越啓太郎がさ…陰険なのよ。」
瑠奈:「お前の仕事は何なんだぁ、言ってみろぉ。 …とかさ、いちいち言わせなくても判ってるっつうの!」
伊織:今日二巡目の「鳥越啓太郎」だ。
瑠奈:「伊織! 聞いてる? ほら、…お酌くらいしなさいよ。」
既にビールの500ml缶が二本 、日本酒の750ml瓶が一本、現在焼酎に移行中。 伊織は黙って焼酎をグラスにナミナミ注ぐ。
瑠奈:「私さ、何時もやられキャラみたいジャン。 いっつも良いとこ皆、持ってかれるしさ。」
瑠奈:「ちょっと、聞いてんの?」
伊織:「はい、聞いてますよ。 姉さん…。」
瑠奈:「よろしい。」
瑠奈:「…って、あんたしか居ないのよ! こんな事愚痴れる相手がさぁ。」
瑠奈:「判ってくれるぅ? 私、可哀想でしょ…。」
伊織:「はい、可哀想ですね。」
瑠奈:「伊織! あんた良い奴だ! ほら!あんたも飲みな?」
伊織:「いや普通、警察が未成年に酒勧めたら不味いでしょ。」
瑠奈:「なんだ、あんたまだ未成年なの。 …しっかりしなさいよね。」
伊織:いや、しっかりするのは貴方の方です。
瑠奈:「うぅ、…トイレ。」
ユニットバス兼トイレに駆け込む瑠奈。 その中に無造作に干された下着類についつい目がいく
瑠奈:「あ! 興味有るんだ。」
伊織:「いえ、…そんな、」
瑠奈:「見たい?」
伊織:「良いですよ。」
瑠奈:「伊織、あんた始めてあった時だって、私のパンツ…見てたでしょ。」
瑠奈は今にも転びそうにふらふらしている。
瑠奈:「本当は見たいくせに。」
伊織:あの時は、もっと可愛い人だと思ってました…。
瑠奈:「もう、しょうがないなぁ…、伊織はエッチだから、見せたげよっか!」
伊織:「いりません!」
瑠奈:「ああっ!、どうせ、年増のパンツなんか見たってしょうがないとか思ってるんでしょ! どうせ私なんか、ただの胸がでかいだけの鬱陶しいおばさんとか思ってるんでしょ。」
伊織:「いや、そんな事無いですよ。」
瑠奈:「嘘だね。」
瑠奈:「どうせ、あの口の悪い女の尻に敷かれて飼いならされてるんだよねぇ、伊織は。」
伊織:面倒くせえ…、
瑠奈:「どうせ、私の事なんか、誰もかまってくれないんだ…。」
その場でしゃがみ込む。
瑠奈:「あの、陰険鳥越の野郎だってさ…」
3回目の鳥越啓太郎が出て来た。 何だか、長くなりそうなので、
伊織:「あの、そろそろ帰ろうかな、もう遅いし。」
瑠奈:「泊まってけば良いじゃん。」
伊織:ええぇ…、姉さん、あんた俺の事なんだと思ってるのかなぁ?
瑠奈:「なに? お姉さんが寂しいから泊まってって言ってるのに、言う事聞けないのか? あんた薄情じゃない?」
瑠奈:「まだお酒も残ってるんだからさ。 ねっ! …お願い。」
瑠奈:「これからとっておきのワイン開けるから。」
伊織:「いや、…でも家の人も心配するんで、」
やおら、瑠奈が立ち上がる。 変なオーラが…出てる。
瑠奈:「ちょっと、…来て、こっち。」
貞操の危機を…感じる。
瑠奈:「良いから来なさいって!」
後退る 、しかし、狭い部屋に逃げ道は無い。
瑠奈:「せっかくお姉さんがいい事してあげようって言ってるのに、来い!」
伊織:良い事って、言われてもなぁ。
瑠奈:「そら!」
いきなりの抱きつき攻撃。
瑠奈:「ぷにゅぷにゅだろ! ほれ!」
柔らかくて豊満な胸を、こんな風に武器にするとは!
伊織:ううう、あの可憐だったお姉さんは一体何処へ行ってしまったのだろう。
瑠奈:「もう、…食べちゃう!」
噛まれる。
伊織:「痛い痛い痛い…」
もみくちゃにされる。もはやぬいぐるみ扱い。 …挙げ句の果てには、関節技の練習台。
瑠奈:「吐くぅ…。」
トイレに篭って…出てこない。
伊織:「大丈夫ですか?」
返事が無い。
伊織:「開けますよ。」
寝てる。
伊織:姉さん。…せめて、流してから寝た方が良いのでは…
なんだかんだ介抱で、何故だか朝までつきあうはめに…。
起床。 …ていうか俺は殆ど寝てない。
瑠奈:「頭痛っ、いたたた、」
瑠奈:「あれ!加地クン、…泊まっていったんだ…っけ。」
伊織:「はい…。」
伊織の顔中に歯形とキスマーク
瑠奈:「何か、有ったのかな…私たち。 …もしかして。」
伊織:「はい、色々。」
瑠奈の顔が赤くなる。
瑠奈:「ゴメン! 私、ちゃんとできてた…かな?」
瑠奈:「…覚えてなくって…テヘ!」
伊織:いえ、全然、駄目駄目でした。
このモヤモヤを一体どうすれば良いと言うのだ。