エピソード13 はじまりの傷
Episode13
登場人物
加地 伊織:主人公
三船三十郎:容赦なし
池内 瑠奈:抜かりなし
吾妻 碧:記憶なし
ところで、「完全相生」とやらは成功しなかった。
香澄の意気込みに反し、玄武が出現しなかったのと、地球の反対側に居る碧の青龍との意思共鳴とやらが上手く行かなかったのが原因らしい。
瑠奈が小姑よろしく意地悪く香澄を糾弾するという意外な一面を垣間見る事が出来たのは収穫?だったかもしれないが…、とにかく、最後の仕上げは現地×出たとこ勝負 という事になった。
後日、見事な?瑠奈の交渉の結果、果たして鳥越啓太郎は三人分の海外出張費用を工面する事を了解し、伊織と涼子は海外で起きた事件の参考人として瑠奈に同行するというシナリオで口裏を合わせることとなった。
涼子の両親は娘の事には全く関心が無いらしく、まともに説明も聞かないままOKし。 伊織の母親も警察の金で海外旅行できるなんて最高じゃない…とか訳の分からないコメントで息子の渡英を了承した。
そして伊織は三船の道場に来ていた。
三船:「そうか、イアンがねぇ…、そんな悪い奴には見えなかったんだけどな。」
伊織:「先生、俺はもう一度イアンとやり合いたい。 でも、今のままじゃ全然勝てる気がしないんです。 どうすれば良いでしょうか?」
三船:「まあ、今伊織が練習しているのは身体の使い方の基本であって、実際に戦闘での使い方とは違うからな。 通用しなくても仕方がないよ。」
三船:「例えば、前に、発勁は歩く力を相手にぶつける技術で、その為には地面の反力を正しい姿勢で足の裏から腰、背骨、肩、腕、掌へと伝えるんだ…って言ったけど、実際に使う時はちょっと違う解釈が必要だ。」
三船;「今言った事を実際にやってみると、こんな風だ。」
三船は少し全身を緩めた体勢から、フワット全身を浮き上がらせ、それで肩をグルンと回転させてバスケットボールのパスの様な要領で掌を伊織の胸に当てて、…押した。 まるで鞭の様に全身を威力が移動して行くみたいに…
三船:「つまり、一つ一つの箇所の動きはこの通りで、それぞれが連動しているんだが、」
三船:「実際には、これらをいっぺんにやる。」
三船は、何の前触れも無くただ伊織の胸に掌を当てて、…
次の瞬間、身体の奥の方に衝撃が沁み込む。
生理的に耐えられない理由で、意思とは関係なくその場にしゃがみこみ、倒れ、動けなくなる。
伊織:「うぅ…。」
三船:「実際の用法で連続したシリーズの動作は、結局自分の身体の中の威力の吸収しあい、相殺にしかならない。 下手をすれば、ただもったいぶって相手を押しているだけになってしまう。」
三船:「全身の筋肉を一度に爆発的に使う事で、初めて全ての威力を、地面を支えとして敵に伝える事が出来る訳だ。」
伊織、未だに立ち上がれない。
三船:「武術的に一番正しいのは、勝てない相手とは戦わない事だ。」
三船:「でも、そう言う訳には行かない事もある。 そういう時は…不意を衝くのが比較的有効かもな。」
伊織、どっと肩がだるい。 身体が冷たい。 吐きそう。 泪目。
伊織:「非道イ…っす。」
三船:「悪い、悪い、でも、実際に受けてみるのが一番手っ取り早いんだ。」
三船:「急ぐんだろう?」
伊織:「は…ひ。」
伊織、立ち上がる。
三船:「威力なんて、一朝一夕に手に入るもんじゃない。 でも、根本的な考え方を知っておけば、何かと応用は利くものだ。」
三船:「ちょっと、荒療治だけど…良いよな。」
伊織:「…お願いします。。」
帰ると瑠奈の小型SUVが家の前で待っていた。
瑠奈:「伊織クン、落ち着いて聞いて。」
江ノ島沖で、ボートで遭難していた碧が救助されたと言うのだ。
伊織と瑠奈は急ぎ病院に駆けつける。
込み合った院内を入院棟へ早歩きする。
瑠奈:「特に外傷もなく体調の回復も順調で意識もハッキリしているそうよ。」
瑠奈:「ただ…。」
伊織:「ただ、なんなんです?」
病室では、医師と碧の家族が深刻そうな顔で話し込んでいる。
見ると、碧はベッドの上で起き上がっていた。
伊織:「碧、大丈夫か?」
一瞬、一堂の視線が一斉に伊織に突き刺さる。
碧:「あ、伊織…クン。 どうして此処に?」
ベッドの脇に駆け寄ろうとした伊織を、碧の母親が遮った。
母親:「加地さん、ちょっとこっちへ来てくれますか。」
…病室の外へ連れ出される伊織。
母親:「あの子は事故のショックで混乱しているの、お願いだからそっとしておいてやって。」
母親:「それと、…もう二度とあの子に近づかないで。」
伊織:「…、」
母親:「貴方とつき合う様になってから、あの子は急に別の大学に行きたいと言い出したり、インターネットで変な嫌がらせをされたり、この前は変な連中に教われて大怪我しそうになったりしたわ、それに今回の誘拐事件でしょ、本当にろくな事が起きない。」
母親:「昔も、貴方の所為であの子が溺れそうになった事が有ったでしょう。 貴方はあの子にとって疫病神なのよ。 貴方といるとあの子の人生は滅茶苦茶になってしまう。 もう黙って見ていられないのよ。」
母親:「このまま帰って、もう、二度と来ないで。 顔を見せないで。 分かったわね。」
伊織と瑠奈、入院病棟の待合室で佇む
瑠奈:「6月頃からの記憶が無いそうよ。 ちょうど吾妻さんが最初に襲われた以降の事を覚えていないみたい。 私の事も、覚えていないと言ってたわ。」
瑠奈:「医者は、事故のショックに寄る一時的な記憶喪失じゃないかって言ってるのだけれど。」
伊織:「記憶が無いって…。」
この夏に伊織と一緒に体験した事、怖かった事、辛かった事、楽しかった事、全部忘れてしまったって言うのだろうか。
伊織:「何か変だ、絶対に何かおかしい。」
瑠奈:「…どこが、おかしい?」
伊織:「イアンは碧を連れて行った。 奴がそう簡単に碧を解放する筈が無い。」
瑠奈:「そうね、それに…。」
瑠奈:「彼女には 青龍 の気配が感じられない。」
伊織:「気配? ですか。」
瑠奈:「源が言ってたでしょう、聖獣同士には 意思共鳴 と言うのが有って、お互いにテレパシーみたいな物で感情を共有し合っているって。」
瑠奈:「この子は、青龍の気配が感じられないって…多分言ってる。」
瑠奈の足下に朱雀のビジョンが出現していた。 薄暗くなった室内に、仄明るい赤い炎が浮かび上がる。
瑠奈:「それともう一つ、吾妻さんの左手には傷が無かったの。」
伊織:「傷って、卵を植えつけられた時の傷ですか。」
瑠奈、頷く
瑠奈:「もっとも、青龍の力が本当だとしたら、掌の傷を消すくらいの事は簡単なのかもしれないけどね…」
瑠奈、溜息
瑠奈:「考えられる可能性は今のところ二つ。」
瑠奈:「青龍を抜き取られたか…」
伊織:「抜き取るって、そんな事出来るんですか?」
伊織、仰天
瑠奈:「分かんない、でもこの間5つの聖獣が揃ったのに「完全相生」とやらが成功しなかった事と何か関係が有るかもしれない。」
瑠奈:「もう一つの可能性は、…あそこに居る吾妻さんは別人か。」
伊織:「偽者って言う事ですか?」
伊織、混乱
瑠奈:「そうそう家族まで騙せる偽者なんて居無いと思うけど、今 念のためにDNA鑑定を手配してるわ。」
伊織:「池内さん」
瑠奈:「何?」
伊織:「珍しく、抜け目が無いですね…。」
瑠奈:「また…今さり気に苛めたでしょ。」
瑠奈、ふくれる
瑠奈:「どうする? 伊織クン。」
伊織:「どうするって…どういう意味ですか?」
瑠奈:「吾妻さんが戻ってきたのだとしたら、伊織クンや館野さんがわざわざイギリスまで危険な争いに巻き込まれに行く必要は無いかもしれないって事よ。」
伊織、明快
伊織:「俺、行きますよ。」
伊織:「碧が戻ってきたのなら、それはそれで良かったけど、…優美達が待ってる。」
伊織:「池内さんは、どうするんですか?」
瑠奈:「伊織クンが行くと言うなら、勿論行くわよ。 貴方を見捨てたりしないわ。」
伊織:「池内さん…。」
瑠奈:「何?」
伊織:「キスして良いですか。」
瑠奈:「此処じゃ駄目…。」
家に帰ると国際メールが届いていた。
伊織:優美からか、
小包の中にはスマホと、コイン?
そのコインは、どうやら1ユーロコインが半分に切断されたものらしい。 切り口はわざとギザギザに加工されていて、おそらくもう一方の片割れとピッタリくっ付くようになっているのだろう。
早速スマホの電源を入れてみる。 …当然?の事ながら圏外。
WiFi設定から家のアンテナのキーコードを入力する。
新着メールが一件。
優美:「航空機のスケジュールが決まったら連絡して。 コインは御守り。」
伊織、苦笑いしつつ。
伊織:「イギリスって、確かポンドじゃなかったか?」
出発前日
何故か涼子が家に前泊しに来る。 何時の間にかうちの家族も涼子の存在に慣れてしまったらしく、何の違和感も抱かない。
伊織:良いのか? こんな事で良いのか??
母親:「伊織、お土産忘れないでよ。 近所に配る分メモに書いておいたから。」
伊織、無視
母親:「涼子ちゃん、伊織のこと頼むわよ、本当頼りないんだから。」
涼子、力強く頷く
早朝出発のエクスプレスに合わせて目覚ましをかける。
何故か、涼子が枕を抱えて伊織の部屋に忍び込んでくる。
伊織:良いのか? 本当にこんなことで良いのか??
涼子、ちゃっかり伊織のベッドに添い寝
伊織、当然眠れない
涼子、突然、伊織の頭を抱きしめる。
涼子:「大丈夫、いおりはリョーコが護ってあげる。」
伊織、仰天
伊織:「ああ、ありがとうな…。」
伊織、甘い匂いに包まれながら、まどろみに堕ちる。




