エピソード12 同盟
Episode12
登場人物
加地 伊織:主人公
源 香澄:仕切り屋
難波 優美:やっかみ屋
館野 涼子:欲しがり屋
池内 瑠奈:うっかり屋
気が付くと真昼間だった。 何時の間にかベッドで眠ってしまったらしい。
それは知らない部屋だった。 一瞬、自分はどうしてこんな所に居るのかが理解できない。 降りかかった事実が余りにも唐突過ぎて記憶が跳んでいる。
やがて、これまでに感じたことの無い人間的な満足感と共に「現実」が蘇ってきた。
一体「全てが報われる」とはこういう感覚の事を言うのだろうか。
昨日までくよくよ悩んでいた事が、今ではとっても些細な事のように感じられた。
ふと気付くと、隣に香澄が眠っていた。
一糸纏わぬ姿で、安らかな寝顔は何処か幼ささえ感じさせる。
バラの香りが、再び伊織の空っぽを充足していく。
その敏感なパーツをもう一度征服したい衝動に駆られて、…
優美:「あなた達、何やってるの?」
心臓が止まるかと思った!
見ると、部屋の入口に優美が立っていた。 …おそらく、一瞥して状況は理解したらしい。
優美:「全く、…だから言わんこっちゃ無い。」
優美はやれやれという感じで溜息をつく、
優美:「香澄、涼子から電話よ。」
香澄:「ん? ああ、…おはよう。」
香澄:「あら、腰が…」
優美:「もう、しっかりしてよね。」
優美は持ってきた携帯をストラップでぶら下げて揺らして見せた。
香澄が素っ裸のままシーツから出て行く。
伊織はその残り香の中に暫し身を潜める。
学校の理科室の様な部屋がダイニングキッチンの代用だった。
香澄がいれたコーヒーにチビチビ口をつけていると、やがてハムエッグが焼けてトーストと共に運ばれてきた。
既に11時を回っていたので朝食と言うよりはブランチである。 優美は相変わらずヨーグルトとスパークリングウォータだけらしい。 「ちゃんと食べないから大きくなれ無いんだぞ」、と突っ込みたくなったが…、
優美と目が合わせられない。
別に優美とは「そういう関係」を求めている訳ではなかったのだが、優美がどう思っているのかは気になる。
もしかして、優美を傷つけたりしたのだろうか。
だからと言って、今更昨日を取り戻せる訳ではないのだけれど…。
香澄:「涼子、伊織が急に居なくなっちゃったんで心配してたみたいよ。 伊織ん家で朝ごはん食べてからこっちに向かってるって言ってたから、もうそろそろ着く頃かな。」
伊織:貴方が拉致ったんでしょ。 …てゆうか、涼子と話したの?!
香澄:「それともう一人、ココに招待したわ。」
香澄:「…着いたみたいね。」
ガレージに車が侵入した事を知らせるベルが鳴る。
モニターに、見覚えのある小型SUVが映し出されていた。
香澄:「伊織、悪いけど迎えに行って来てくれるかな?」
優美が立ち上がった。
優美:「私も行くわ、途中で迷子になるといけないから。」
香澄:「じゃあ、地下の実験場で合流しましょう。」
優美と二人きり長い廊下を歩く。 何だかずっと黙ったままだ。
沈黙を破ったのは優美の方だった。
優美:「何よ。 何か言ったらどう。」
伊織:「いや、ちょっと、気まずいかなって」
再び、暫しの沈黙…
優美:「貴方、この前、私の事…その…オカズに…、全く! 節操が無いって言うか。 男ってそういうものなの?」
伊織:何故にそこ突っ込む? お前は何が知りたいんだ…
優美:「もしかして…ミジンコは、…私とも…ああいう事したいの?」
優美:「…別に私は、構わないけど。」
一瞬、自分の耳を疑う。
思わず立ち止まって問題発言の主を確認する。
…優美の顔が真っ赤になっている。
伊織:「俺は、別に、…優美が構わないって言うなら…」
伊織の顔も、多分赤い。
優美:「ケダモノ…」
優美はいきなりソッポを向いて、一人スタスタと早足で先を行く、
伊織:引っ掛けやがったな…こいつ。
地下ガレージに通じるドアを開錠する。
そこには瑠奈と涼子が並んで待っていた。 考えてみると初めての組み合わせだ。
瑠奈:「加地君! 大丈夫だった?」
優美:「失礼ね、色んな意味で危険に晒されていたのはこっちの方だわ。」
瑠奈、訳も分からず、
伊織、苦笑い。
地下実験場。 最高部60m、奥行120m、幅80mのコンクリート打ちっぱなしドームは表向き雨水調整池と言う事になっているらしい。 前回瑠奈と此処を訪れた時は、…血の海だった。 今はすっかり片付いて? 新しいスウェーデン製のソファーやらテーブルやらが運び込まれている。
瑠奈:「館野さんから提供された写真を元に、身元を洗い出しました。」
伊織:秋葉原に行った時の写真か…
なんだかんだ、一番役に立っているのは涼子かも知れないな。
瑠奈:「もしも、これが本当だとしたら、彼らはとんでもないVIPよ。」
瑠奈:「加地君に聞いた名前も一致したわ。」
瑠奈:「でも。ここ数ヶ月の間、彼らがイギリスを離れたという記録は何処にも無い。 日本に入国した記録も無いわ。」
瑠奈:「現に2週間前も、イギリスで行われた民間企業の式典に出席しているの。」
同時に 二箇所に存在したとでも言うのか、それとも極めて頻繁に日本とイギリスを密航しているとか?
香澄:「まあ、私達が一戦交えた連中はまともな人間じゃなかったから、何でも有りなんじゃない?」
香澄:「問題は、どうやって吾妻を取り戻すかって事よ。」
香澄:「とにかく、吾妻を奪還するまでは一時休戦と行きたいんだけど、異存は無いよな。」
瑠奈:「分かりました。 誘拐された邦人の救出を最優先とします。 貴方達の裁きはこの事件が解決した後、きっちりケリを付けさせて貰いますから。」
香澄:「まあ、酔っ払いのうっかり屋さんに遅れを取るつもりは無いけどね。」
二人は決して目を合わせようとしない。
伊織の目から見れば、瑠奈は猫っ被りで 香澄は開けっぴろげだが 根本的には似た者同士な様に思える。 だからこそ仲が悪いのかもしれない…と勝手に納得してみる。
香澄:「吾妻に仕掛けた発信機の信号はイギリスのオックスフォード西部を指していた。」
香澄:「まずは私と優美の二人でイギリスに飛んで現地の状況を下調べして足場を固めておく。」
香澄:「とは言っても、二人だけで乗り込んでも前回の二の舞になるだけだろうから。 伊織たちは準備が出来次第できるだけ早く合流して欲しい。」
伊織:「了解。」
伊織:「ところで、渡航のチケットは鳥越啓太郎が用意してくれるのかな?」
瑠奈:「うぅ…分かりました。 手配します。」
瑠奈:「それよりも、もっと敵に関する情報はないの?」
香澄:「奴らの能力は常識が通用しないと言う点で私達の聖獣の能力と似ている。 あの男は雨や雹といった気象現象を自在に操り、しかも超音速で降らせて攻撃してくる。 何千メートルも上空からモノを落として、狙い通りの目標に命中させるなんて言う事は普通ありえない。 それにあいつはいくら傷つけても直ぐに再生する。 奴はそれを青龍と同じ力だと言っていた。 青龍の能力が通用しなかったのも、そこら辺に理由があるのかもしれない。 後、能力を発揮する時に聖獣らしきものは出現しない。 代わりに光の羽根ミタイナモノが背中に生える。 ちょっとイケメンで羽根が生えるからって威張っているところが気に食わない。 私達が実際に見たのはこれくらいかな。」
香澄:「もう一つ気になっているのは、あの男が、自分は「主」で私達を「奴隷」と言った事。」
香澄:「ただ単に私達を見下してそう言ったのか、何か別の意味があるのかは分からない。」
香澄:「「さりな」の預言によれば私たち聖獣使いは世界再創世の主役である「ヴァーハナ」と呼ばれる連中と一戦交える事になるらしい。 結果的に「ヴァーハナ」が勝利するが、この時の聖獣同士の戦いで世界は一旦滅んで、その後「ヴァーハナ」が再生すると言われている。 私達の他にも同様に戦いに参加するグループがあるらしいのだけど、奴らが「ヴァーハナ」なのか、別の何かなのかは今のところ不明。」
香澄:「とにかく、総力戦でかからないと太刀打ちできない相手だと言う事は確かね。」
香澄:「少なくとも、あいつに刃物や電撃みたいな表面的な攻撃は通用しなかった。 或いは火炎で一瞬にして燃やし尽くせば可能性はあるかも…。」
瑠奈:「それって、私に殺人を犯せって事?」
瑠奈が思わず声を荒げる。 …表情が険しい。
あの下水管内での事件がトラウマになっているに違いなかった。
香澄:「得意でしょ? それに、やらなければやられるだけよ。」
香澄:「それと、気付いていると思うけど、あいつの能力は雨とか雹とか水に関連した気象現象を操るものだった。 水に対抗する為には水の能力があると心強い。」
香澄は卵を取り出した。 確かにそれは、ウズラ卵に似ていなくも無い。
伊織:「それって…」
香澄:「そう、玄武の卵」
香澄:「木、火、土、金と来て、水を操れるのは玄武しか居ない。」
香澄の企みに気付いて、今度は伊織が思わず大きな声を出す。
伊織:「駄目だ、そんな事、…涼子にそれを植え付けるなんて、涼子をそんな危険な目に合わせる訳には行かない。」
香澄は静かに、冷ややかに、微笑み返す。
香澄:「伊織、涼子はもう既に危険な淵にどっぷりつかっているのよ。 自分を護れる力が必要よ。」
香澄:「それに、涼子の考えを聞いていないわ…。」
香澄が涼子に向き直る。
香澄:「涼子、あなたはどうしたいの? 一人で残る?」
伊織の傍らに寄り添っていた涼子が、伊織のシャツを引っぱる。 ぴったりとくっ付いてくる。
香澄:「それとも、私達と一緒に居たい?」
涼子は黙ったまま頷いた。
伊織:「駄目だ…」
伊織:そこは、踏み込んじゃいけない領域なのだから、
伊織は涼子に向き直り、その両肩を掴んでじっと涼子の瞳の奥を見つめた。
涼子は表情も変えず、じっとされるがまま伊織の目を真直ぐに見つめ返す。
香澄:「伊織、この中で一番危険なのは貴方よ、奴らは最終的に契約者を殺さないわ、でも貴方は違う。 それでも貴方は優美の力になりたいって覚悟を決めた。 吾妻を取り戻すって決めたはずよ。 涼子にだって同じ覚悟があっても変じゃないわ。」
優美は今にも泣き出しそうな顔で伊織を見つめていた。
伊織:「でも…。」
伊織は救いを求める様に瑠奈を見る。 何故だか瑠奈は黙ってうつむいたきりだった。
香澄:「涼子、こっちにいらっしゃい。」
香澄の呼びかけに応じて涼子が伊織の許を離れる。
香澄:「舌をだして。」
香澄が指でなぞると柔らかな舌から血が流れ出した。 真っ赤なそれは小さな口から溢れ出て、顎を伝って滴り落ちる。
香澄:「あーんして。」
涼子が上を向いて大きく口を開ける。
そこに、卵が割って堕とされた。 …やがて傷口に、吸い込まれていく。
涼子の口元についた血を香澄が舐め取る。
香澄:「よく出来ました。」
突然! 涼子が膝を震わせて、その場に座り込む。
香澄:「一寸だけ気分が悪くなるけど、大丈夫、直ぐに良くなるわ。」
香澄:「さてと、これで5つの聖獣が揃ったって訳だけど、…はっきり言ってまだ勝てる気がしないわ。」
香澄:「でも、たった一人の敵にも勝てない様なら、この先私達が直面する事になる「ヴァーハナ」との戦争で生き残る事は無理よ。」
香澄:「私達が勝機を得る為には、聖獣達の力を最大限に引き上げる必要がある。」
香澄:「今から、完全相生を行う。」
暗い地下ドームの底に、聖獣達の仄かな光が浮かび上がる。




