表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/13

エピソード11 覚悟

Episode11

登場人物

加地 伊織:主人公

館野 涼子:保護者

源 香澄:初めての人


気が付くと真夜中だった。 何時の間にかベッドで眠ってしまったらしい。


あの出来事から一週間が経とうとしていた。

不意に、どうしようもなく心細くなる。 此処一週間、同じ事ばかり反芻していた。


伊織:自分は無力だ、何も出来ない、利用されて、皆に迷惑をかけているだけだ。


泣きたくなって縮こまる。 ふと気付くと、隣に涼子が眠っていた。

ふさぎきって引きこもっている伊織の事を心配して添い寝してくれていたのだろう。

そんな事にすら今まで気付かないでいた。


甘い涼子の匂いが、伊織の空っぽを充填していく。

その華奢な身体を力任せに抱きしめたい衝動に駆られて、…何とかぎりぎりの理性で踏みとどまり。

その代わりに涼子の髪を撫ぜてみる。


伊織:どっちが保護者なんだか…



香澄:「伊織」


声が聞こえる。 ささやき声だ

自分を眠りから呼び覚ましたその声の主を探す。 それは、自分の耳の傍から聞こえているようだった


香澄:「聞こえますか、伊織、…私です、香澄です。」


右耳をおさえる。 確かに声はそこから聞こえてくる様だった


香澄:「窓の外を見てください。」


涼子を起こさない様にそっと立ち上がり、カーテンを開ける。

確かに…道端にフランス製の2ドアクーペが止まっていた。  傍らに白衣の女が立って、こっちに向かって手を振っている。


香澄:「少し、時間くれませんか?」



マニュアルトランスミッションのクーペが夜の街を疾走する。

速度計は160km/hを指していた。


伊織:「博士、酷いですよ。 勝手に盗聴してたなんて。」

香澄:「まあ、済んだ事でくよくよしないで! 実はそれは通信機になってるの。 前に伊織の耳が青龍に再生された時に私が埋め込んだのよ。 耳の後ろにスイッチがあって、爪で押せばON/OFFを切り替えられる様になってるわ。」


確かに耳の後ろに小さな傷跡が残っている。 ぶった切られた右腕には何の傷跡も残っていなかったのに、此処だけ変だとは…一応思っていたのだが。


伊織:「でも、これどうやって動いてるんです?」

香澄:「普通に電池よ。 優美のビジョンで遠隔から充電してるの。 ビジョンって本当に便利よね。」


赤信号を無視してクーペはかっ跳んでいく。 交差点を横切ってきた車が急停止してクラクションを鳴らす。


伊織:「何処へ行くんですか?」

香澄:「研究所。 貴方に見せたいものがあるの、」



伊織:「優美は、どうしてます?」

香澄:「すっかり落ち込んでるわ。」

香澄:「前回の「山猫」に引き続き、今回も全く良いところ無かったからね。」


いや、普通ならキースは確実に絶命していたはずだ。 キースの方が普通ではなかっただけだ。


伊織:「あいつらは…、一体何者なんです? 人間なんですか?」

香澄:「分からないわ。 ビジョンと同じ様な力が働いている可能性はあるわね。」

香澄:「雹だとか雨を狙った目標に命中させるなんて普通は出来ないわ。」

伊織:「いや、雨降らせた時点で人間じゃないでしょう。」


確かに、不思議な現象が起きる時、キースの背中に陽炎のような半透明の光る翼を見た気がする。 それはまるで、物語でみた天使の羽根の様だった。


しかも、切り裂かれ、焼かれた体がその場で再生していくのを確かに見た。 あんな芸当をされたんでは到底こっちに勝ち目は無い。 人間界最強?の十字架ピアスも、なす術も無く戦闘不能に追い込まれてしまったのだ。


伊織:「そういや、室戸はどうなったんです?」

香澄:「しばらくはオーバーホールね。 でも心配要らないわ…彼なら。」



やがて、クーペは例の秘密基地?に通じる地下ガレージに到着する。


暗い廊下を香澄について歩く。 そこは、以前涼子と一悶着会った病室の直ぐ隣の部屋だった。

大仰な機械類に囲まれた部屋の中央に一台の大きなベッドが据え置かれている。 そこには一人の人間が眠っていた。 身体には何本ものコードやらチューブが突き刺さっている。


伊織:「この人、生きているんですか?」

香澄:「ええ、現在の医学的には脳死状態ってことでしょうけど。」

香澄:「一度だけ目覚めた事があるわ。」


ミイラのようにコケタ頬、丸坊主にされた頭、土気色の肌。


香澄:「これが、…「さりな」。」


香澄:「聖獣の卵の在り処と、その契約の方法を告げて、彼女は再び眠りについたの。」


伊織:これが優美の…母親…。


伊織:「「さりな」が世界を滅ぼしたがったんじゃないんですか?」

香澄:「世界を清算したがっているのは信者達の方。 もしも「さりな」が何かやり直したかったとしたら、それは自分の人生でしょうね。 16年間寝たきりで醜くなった自分の姿と、失った時間の代償を欲しがったとしても不思議ではないわ。」


香澄:「「山猫」とのゲームで青龍の力を知った時、私達はもしかしたら「さりな」を復活させられるかもしれないと思ったわ。 でも、信者達は「さりな」が再び自ら目覚める事を望んだ。 今は神託の時、この眠りを妨げてはならないというのが彼らの考えみたい。」

香澄:「優美の落ち込んでる原因の半分はこの事ね。 前回は信者に止められ、今回は吾妻を奪われた。」


優美:「私は、私の事を必要だと言ってくれる人の傍にいたい。 …ただそれだけ。」 

…そう言った優美の言葉が突き刺さる。



香澄:「優美は生まれてからこれまで、誰にも何も望まれずに生きてきた。 一度もほめられる事も無く、一度も求められる事も無く、ただ、「さりな」の忘れ形見として、生かされ続けてきた。 あの子には自分が生きている理由が分からなかった。」


香澄:「「さりな」は、優美の母親は、初めて優美に意味を与えてくれた存在だった。 「さりな」が目覚めて、ビジョンの契約者になる事を命令した時に、優美は初めて自分がこの世で生きている理由を感じる事が出来た。 でも「さりな」は再び眠りについてしまった。 だから、ついこの間までは「さりな」の遺言だけが優美の支えだった。」


伊織:「この間までは…?」


香澄:「貴方が現れるまでは…。」


香澄:「最初優美は、ビジョンの意思共鳴の作用で貴方に興味を持った。 でも貴方の事を意識して交流を深めていく内に、自分以外の人間が存在する理由に気付いた。」

香澄:「貴方は優美の事を「友達」だって言ってくれた。 友達って言うのはお互いの存在を認め許し合う存在。 今はもう優美にとって伊織はあの子自身の存在理由なのよ。」


伊織:「難しいんですね、俺には良く分かりません。 俺はイアンだって…友達だと思ってた。 でも、あいつは俺を利用して碧を手に入れたかっただけなんだ。 俺があいつを簡単に信用してさえ居なければ、…碧は連れ去られる事は無かった。 俺の所為だ。」


再び、無力感が伊織の胸を締め付けてくる。



伊織:「…どうして、そんな話をしたんですか?」


香澄:「伊織の覚悟が知りたかったのよ。」

香澄:「「こんなもの」にあの子を引き渡すのか、それとも、あなた自身が引き受けるのか。」


伊織:「…どういうこと?」


香澄:「優美には貴方が必要、あの子はそれに気付いてしまった。 失いたくないモノを持ってしまった人間は弱い。 あの子は貴方がいなくなる事を恐れてしまった。 あの子にとって貴方は諸刃の剣、動機であると同時に足枷でもある。」

香澄:「貴方自身にとっても重大。 此処から先はこれまで以上に危険な事になるわ、現に貴方は二回死に掛けている。 この次も上手い具合に生き還る保証なんか無い。」


香澄:「それで、伊織はどうしたいの? それでも私達にかかわり続けるのか、それとも、もうここら辺りで終わりにしたいのか。」

香澄:「今、此処で聞かせて。」


伊織は、自分でも良く分からない内に「さりな」の肩に手を触れていた。


伊織:「迷う事でもない。 …他の事ならいやと言うほど悩んだでしょうけど、」

伊織:「優美は、俺の友達なんだ。 俺が友達で居たいから友達なんだ、それ以上に理由なんて必要無い。 だから、俺は優美の力になりたい。」


香澄は、俯いたまま、…きっと笑っているに違いなかった。



香澄:「それならば、伊織に伝えなければならない事があります。」

香澄:「吾妻の居場所が分かりました。 これから、奪い返しに行きます。」


伊織:「碧の居場所。」


心臓の鼓動が高まる。 イアンの嘲る様に笑った顔が蘇ってくる!

根拠の無い闘志が沸々と湧き上がってきた。


香澄:「連れ去られる前に、私は吾妻に発信機を仕掛けたの。」


伊織:あの時か

伊織と詩織が揉めている時に、その場から逃げ出そうとする碧を、香澄が掴まえて…


香澄:「連中に気付かれない様に、一週間後に位置を自動発信する仕組みにしておいたのよ。」


伊織:「それで、碧は今何処に居るんです?」

香澄:「イギリスよ。 …伊織はパスポート持ってる?」

伊織:「いえ、」

香澄:「一週間で手配して。 私はそれまでに準備を済ませるわ。」

香澄:「今度は、負けないわよ。」



伊織は香澄に手を差し出した。 握手を求めたのだ…。

香澄はその手を取って、そのまま伊織を抱き寄せる。 何時の間にか二人は…長いキスをしていた。


香澄:「伊織が私の事をなんと思っていても構わない。 …けど、お願い、私にも ちょっとだけ「安心」を頂戴…。」


そのまま二人の物理距離はマイナスへと近づく。 …それは初めての体験。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ