エピソード10 不死
Episode10
登場人物
加地 伊織:主人公
吾妻 碧:呆然
源 香澄:唖然
難波 優美:愴然
室戸 達也:愕然
キース:光の翼の契約者
イアン:謎
いつの間にか上空には厚い雲が立ちこめていて、まだ午前11時過ぎだと言うのに辺りは夕刻の薄暗さに包まれていた。 奇妙な事にその雲は、伊織達の上空にのみ発生し、この街の半径10km圏外には未だ明るい日差しが降り注いでいる。 それはまるで…幻想的な天蓋の風景の様だった。
キースは、鎖骨を折られた筈の右腕を二、三度 縦横に振り回してその感触を確かめている。 …既にダメージは消えているらしい。
室戸も依然として闘志は失せていない。 …左脚を折られたまま、片脚で体勢を整え直す。
キース:「君を壊してしまうのは惜しい気もするが、」
再び超音速の飛来物が今度は室戸の右肩関節を貫いた。
一瞬遅れて爆発音が轟く。
雨? いや、ビー玉サイズの雹が室戸を狙撃していた。
勿論尋常の雹でない事は明白だった。 超音速で飛来するその貫通力は容易にアスファルトをも穿つ。 それが、予めその場所に室戸が来る事を知っていたかの様に襲来し、…狙い通り直撃する。
香澄:「そんな事は、不可能だ。」
香澄:「まさか、神様のチート…?」
キースの背中には、再び巨大な光の翼が展開している。 …その姿は、まるで天使や悪魔の姿を彷彿とさせた。
伊織:…見間違い…じゃ無いのか。
室戸が体勢を崩して膝をつく、…その一旦しゃがみ込んだ体勢から、右脚だけの跳躍で跳ぶ! 左手には既に拳銃が握られている。
しかし銃口がキースに狙いをつけるよりも一瞬先に、その左二の腕を上空からの飛来物が貫いた。
とうとう室戸はバランスを失い、着地して膝をつく。
キース:「さて、これ以上は手加減できないが、まだ向かって来るかい?」
室戸はそれでもまだ、殺気を失ってはいない。
優美:「室戸、下がりなさい。 こいつは多分、…聖獣使い。」
優美がキースに立ちはだかる。
香澄:「あなた一体何者なの?」
キースは…不敵な「したり顔」を見せつけた。
キース:「主人が奴隷に名乗る必要など無い。 …そんな礼儀も知らないのか?」
香澄が反撃に出る。
香澄:「一寸痛いわよ!」
香澄の深呼吸と同時に…、黄龍のビジョンが地面から極薄のセラミックディスクを大量錬成! 高速回転しながら一斉にキースに襲いかかる。
…ところがそれは、突如飛来した大粒の雨にことごとくたたき落とされてしまう。
間髪を入れず香澄はディスクの回転を縦に変換する。 ディスクは上空から飛来する雨粒を切り裂きながら、キースの身体に到達した。
それと同時に白虎のビジョンがキースの体表面に雷を発生! キースの肉体が電流に弾ける。
流れ出す血、肉が焦げる匂い。 髪の毛は逆立ち、高圧電流に焼かれた瞳は、半熟卵の様に白濁化する。
ところが、キースはそんな自分の変容など一向に介していない様だった。
潰れた目で優美の位置を探り当て、…ゆっくりと向き直る。
キース:「出来れば君たちには無傷でいてもらいたかったんだが、」
キース:「少しお仕置きが、必要かな…。」
次の瞬間! 超局地的に発生した超音速の雨粒が、優美に飛来する。
伊織は考える前に飛び付いていた。
優美を庇い…抱きすくめる。 自らの身体で凶器的な雨の衝撃を引き受ける。 それはまるで…プラスドライバーを突き刺されているかの様な痛み。
伊織:「っ痛てぇ!」
優美:「ミジンコ、駄目! 貴方、死んじゃう!」
数秒の後、出鱈目な集中豪雨が一旦降り止む。
キース:「そうだな、…イオリには此処でもう一度死んでもらう事にしようか。 その後ミドリを連れ去ってしまえば、もう二度と復活する事も有るまい。」
何の合図も、前触れも無く、…飛来した大粒の雹が伊織の胸を貫いた。
優美の顔に降り注ぐ伊織の血。
優美:「い、…。」
力尽き、優美に覆い被さる格好で崩れ落ちる伊織。
あたたかな伊織の血液が、優美の身体を濡らして行く。
優美:「おり…」
優美、逆上する!
優美:「シロ!!! そいつを殺せ!」
伊織に覆い被さられたままの格好で、優美が絶叫する! 人外の美貌は、その狂気で一層妖しさを増して行く!
キースの心臓の内部から発生した鋭い金属の刃が、その鍛えられた胸を貫通した! 更にそれが回転して、胸板を切り裂く!
爆発的な心臓の収縮運動により、一気に体外に放出される大量の透明な血液。
やがて数リットルを吐き出し終えて、出血が止まる。
…しかし、キースは何のダメージも受けていないかの様にそのまま活動を続けていた。
キース:「No way! …参ったな。」
破けた胸板から…自らの血で錬成された細いナイフを抜き取る。
優美:「ちぃ!」
香澄:「こいつ、不死身か?」
キースの肉体がみるみる復活して行く。
キース:「作り替える力は、何も青龍だけの物ではないのだよ。」
瞳には黒目が戻り、傷跡は塞がれて行く。
優美:「吾妻! 助けろ!」
碧:「あっ?」
優美が叫ぶ!
あまりの事態に目を開けたままドッカの世界に行っていた碧が、我に返る!
青龍のビジョンが、目覚める。
寝起きの身震いを一回、まだ眠そうな瞼をぱちくりさせている。
碧:「お願い…あいつを、止めて。」
契約者の命令を受けたトカゲのビジョンは、目にも留まらぬ素早さでキースに飛びつき…
しかし、何の変化も起こらない!
キース:「残念だけど、僕には通用しないみたいだね。」
キースは再び伊織に向き直る。
キース:「これでさよならだ、イオリ。」
今度は優美が伊織を庇う。
血塗れの美少女が伊織の身体に覆い被さり、必殺の形相で敵を睨みつける。
優美:「駄目だ! 伊織は私の!」
突然、陽の光が差し込んで来る。
上空の黒雲は、見る見る千切れとんで、文字通り霧散してしまった。
気がつくと、何時から居たのだろうか…イアンが其処に現れていた。
涼やかな風がイアンの髪をなびかせている。
イアン:『やりすぎだよ、キース』
(作者注!『』は英会話。)
キースが戦闘態勢を解く。
イアン:『命令以外の事をしてはいけない。』
イアン:『今は、まだイオリを殺しては駄目だ。』
何の警戒もなしに、イアンが伊織に近づいて来る。
しかし優美の殺気に気圧され、…少し手前で立ち止まって苦笑いする。
イアン:「ミドリ、イオリを助けてやってくれ。」
一人取り残されていた碧が、再び我に返る。
碧の呪文と共に幽霊トカゲが伊織の胸に飛び乗り…傷を再構成していく。
伊織は溺れた人間がそうする様に息を吹き返して、急速に酸素を取り戻す為に大きな呼吸を繰り返す。
優美:「伊織! 伊織! 大丈夫なの?」
泣きながら伊織にしがみつく優美。
碧はそんな二人の姿を呆然と見ていた。
イアンが、そっと碧に寄り添う。
イアン:「さあ、ミドリ… 一緒に行こう。」
イアン:「君が素直に来てくれれば、これ以上他の皆を傷つける様な事はしない。」
キースが大型のSUVを回して来た。
イアンに手を取られ、力なく立ち上がる碧。
伊織:「待て、イアン!」
伊織は優美を振り払い、立ち上がる。 涙目で、未だ呼吸は荒い。
イアンは振り返り、友人に対してする様に伊織に優しく微笑みかけた。
イアン:「イオリ、楽しかったよ。 もう少し一緒にいたかったな。」
伊織:「これまでの事…、碧を悲しませた事、隼人を傷つけた事、山猫が襲って来たのも…、全部お前達がやったのか。」
イアン:「そうだよ。」
イアンは悪びれた様子も無く答えた。
突然飛びかかる伊織
満身の力を込めて、イアンに殴り掛かる。
イアンはそれを軽く受け流す。 …よろめき、ひっくり返る伊織、
イアン:「ミフネに教えてもらった事を忘れたのかい? そんなに力んじゃ駄目だ。」
伊織はすぐに立ち上がり、反転して、クラウチングスタートの勢いで発生させた地面の反力を背中、肩、腕か掌底を通じてイアンの鳩尾に伝える。
イアンは、それをまともに受け止める、しかし、…微動だにしない。
伊織が見上げたイアンの顔は、涼やかに微笑んでいる様にさえ見える、そこには一点の恐怖の欠片もない。
次の瞬間! 腰の回転で軽く振ったイアンの右フックが伊織のこめかみを直撃する、
一瞬、意識が跳びかける。
必至に正気を保とうとする伊織の胸に、…躊躇無くイアンの打下ろしの突きが刺さった。
何かが、身体の中に潜り込んで来る。 威力が波紋の様に身体の内側を広がる。 自分の意思に反して全く身体が言う事を効かない。 …その場に崩れ堕ち、しゃがみ込む。
その時伊織は、確かにイアンが嘲る様に笑うのを見た。
イアン:「ミドリの事は心配要らないよ、酷い事されない様に僕が必ず護ってあげる。」
碧はイアンのエスコートに従い、キースの車に乗り込んだ。 なす術が無く一同が見守る中、車は走り去って行く。




