私を捨てた婚約者が後悔していますが、もう遅いです。みんな幸せになりました。(※婚約者は含みません!)
私は婚約者が大好きなので、何があっても離れません。
ローガン侯爵は私が唯一、無償の愛を捧げられる人だから。
「お前のような女との婚約は破棄する!」
「一方的には出来ません、しません!」
「実は、男爵令嬢と浮気したんだ」
「どうぞどうぞ、浮気くらいいくらでもしてください」
「え! 赤ちゃんが……。私、産まなくてもお母さんになれるんですね! ありがとうございます!」
「実は、国の金を横領していたんだ」
「では、一緒に返して参りましょう! え!? こんな大金を!? 一生一緒に返して行くしかありませんね!」
「ドラゴン退治に失敗して、足に一生治らない怪我を負ってしまった」
「それは大変ですが。私が一生めんどう見て差し上げないと」
「旦那様には、もう、私しかおりませんね。いつまでも一緒ですわ」
おかしい!
どう考えてもおかしい!!
男爵令嬢のクラリスと婚約してから俺、ローガンには不幸なことばかりが起こる。
まず、どうして婚約破棄出来なかったんだ!?
夜会で婚約破棄を宣言したものは、みんな婚約破棄出来ているだろう!?
クラリスの前の婚約者の時は、なんの問題もなく捨てる事が出来たのに!
「ローガン侯爵、何故クラリス嬢と婚約破棄がしたいのだ? 理由がないなら認めるわけにはいかない」
クラリスが婚約破棄を承諾しないと言うから、王に問われた。
「お前のような女……(との婚約は破棄する)」
これが婚約破棄の理由だが、相手が承諾するから、勢いで理由と認められてるようなもので、まともな理由ではない。
飽きたとか面倒くさくなったが本音だ。
だから、王に婚約破棄は認められなかった。
それからか、俺がついてなくなったのは。
誰でもいいと思って浮気した男爵令嬢が妊娠して、その令嬢に唆されて国の金を横領させられて、罰として竜退治に行かされて。
俺は、歩けなくなった。
「はい、朝食です。私が食べさせて差し上げますか?」
「ママー! ボクが、パパに、食べさせる!」
やめろー! 口の周りがベタベタになる!
俺を騙して金を横領させた男爵令嬢は服役中だ。
その子供はクラリスを本当の母親だと思っている。
クラリスが侯爵家の経営をしだして、一生返せないと思った金はほとんどが返し終わった。
「旦那様がいてくれて、私たちは幸せでいられるんです。一生一緒で、全力で愛し続けます!」
にこり笑うクラリスに、俺は戦慄する。
「熱ッ!?」
息子が俺の口に運んだ、熱々のスープが俺の身体にこぼれた。
どうしてこんなに不幸になった?
そうだ! 素直に婚約破棄された、あの女が全部悪い!
◆◇◆
私と婚約破棄したローガン侯爵様が、私を捨てた事を大変深く後悔していると耳にします。
「お前のような女との婚約は破棄する!」
夜会の公衆の面前でそんなふうに言われて、私は縋り付いて嫌だという事も出来なかった。
だから、ローガン侯爵様の新しい婚約者が、婚約破棄宣言されて、
「一方的には出来ません、しません!」
と言ったと聞いた時には驚いてしまった。
そう言うやり方もあったのね。
——でも、やらなくて良かった。
私は、あの夜、みっともなく婚約破棄を宣言した婚約者に縋り付くわけでもなく、ただ毅然と受諾してその場を去っただけ。
目頭が熱くなってこぼれようとする涙を制して、夜会会場の外に出た。
馬車に案内してくれる使用人がいたが、私に気づく前に、そっと横道に逸れた。
涙が溢れてくるに任せて、人に見えない場所まで行くとしゃがんで泣いた。
夜会の会場からは音楽や人の声が聞こえて来る。
私とは関わりのない楽しそうな笑い声が胸に刺さった。
ここで大声で泣いても気づかれないかもしれない。
でも、大声ではなく勇気が出なくて、少しだけ声を上げて泣いた。
「大丈夫ですか?」
人気がないと思っていたので声をかけてかけられて驚いた。
そこにいたのは王太子で——。
「貴方が婚約破棄されて出てくるのを見て、おいかけてきたんです。気丈に振る舞っていらしたが、やはりあんな大勢の前で嘲笑されたら傷ついていますよね」
何故か私の横に座る。
そう。
王太子の言うように私は傷ついてる。
婚約者に婚約破棄された事にじゃなく、大勢の前で嘲笑された事に。
注目されて夜会会場を出て行く私。
婚約者の事なんてどうでもいいのに、どんなに毅然としていても負け犬としか見られない。
それが、すごく辛い。
「僕も学園で同じ事があったんです。婚約破棄じゃなくて創作魔法の発表だったけど、先生にダメだと酷く強い言い方で、みんなに前で嘲笑されて、みんなに笑われて……辛かった。元々、創作魔法が得意じゃないだけに、僕の全てを否定された気がしたんです。
だから、あなたをほっとけなくて追いかけてきてしまいました」
王太子が笑いかけてくれた。
あの中で私を気にしていてくれた人がいただけでホッとする。
やっぱり泣いてしまう私。
「僕もそうだったけど、一つの事を否定されても、全てを否定された訳じゃないから。僕も、その後で、古典魔法では最優秀賞を貰ったんです」
私にとっての別のものってなんだろう?
涙の意味が、暖かい王太子の言葉に触れて変わって、王太子に見つめられる。
ああ、別のもの、じゃなく、別の人——。
◆◇◆
「ローガン侯爵様クラリス様、本当にお似合いね」
「色々あったけど、あれだけの事があったのに見捨てないクラリス様は本当に素晴らしいわ」
私の元婚約者の、車椅子のローガン侯爵は、奥さんのクラリス様といつも一緒だった。
車椅子を押す、クラリス様の笑顔が素敵で、みんなが幸せな気持ちになった。
ただし、ローガン侯爵の顔はみんな無視する。
ローガンは、疲れた惚けたような、全てに絶望したような顔をしているけど、
「ローガン、どうしたの? なんでも言ってね? あなたの幸せが私の幸せだから、一生一緒ですよ」
クラリス様に、あんなに献身的に思われて、不幸な人なんていない。
ローガン侯爵が小さな声で「君と婚約破棄したい」と呟く。
「私たちもう結婚しているのよ? あなたの5人の愛人の子が5人に、私にも双子の子供がいて、幸せよ」
——あなたが全ての不幸を背負ってくれるから。
クラリス様の口元がにこりと揺れて、言葉にならない言葉が溢れていた。
「本当にクラリス様はお幸せそうで良かったわ」
ローガン侯爵、あんな人でも役に立つのねと、元婚約者の私は思います。
「僕と君の婚約も彼らのおかげで出来たしね」
私の婚約者の王太子が笑う。
私は子爵令嬢で、身分違いで王太子との婚約は認められないはずだったけど。
クラリス様の献身で、身分が低い女性はどんなクズでも見捨てない、と言うイメージができて、身分差婚約が大流行り中。
「僕、そんなにクズじゃないと思うけど」
と、身分の高い男性は悩むとか。
「あなたが最高の婚約者だって、私が知っていますから、王太子!」
王太子が笑ってくれる。
「僕も、君が最高の婚約者だって知ってるよ。それじゃあ、最高の王妃になる為に、結婚式で着るドレスを決めに行こうか」
私たちは手を繋いで歩き出した。
◆◇◆
私は孤児のクラリスです。
この世界に転生したのだと気づいた時には、私は孤児の10歳の女の子だった。
たった一人で生きていかなきゃいけないけど、孤独の中で、誰でもいいから愛したかった。
だって、転生前の、ずっと家族と一緒で幸せだった記憶があるから、それが当たり前の光景だから。
でも、私は呪われていた。
私と同じ年の孤児の男の子がいたから、一緒にいたけど、彼は怪我ばかりしていた。
代わりに私がちょっとした仕事をして男の子の世話をした。
でも、最期には全く動けなくなって、雨と風が凌げるだけの廃墟で寝ていた。
私は初めて盗みを働いた。
身なりの良いお爺さんがいて、杖をついてヨロヨロと歩いていた。
使用人が一緒だったけれど、ついて行くと一人になる瞬間があった。
財布を上着のポケットにしまっていたのは確認していたから、お爺さんに飛びかかって、奪って、逃げた。
薬と食料を買って、男の子の所に戻ると、男の子は起き上がれない身体で、私に手を伸ばした。
私が手を取ると、弱弱しく笑って目を閉じた。
私は、その手をずっと握っていた。
男の子が目を覚ましてから手を離そう。
手なんて、生きていたら、いつでも離して、またつなげるんだから、何度だってつなぐ。
——生きていたなら。
私が財布を盗んだお爺さんが使用人たちを連れて廃墟までやって来た。
「死んでいる——」
男の子に向かって使用人が言った。
お爺さんは男の子への私の献身に感動して、私を養女にした。
私は、男爵令嬢のクラリスになった。
でも、私は呪われていた。
男の子が死んだのも私のせい。
転生する時に貰った能力が『一緒にいる人を不幸にする代わりに、もっと幸せになれる』というもの。
男の子を不幸にして、私は男爵令嬢になって幸せになる。
でも、幸せってなんだろう?
誰かの不幸の上にある幸せなんて、不幸と同じ。
私は、男爵家の豪華な部屋で泣き続けた。
次に、私が不幸にしたのは、お爺さんだった。
泣くのに疲れて部屋の外に出ると、男爵であるお爺さんがいた。
でも、お爺さんは、私に会う前から病気で、家族を不慮の事故で亡くしていた。
だから、私が看病するととても喜んでくれてた。
日に日に、悪化していく病状はきっと私のせいだけど、私もお爺さんも、気付かずにいられた。
ただ、日々を楽しくしようとする努力が報われる時間だった。
やがて、お爺さんが亡くなった。
16歳の私に、お爺さんは最後まで縁談を持って来てくれたけど、素敵な人たちを不幸にしたいと思わなかった。
でも、使用人が怪我をする。
お爺さんと財布を盗んだ私を追いかけて、男の子の死を確認した、一番、私と近い使用人だった。
「クラリスお嬢様、心配いりませんよ、すぐに治ります」
使用人は笑ったけど、私は笑えない。
男の子も最初の怪我は治った。
次も、次も。
怪我が大きくなるにつれて、治る前に怪我をして、バイキンが入って、悪化して……。
ドミノ倒しに不幸が増えていく。
使用人が心配で、夜会に行く。
ずっと一緒にいられる人を見つけたい。
不幸になってもいい人、私の心が痛まなくて……でも、愛せる人。
「お前のような女との婚約は破棄する!」
傲慢な声が聞こえてくる。
人を惹きつける美貌の男性だけど、公開婚約破棄の屈辱に毅然と対応する女性の辛さに気づいていない。
毅然と去っていく高潔な女性。
泣くでもなく叫ぶでもない女性の潔さに、言った男性は面白くなさそうに顔を真っ赤にしていた。
彼女がどれだけ傷ついていて、それでも弱さを見せないだけだと気づいていない。
なんて——。
私に、相応しい人なの!
私は、令嬢と身勝手に婚約破棄した男の婚約者になった。
そして、結婚すると、使用人は男爵家から侯爵家に移って、怪我はもうしなくなっっていた。
私は、遠慮なく愛せる相手がいる幸せを手に入れた。
ローガンなら私の呪いで、どんなに不幸になってもいいもの。
ただ、ずっとそばにいてあげる。
一生一緒の、私の愛する人。




