08. 彼の紅茶で水浴びしてたら、ちょっとだけ近づいた気がしたはなし
毎回一話完結の掌編シリーズ。妖精スフレと魔法使いレイジの、少し甘い日常のひとコマです。
※挿絵は、AIイラストです。(使用ツール:ChatGPT Image Generation)
(挿絵: 紅茶カップで水浴び中のスフレ(使用ツール:ChatGPT Image Generation))
◆◇◆◇
「ふわぁ……。」
朝の明るい光の中、あたしは寝床の鳥籠から抜け出した。
ぱたぱた翅で移動しながら欠伸して、そして大きく伸びをする。
うー、あぁ……、だいぶ寝過ぎちゃった。
同居人たるレイジへの言い訳を拵えつつ、寝ぼけ眼を擦りながら階下に滑空する。
窓の外の陽ざしも、そして匂いも……。
もう朝の澄みきった感じは抜けてしまい、賑やかになった昼間の雰囲気。
キッチンに続く部屋に入って、ひょいとテーブルの上と、それからキッチンを覗くと……。
「あちゃー、あたしが先か。」
何にもなくて、昨日の夜のままだった。
レイジの姿も無いので多分まだ寝てる。
眠かったし。彼のベッドまで確認しなかったのだ。
「……仕方ない。」
ふぅ、と息をついて。
それから気持ちを切り替える。
朝起きて最初の面倒な仕事、それは……。
ーー水汲み。
水差しを取りに、ぱたぱたと翔ぶ。
その途中、念のため水瓶も確認するけど。
カラだよねー。
どっかから水が湧き出たりしない限り、昨日尽きた水が入ってるわけない。
そんな仕事したくない気持ちを振り切って。
向き直ると、見慣れない食器があった。
それは、幅広のティーカップ。
昨日片付けた時には無かったもの。
中身のお茶は、結構しっかり残ってる。
レイジが淹れて書斎に持ってった分ぽい。
仕事に夢中で飲み忘れたのかなぁ。
彼には、よくある事だった。
「ちゃんと、流しにおかないと!
しょーがないなぁ……。」
カップは、ずしりと重い。
溢れんばかりの中身は、よく見ればいつもと少し違う色。
手で掬ってみると、嗅ぎ慣れない香り。
これは多分、棚のいちばん奥にあった茶葉。
彼曰く、凄く高くていちばん良いやつ。
……香りが最高って言ってたっけ。
レイジ、これが好きなのかなぁ。
なんか華やかだし、違いがあるのは分かる。
でも好きか、って言われると分からない。
他にわかる特徴も、冷えてるのによく香るなって事くらいで……。
ふんわりと漂う、お茶の香り。
くるくると手を入れ円を描けば、そこから香りが溢れ出てくる。
ん……。結構、いいかも。
鼻腔をくすぐる、安らぐような優しい匂い。
ぱしゃぱしゃと触れて遊んで、思いに浸る。
これがレイジの好きな、……香り。
……ここってさ。
あたしの水浴び場でもあるんだよねー。
「しょーがないよねぇ。」
呟きながら、ぱぱっと準備する。
……忘れるのが悪いんだよ?
こんな所に置いてるから、水浴びしようと思った妖精がね。
さらっと服を解除し、髪を上にまとめる。
ついうっかり。
そう、これで良いかなとか思っちゃうよね。
だからね。これは不可抗力なんだから。
言い訳の連打を、まるで飛び込み台を作るみたいに積み上げて……。
ーーそして。
ざっぱん、と飛沫をあげて。
一息に、カップの中へ翔び込んだ。
「ふぅ……。」
視線を上に向けて大きく息を吸い込む。
なぜだか、包まれたような満足感。
……褒めれるところなんて全然無いのに。
カップの中にぺたんこに座れば。
髪も楽しそうに、ゆらゆら揺れて広がってく。
身体を浸した水の、澄んだ茶色を眺め。
そして両掌で掬い取った。
……レイジは、口をつけたのかな?
手のひらの中で揺れる、澄んだ液体。
汚れてなんて見えないけど。
眺めて、そして傾けて。
悩んだ末、やっぱりカップに戻してあげる。
気にするんだったら。こっちもだよね。
カップの縁の外側は、硬く滑らかな感触。
そこに触れて、なぞって……。
『かも知れない』の感覚を、そっと口元に。
触れた先にふわりと香りが、そして指の宿した潤いが広がった。
唇に留めた香り。
それは温かく、頬まで少し染めていく。
身体と心に滲みていく香り。
それを胸いっぱいに吸い込んで……。
◆◇◆◇
「スフレ、ここに置いてた紅茶はどうした?」
水汲みから帰ったあたしは、レイジに声をかけられた。
「そんなの、捨てちゃったよー!」
両手を後ろに。なんでもないフリを装う。
事実、中身は捨てたし。
カップはいまから洗おうとしてたところ。
「そっか……。いや、僕が悪いんだけどな。」
彼を見ながら、あたしはすこし離れた位置の、風下側の空中に。
「……あれってさ、好きだった?香りとか。」
「あぁ。良いよな、あれ。」
聞いてみたら、自然な笑顔で答えてくれた。
「……そうだね。」
同意して、微笑み返して。
そして僅かに距離を詰める。
「ねぇ、レイジ。あのカップってさ……。
--ううん、やっぱり何でもない。」
言葉にしかけて。やっぱりやめる。
見つめ返して、別の話題にすり替える。
「味わえなくて、残念だったねって。
……あ。」
レイジの口が開く、その気配に先んじて。
宙を翔び急ぎ、開くのを押さえた。
うっかりのびっくりの、咄嗟の行動。
手のひらに触れるは、柔らかい感触。
そしてふわり広がって、彼の鼻を擽るあたしの髪。
しまった、って。
口元にさっきの手を当てて……。
そこにも感じる、まったく同じ柔らかさ。
思わぬ自爆に、そして見開いてく瞳に、顔が紅くなっていく。
「わー!わー!ダメ!やっぱなし!
なんにも言っちゃダメなんだからー!!」
耳を塞いで、翔び回って喚き散らし。
そして矢のようにキッチンを翔び去る。
きっと誰も口にはしなかった、ふんわり優しい紅茶の香り。
その残滓だけを、いっぱいに振り撒いて。
◆◇◆◇◆◇◆◇
騒がしい、いつもの朝に笑みが溢れる。
最近、何でも無い日常が、日々の繰り返しが華やかになった。
はてさて、今日は何をやらかしたのやら。
原因は飛び去り、残ったのは痕跡だけ。
……が。
一瞬見せて逃げていった、はっとした表情。
唇の感触を確かめた瞬間の仕草が、脳裏に鮮烈に焼きついている。
僕の彼女は、小さくて可愛い妖精の少女は。
体躯は変わらないのに、存在感だけは日々成長していくものらしい。
「研究三昧だった日々が懐かしい、……か。」
口にはしたが、思ったよりもしっくりこない。
今日もまた、彼女が仕事を妨げることは確実。
……だが今は、僕もそれを待っている。
戸棚の奥から、とっておきの茶葉を取り出す。
ふわっと香った匂いを確かめて。
今日の書斎を共にする紅茶を決める。
汲んでくれた水を沸かし、茶葉を蒸らして、キッチンを彼女色に染めれば……。
楽しい一日の、今日の始まりを強く感じる。
紅茶を注いだカップを持ち上げる。
揺らして立ち昇る手の中の香りに、その向こうに感じる愛おしいものに、思いを馳せて……。
ふっと目を細めた。
読んでくださってありがとうございます。
スフレとレイジのちいさな日常は、ひとまずこのあたりまで。
またふたりの毎日を覗きたくなったら、続きも書いていけたらと思っています。
※本作はpixivにも掲載しています。(一部加筆・調整あり)




