03. 瓶のフタが開かなくて、人化しても開かなかったはなし
毎回一話完結の掌編シリーズ。妖精スフレと魔法使いレイジの、少し甘い日常のひとコマです。
※挿絵は、AIイラストです。(使用ツール:ChatGPT Image Generation)
(挿絵: ジャム瓶の前で、おあずけのスフレ(使用ツール:ChatGPT Image Generation))
◆◇◆◇
新しい瓶詰め。それは夢がいっぱい詰まってる。
……なんだけど。
あたしは、その前で立ち尽くしていた。
目の前の瓶には、甘く煮た果実がいっぱい。
そう。これは、ジャムの瓶。
朝に、昼に、おやつに。
何にでも使ってたベリーのジャムの瓶。
その中身は少しずつ減ってって……。
昨日、ようやく空になった。
あの瓶は、レイジの家に元からあったやつ。
しっかりばっちり美味しかったのだけれど。
でも今、あたしの興味は、全力で、目の前の真新しいジャムの瓶に注がれてる。
瓶に貼ってあるのは、まあるい赤い実のついた緑の木の絵。
ふふ、ご明察。
新しい瓶は、りんごのジャム。
蜜紡実のジャムと、どっちを買うか、お店で迷いに迷って……。
最終的には、絵で決めた。
果実が緑で六角形模様の蜜紡実よりも、まあるくて赤いりんごの方が可愛いんだよね。
レイジはまだ起きてない。
今日は彼が遅いんじゃなくて、あたしが早いだけ。
……だって。
ジャム、こっそりひと口味見したかったんだもん。
なので、寝てた彼は起こさなかった。
……それなのに!
さっそく、開けてみようって棚から出してきたら、蓋は思ったよりも強固だった。
瓶の開け方なんて、もちろん知ってる。
ひねって、くるくる。それだけ。
なのに!なぜか!回らない!
もちろん新品なんて初めてだけど。
どう見たって、仕組みはベリーの瓶と同じ。
だったら開け方なんて、一緒のはずでしょー!?
レイジが、開けるの手伝うよ、なんて言ってくれたのを思い出したけど……。
ぶんぶんと頭を振って、彼の申し出を振り払う。
……だって、味見できなくなるからね。
ぐぐぐ、って瓶を引っ張る。
「ふんぬぬぬ……」
力いっぱい蓋に力を込めて――
…‥…………なんでなの!?
瓶に足をつき、手と翅で力いっぱい引っ張ったのに。
全力をもってしても蓋は1ミリも動かない。
ぜいぜいと肩で息を吐いて……。
ふと思いついて、気を取り直す。
……まぁ、ヒト用の瓶だし。
このまま開けられたら、大きさ的にいっぱい味わえたんだけど。
開かないならさ。……仕方ないよね。
もちろん、諦めたりしない。
あたしには、魔法っていう必殺技がある。
瓶を床に置いて、すぐ近くで魔法の準備。
魔法的には結構複雑なんだけど、最近ちょこちょこ使うせいでだいぶ慣れてきた。
ぱぱっと集中して、魔法として紡ぎ上げる。
ふわふわ漂う月光のように柔らかい陽の光。
目も眩む一瞬が過ぎれば……。
あたしの頭身は、ひとまわりでは済まない程に巨大化していた。
…‥とは言っても妖精比で。
別に屋根を突き破ったりはしない。
その大きさは、せいぜいヒトの少女に少し満たないくらい。
これは人化魔法。あたしのオリジナルの術。
身体を回し、指先と足先を見て、かかり具合をなんとなく確かめる。
……多分、細かな調整は不要かな。
姿見がないから、詳しくはわからないけど。
翅の無い大きな身体だと、地面についちゃう程の髪はみっともないしすごく邪魔。
でも、今回は出歩かないから纏めない。
誰に見せるわけでもないし!
……さて、と。
瓶を持ち上げて、手のひらで蓋を掴む。
むむ……、やっぱり固い……。
「ふぬぁぁ……。」
力いっぱい。
半ばのけぞりながら蓋を捻り切らんばかりの気迫で挑む。
う、動かないんだけど……!?
信じられないことに。
人間用の瓶なのに、ヒトになっても開けられなかった。
――え?なんで?そんな事ってある?
痛くなる程に力を込めても無理だったから。
改めて瓶を手に、くるくる回して確認する。
どこかに仕掛けは……、なし。
えーっ!あたしが非力すぎるってこと!?
左手、右手、はたまた両手で試して……。
全敗。ぴくりともしない。
――ならば口でっ……。
歯で蓋を咥えてぎりぎりと捻ろうと試みる。
「むむむ、んん……」
………………。
……だめ。
かぽっと口を離し、肩でぜいぜい息をつく。
一息ついてから、あらためて頭を抱えた。
「嘘でしょー!?」
まさに文字通り、まるで歯が立たない。
妖精に戻って魔法を使う、なんてのは無理。
一度ヒトの姿になったら魔法は使えないから、人化魔法が切れる数時間後までこのまま。
つまり、瓶の蓋も満足に開けられないような脆弱な姿でいなきゃいけないという事で。
あああ……、つまみ食い出来ないー!
「うう……」
使えるものを探してあたりを見回す。
開けたままの戸棚、昨日の残りのパン、洗って乾かした皿……。
目ぼしいものは……、なんにもなし!
他に使えそうなものは、と思い足元を見る。
翅の代わりに伸びた足くらいしか……。
いや、足!そうだ、それかも。
ヒトが歩くなかで鍛えられる強靭な足。
瓶の蓋を開けれる秘密はそれかもしれない。
歩かない妖精のあたしでも、手より足の方が力が強いのは自明の理。
どかっと胡座で座り、両足の間に瓶を置く。
これで回せば……。
「ふぬぬ……」
……手じゃ、力不足?
だったら、このまま口でっ。
「んっ、ん、……んんんっ」
ガリって歯をたてて、文字通り喰らいつく。
「…‥ん、んん、……っあっ!」
唾液で滑って、危うく舌を噛みそうになる。
あぶないあぶない。
再び手で蓋を掴んで、身体側に寄せる。
太腿というか、ほぼ股で挟んだまま……。
「ふんん……」
前屈みになりつつ口を半開きにしながら、懸命に力を込めて……。
「ふ……、っん、ん、んんっ………」
……あと、もうちょっと、かも………。
気のせいかもしれないけど、もう少しで回るような気がして呻いていたら。
「――スフレ何して……」
いきなり後ろから声がした。
身体を捻りながら振り返ると、いつの間にかレイジが立っていた。
けれど……、動かない?
彼は不自然に口を開けたまま、何故かぴたっと動きを止めていた。
訳がわからず首を傾げたら、その拍子に蓋に添えてた手がずるっと滑った。
「ぅあんっ……!」
「……あ、いや、悪かった。
もう少し寝るわ。」
気まずそうにあたしから視線を逸らす。
……??
不思議に見ていたら彼が踵を返す途中で、手に持った銀製のカップに一瞬あたしが映った。
ぺたんこ座りで両手を股のあたりに置いて、裸で、顔が赤くて息も荒い少女の姿。
肝心の瓶は髪に埋もれて髪で見えないし。
さっきまで声まで上げてたから。
まるで、その……。
気づいて顔が沸騰したみたいに、ぼんっと熱くなる。
「あ、え、……その、ちっ、……ちがーう!
ちがうんだからー!!」
焦って立って、自分の髪を踏んで、ばたんと転ぶあたし。
逃げる彼をゆっくりとしか追いかけられず、ますます焦って、髪で滑ってひっくり返る。
朝から始まった追いかけっこ。そして……。
◆◇◆◇
瓶は結局、レイジにおまかせ。
そしたらジャムはまた明日って。
お預けされちゃった。
だから、あたしは……。
開かない瓶を見ながら、小さな空のスプーンをひと舐め。
予定とは、全然違う朝になっちゃった……。
でも。彼に貰えなかった甘いひと口。
その雰囲気だけは、胸いっぱいに味わった。




