02. 甘い実を雛鳥と取り合ったら、全身蜜まみれになったはなし
毎回一話完結の掌編シリーズ。妖精スフレと魔法使いレイジの、少し甘い日常のひとコマです。
※挿絵は、AIイラストです。(使用ツール:ChatGPT Image Generation)
(挿絵: 森で採集中のスフレ(使用ツール:ChatGPT Image Generation))
◆◇◆◇
「ああ、蜜紡実がー!」
転がった実に、同時に飛びつくあたしとソイツ。
実の両端を引っ張り合う形でどちらも譲らない。
睨むあたしを、挑発するかのように丸い目をくりくりさせて可愛さアピールなんてしてくるソイツは……。
鳥の雛。
短い羽毛に小さな体躯、そして間抜けな声。
危険を感じる外観なんて、ひとつたりとも無くたって。
……その雛は、あたしにとって明確な脅威。
そう。――みんな、こいつのせい。
ぎりっ、と奥歯を噛み締める。
この、食欲だけが先に巣立ったような雛鳥は、突如空から降ってきた。
その引き金を引いたのは、あろうことかあたし自身。
――つい先ほど。うっかり油断したせいで、招いてしまった事故だった。
◆◇◆◇
ふんふん……
あたしは鼻歌を歌いながら森を翔んでいた。
両手には、風呂敷がわりのハンカチをぶら下げてる。
なにをしてるか、って?
食べられるものの収穫。
森の中には、結構果物は自生していて、根気と眼の良さがあれば見つけるのは難しくない。
レイジと一緒に住んでるあたしには、そういうの見つけるのは必須じゃないんだけど。
日課の朝の森の散歩兼パトロールついでに、あわよくばって感じでいつも探していた。
狙うのは、だいたいベリー系。次点で野いちご。大穴で、でっかいフルーツ系。
うん。ぜーんぶ色がついてて、わっかりやすいやつ。
キノコとか、野草とか、知識がいる奴は狙わない。
……ええ、絶対に!
しってる?毒抜き魔法って弱かったら毒抜けないし、強すぎたら味ごと抜けるんだよ?
めんどがって、食糧にいっせいがけするとか厳禁なんだから!
今日は、なんかいつになくベリーが大量。
そして最大の獲物は……。
ハンカチからはみ出した、六角形模様のついた琥珀色の細長い果実。
これは、蜜紡実。
花の蜜みたいな味のする果実。
多少癖はあるけど、砂糖がわりにも使えるあまーいやつ。
まだ皮が割れてないから、完熟一歩手前。
しかも、齧り跡や黒ずみがほぼ無い上物。
これ、色が緑だから見つけづらいんだよね。
完熟すれば匂いでわかるけど、味ゆえに競争相手も多いからねー。
味を思い出して、じゅるり、と涎が……。
なんて。テンションが上がって注意がおろそかになってたみたい。
避けたはずの枝についてた葉に足を引っ掛けてしまい、ほぼ全力で飛んでたものだから、もろにバランスを崩して空中でクルクル回転し……。
結構な勢いのまま、木の幹にぶち当たる。
レイジに貰ったリボンの風の守りで、あたし自身は無事だったけど。
ぶつかった木の側はかなり大きく揺れた。
ぴぃいー
そして鳴き声と、何かが草むらに落ちる音。
幹から離れて、見に行ってみると……。
それは、啄み鳥の雛。
草のおかげか、地面に落ちたのに元気だった。
上の枝には、当然と言えば当然の、鳥の巣。
多分、あたしがぶつかった衝撃で巣から落ちたんだろう。
啄み鳥……。
好奇心旺盛な、嘴の長いでかい鳥で、構われるととにかくしつっこいので、どっちかというと害獣寄り。
けど、まぁ……、雛かぁ。
落ちた幼鳥は、トレードマークの嘴で草を引き抜き、地面を掘り始めた。
羽を使う様子は一切ないから、多分まだ飛べないんだろう。
成鳥になればでかいとは言え、まだ雛。
あたし自身を含め、それより大きな動物なんていくらでもいる。
だから地面にいるのは、もちろん危険。
野生だし、無視して帰ってもいいんだけど。
……さすがに、ちょっと寝覚が悪いよね。
抱えて巣に戻そうと思って、近づくと……。
ぱくっ!
嘴で挟まれた。
……って、えええー!?
少し距離があったはずなのに。
躊躇ない全力ダッシュからの跳躍挟み込み。
そしてしっかり腰を捕まえられて、抱えた荷物ごとぶんぶんと振り回される。
視界がぐるぐるまわって、ぐわんぐわん頭が揺れた。
あんまり激しいもんだから、荷物が手からすっぽ抜けて飛んでいく。
--こっのっ!
強引に翅を動かし、雛ごと強引に空中に上がる。
このまま巣まで運んでやろうと思ったら、なんとあっさり嘴を離した。
なんでー!?
落下してく雛、それは地上に--、
……しっかりと両足の裏を激突させて、着地した。
ぴぃー、という悲鳴というか、雄叫びつき。
そして、そのその足元には……
「あー!!?」
ぱくぱくと、啄まれるあたしのベリー。
うー!おやつがぁー!
慌てて袋をひったくると、コロンコロンと、緑の実が転がった。
「ああ、蜜紡実がー!」
◆◇◆◇
そして……。
短い回想を経て、改めて雛鳥を睨む。
……そう、ベリーをみんなやられた。
だからこの、蜜紡実だけは、渡さないー!
こんの……!
翅に力を入れて、思いっきり宙に引っ張る。
が、咥えた実ごと持ち上がってぶら下がる雛。
「離しなさいよー!」
今度はあたしが、ぶんぶんと雛を振り回す。
左右にぶんすか振られ、雛はぎゃわぎゃわ言いながら羽をバタバタさせて……。
…………。
派手なリアクションの割に、ぜんっぜん離れない……!
振り回すと悲鳴っぽい鳴き声は上げるものの、嘴はしっかりと実を挟んだまま。
むしろこれ、喜んでない……?
何とか振り落としてやろうと、さらに力任せに果実を持ち上げ……。
めきゅっ
雛の重みと振り回した力に負けて、蜜紡実の硬い殻が割れた。
中の蜜が溢れて、実の下側にいる大口を開けた雛の嘴の中に流れていく。
あぁぁ……!
思わず、雛に取られたくない一心で、実から垂れる蜜を逆側に。自分の方に傾けてしまい……。
結果、口で受け止めるどころか、とろりとした蜜を頭から被った。
うー、べっとべと。
甘い匂いも、身体にまとわりつく。
そして雛は、嘴を外すどころかまさに味をしめて、実をぎりぎり挟み込む。
ポタポタと垂れて、雛の口に入ってく蜜。
もー!せっかくの実が台無し!
手遅れなんだけど、腹立ち紛れに振り落としてやろうかと思ってたら……。
ふと、あたし達を見つめる気配に気づいた。
四足歩行の、ふさふさの尻尾の茶色い獣。
サイズはあたしの4倍くらい。
名前は、土潜り。アナグマの一種。
魔獣じゃなくて、森の雑食性の代表格。
だいたいどこにでもいる動物だった。
木には登らないけど、地面に生えるものと落ちたものは、だいたいこいつに食われる。
そう言えば、巣から落ちた雛とかは、こいつらの格好の餌食だった。
雛があたしに引っ張られ上下に揺れるたびに、そいつの首もガクガク揺れる。
明らかに獲物を狙う目。
そしてそいつは、あたしにも顔を向けた。
ふすふすと鼻が動いて、目が閉じる。
考えているのかもしれない。
……って思った矢先、その剥き出しになった歯から涎っぽいものがダラッと垂れた。
やっば--!
雄叫び。
そして爪で地面を掻き、弾かれたように加速。
再び開いた目に宿るのは、剥き出しになった欲望の光。
美味しいお肉が、美味しい液に浸かって目の前にぶら下がってる。
絶対に見えてる光景はそれ。
跳躍の気配を感じ、慌てて一息に急上昇。
本当にぎりぎり、あたしの翅と雛の頭を爪が掠っていく。
雛のことを気遣ってる暇はなかったけど。
心配する必要もなく彼の食欲は彼を救ったみたい。
急上昇したことで、そっち側になだれ込んだ蜜をうまうまとしゃぶっていた。
……図太い。これが野生の逞しさ?
そんな危機感のない雛のはるか下では、獣がガウガウ喚いてる。
……危機一髪、のはずなんだけどなぁ。
吸い付いたままの雛を、実ごと巣に降ろす。
そしたら、彼はあげないよとばかりに、後ろを向いて巣の中に潜り込んだ。
……もういいや。
張り合うのバカみたいだし。
彼の命を救った意地汚さに敬意を表し、手を振って別れる。
喧しく喚いてた土潜りを陽光の矢で追い払い、ハンカチだけは回収。
中身は完全に空。
ベリーも無ければ蜜紡実も無い。
味わってもない蜜と甘い匂いが、全身べっとりついただけ。
……あーあ、ほんとに今日はついてない。
ため息をついて、蜜が絡んで固まり始めた髪に手で触れる。
小川で水浴びするしかないか……。
思って森の奥に進路を取りかけたけど、やっぱりやめる。
……レイジに慰めて貰おっかなー。
頼めばきっと、お湯で身体拭いてくれるし、髪も漉いてくれる。
もうひとりじゃないんだし。
その利点は活かさないとだよねー。
果実は取られてしまい、残ったのは口端に乗せるためのタネばかり。
横取りを気にする必要すらないそれだけを抱え、脇目も振らずに家路を急ぐ。
--全く、ほんっとに。仕方がないよねー。
タネの咲かせるその味は、ひとりでは想像するしか無いんだけど。
ふたりで口にすれば、きっと楽しくて甘い、そんな予感。
ひと足先に、ふふって笑みが溢れる。
……ええ、もう、なんとでも言って。
だってね。妄想、止まらないんだもん。
翔びながら揺れて甘い香りを散らし、そしてベタつく身体に意識を向ければ……。
ぽわぽわと、奥のほうからじわっと広がっていく甘い感触。
あたしはまた、上機嫌に戻って。
朝の爽やかな光に包まれた森を、甘ったるい匂いをさせたまま、翔び抜けていった。




