01. オーブンでパンを焼いたら、中でバトルロイヤルが始まったはなし
毎回一話完結の掌編シリーズ。妖精スフレと魔法使いレイジの、少し甘い日常のひとコマです。
※挿絵は、AIイラストです。(使用ツール:ChatGPT Image Generation)
(挿絵: オーブンを覗くスフレ。平和なひととき。(使用ツール:ChatGPT Image Generation))
◆◇◆◇
「なんでぇーー!?」
あたしは髪を頭ごと抱えて、絶叫した。
覗き窓の向こうでパン達が――戦ってる。
何をどう間違ったのか。オーブンの中で始まったのは、パンゴーレム同士のバトルロイヤルだった。
みんなで斬り合い、突きあい、潰し合い。
敗れて動けなくなるごとに、発火し炭になっていく。
オーブンの中は酷い惨状、いや戦場になってる。
あたしはただ、朝ごはんを作りたかっただけなのに!
――こんなことになったのは、なぜなのか?
あたしは頭を抱えつつ、思い返して考える。
◆◇◆◇
朝。レイジの起きる時間の少し前。
あたしは、既にキッチンにいた。
ここに居るのは、つまみ食いでもお腹が空いた催促でも無い用事。いや、おしごと。
――だって、今朝は。あたしがご飯の準備!
昨日、珍しくやる気になってレイジに提案し。
朝ごはんの主役たる準備、パンを焼くという大役をあずかった。
……いいでしょ?第一歩は小さくからなんだから!
パンは、小ぶりで抱えやすいやつ。
レイジが昨日寝る前にいくつか準備してくれてた。
「だからもうあとは。焼くだけだねー!」
いつもレイジがやってるように、マッチで薪に火をつける。
火魔法が使えればもっと早いんだけど。
彼もあたしも、そっちの適性はからっきし。
……こんなものかな。
火がついたのを確認して、宙に翔び上がる。
さて、と。
フライパン、どこにしまってるんだっけ……?
くるくるとキッチンを彷徨って……、
重いし下かなって思って、キッチンの下の引き出しとかを手当たり次第に開けてみるけど、影も形も全然ない!!
うー!
火はちゃんとついてるし、いい感じなのに……。
かといって、直火はもちろんダメだって、それはあたしでもわかる。
燃えるよね。当然ながら。
うーん、と頭を抱えながら、コンロの周りを一回りして……。
「ん……?」
目についたのは、コンロのちょうど下のもの。
横開きの鉄の扉の奥に広がる空間だった。
そーいえば、オーブンって言ってたっけ。
たしか、こっちでも肉とか魚とか焼いてた気がする。
中を覗けば、ちょうどいい感じに穴あきの鉄の載せ台があって、フライパンとか要らなそう。
見れば、共通の火でいける構造だし。
……こっちを使えばいいんじゃない?
熱が伝わってくる前に、急いでパンを中に並べる。
そして、蓋を――
「ふぬぬぬ……!」
お、重い……。
錆びついてるのか、もともとそういうものなのか知らないけど。
扉はなかなか動かない。
こうなったら……。
空中から助走をつけて、体当たり。
ばんっ、と音を立てて、漸く扉が閉まる。
「……あれ?」
ふと、鉄の扉の真ん中に、何か飛び出してるのに気づいた。
一瞬、壊したかと思って肝が冷えたけど。
近づいてみたら、小さな扉。
覗くと並べたパンがよく見える。
これは多分、オーブンの中を見るための覗き窓。
……なるほど。おっきな扉をいちいち開けなくてもいいんだー。
ヒトの道具も、よく出来てる。
この小さなのぞき窓ならあたしでも簡単に開け閉めできた。
「じゃ、あとは待つだけだねー。」
火の世話もする必要もないので、ふんふんと鼻歌を歌いながら空中を回る。
レイジ、早く起きてこないかなー。
パンの焼けるいい匂いが漂ってくる。
さて、そろそろいいんじゃ無い?
覗き窓から中を見る。
うんうん、なんかいい感じ。
さて、取り出そうと思って、扉に触れた。
――っ!?熱っつー!
指を押さえて、翔び離れる。
鉄の扉は、フライパンかと思うほどの熱。
……そっか。そういえば、レイジもこれを触るのに手袋をしてたような。
ふと壁を見たら、その時に使ってた分厚い手袋。
……と、ついでに、こんなとこにフライパンもあった。
上かぁ。壁に吊るす発想はなんてなかったし。
手袋は、とってみるとあたしがすっぽり入りそうな大きさ。
サイズ的に使うのは、かなり厳しいってわかる。
布が厚すぎて、端っこを使うにしたって、ものをうまく掴めない。
でも一応、扉に触れるから開けれないかなって試して……
「…………あっつっ!……。」
無理。
そもそも、閉める時に苦労してる扉だから、開ける方でもびくともしない。
取っ手をなんとか引こうとして、鉄の扉に翅や足を触れかけた。
ああ、こんなに手間取ってたら……。
覗き窓から見たら、やっぱり!
パンは端からチリチリと茶色になり始めてた。
「ああああ……」
覗き窓から飛び込むとかは絶対無理。
さっき届かないかなって手を伸ばして、熱さに引っ込めたところ。
中に入ったりしたら、パンを出す前に妖精の姿焼きが出来上がる。
せめて尖った槍みたいな棒とかがあれば……。
見回すけれど、そんな都合の良いものなんてあるはずも無く。
今から火を消したところで、熱は消えないから間に合わない。
ダメになるパンを見てるだけなんて……!
……ああ。パンが自分で動いてくれたら……。
――ああ、そっか。その手があったー!
急いで魔法を組み上げて、見えてるちょっと焦げてきたパンたちに発動させる。
自ら動けるようになる、即ちゴーレム化の魔法を。
……あれ?奥のパン、もう炭になってない!?
「命令は、えっと……、あぁ、燃えてる!?
ああ、もう、どうかひとつだけでも、最後まで生き残れぇー!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
――目覚めた。
我のいた場所は、閉ざされた鉄の部屋。
今の環境は、かつて無い程に過酷。
全身を包むのは、今にも発火しそうなほどの熱。
与えられた魔力で覆えども、焦げは瞬く間に硬い外皮のようになっていく。
周囲で動くのは、我と主を同じにする同胞が6つほどか。
……いや、ひとつは生まれず燃えて脱落していった。
与えられた主命を、反芻する。
今度の彼女の望みは、なかなかに手厳しいものだ。
だが……。ああ、遠くに見える主の。
金髪の妖精の縋るような眼差しを受け、己が鼓舞される。
周囲の同胞も、おそらく我と同じ気持ちであろう。
だが……。
……我は。硬く黒い拳を硬く握り込む。
その行為が。合図。
我々は自ら産んだ武器を手に、にじり寄り、間合いを取り合う。
そして我は自慢の拳を振り下ろし、隙を見せた同胞を、躊躇のひとつすら見せず屠ってみせた。
――さぁ、主命の達成を。
加減など許されぬ。我らの中で残るのは最強のみ。
それが我々に等しく与えられた、彼女の唯一の望みなのだから――!
◇◆◇◆◇◆◇◆
「なんでぇーー!?」
あたしは、やっぱり頭を抱えた。
思い返してみたものの、さっぱりわからない!
あああー!またひとつー!
朝ごはんが消えていく勿体無さに、昼までおあずけになるだろう切なさに、涙がちょちょぎれる。
硬く丸くなって火が消えるまで耐えろって命令すればよかったー、なんて思っても後の祭り。
一度下した命令は解除不可能。ゴーレム化も同様に即時解除なんて無理だった。
「……朝から騒がしいな。何してるんだスフレ……。」
そんな中、救い主は寝ぼけ眼で現れた。
あたしはその、黒髪黒目の頼れるヒトの魔法使いに全速力で飛びつく。
「レイジぃー!助けてぇー!
パンが。パンがね!潰しあってるのー!」
「……はぁ?」
◇◆◇◆
……苦い。
残念ながら、生き残らなかったパンを齧ってみて思う。
「無理だろ、それ。真っ黒だぞ。」
「そうだよねぇ……。」
勿体なさからやってみた行為だけど。
ちょっと食べれる味じゃなかった。
ただひとつ生還したパンを。作ったゴーレムを眺める。
あたしの作るゴーレムは、みんな石ころに手足のついたような、耳や口どころか顔のないやつ。
いまや片腕も無くなってるそいつは、どうしてかあたしが見つめてるのに気づいたらしく、敬礼するように腕を動かすとそのまま動かなくなった。
指で突いたら、こてんと倒れる。
どうやら、込めた魔力が尽きたみたい。
「じゃあ、食べるか。」
レイジがナイフと皿を持ってきた。
魔力が抜ければ、ただのパン。
もちろん普通に食べられる。
あーあ、たったひとつかぁ。
思って眺めて、ふと気づく。
「……レイジ。やっぱり最後のひとつはあげるね。」
「なんで?分けたらいいだろ?」
「わわ!?だめ、だめだから、切らずにそのまま食べてよー!」
ナイフで分けようとした彼を止める。
――だって。パンのその形。
片腕を球にしたゴーレムが、同じく丸い体で敬礼して作ったその形は……。
ハート形。
歪で少し焦げてるけれど。壊してしまうのは、なんとも勿体無い。
「ささ、食べて食べて……。」
レイジは、不思議そうにしたけど。
勧めるあたしに根負けして、ハートのパンをひと齧りする。
「美味しい……?」
「ん?まぁ、普通のパンだが……。」
色気のない返答を口にしたけれど。
じっと見つめるあたしを見て、咳払い。
「美味いよ。ありがとう。」
そして頭をちょっと撫でてくれた。
気持ちのお裾分けを貰って、あたしも笑顔になる。
頭を撫でる指に頬擦りをして、甘えて。
長い髪に隠れて、当たったふりで、唇でそっと指に触れる。
気づかれないうちに、すぐに引っ込めたけど。
炭になったパンの苦い味、その奥に甘さを感じて。人差し指で確かめる。
……そんな仕草を、気づけば彼に見られてたから。
バレたかなって思っちゃって、顔が赤くなってくる。
そんな赤い顔のままレイジの瞳を覗き込み、感情を伺おうとしたら。ふいと目を逸らされた。
咳払いが返って、ぽつりと言葉が返される。
「……でも、オーブンは冷えたらちゃんと掃除な。」
「ええ!?せっかく綺麗に終わったのにー!」
抗議の声は、優しく手のひらで掴まれて。
彼の指と触れ合いながら、あたしの朝の時間は温もりと一緒に過ぎていった。




