8. 会長の弱音を見た夜
恋愛相談任務をきっかけに、蒼と凛の関係には少しずつ変化が生まれていた。しかし凛は相変わらず強気で、弱さを見せることはない。学校では完璧な生徒会長として知られている彼女だが、その裏では多くの責任を一人で背負っていた。ある夜、蒼は偶然、誰も知らない凛の本当の姿を目撃することになる。
その日は生徒会の仕事が多かった。
文化祭の準備。
校内トラブルの報告。
掲示板の管理。
気づけば外はもう暗い。
僕は生徒会室で書類を整理していた。
時計を見る。
午後八時。
「遅くなりましたね」
僕が言うと、黒瀬は椅子の背にもたれた。
「忙しい時期だからね」
凛は机でパソコンを見ている。
相変わらず集中している。
黒瀬は立ち上がった。
「僕はそろそろ帰るよ」
「お疲れ様です」
僕が言う。
黒瀬はドアの前で振り向いた。
「蒼くん」
「はい?」
「会長、無理しがちだから」
小さく言う。
「見ててあげて」
僕は少し驚いた。
黒瀬は笑って帰っていった。
生徒会室に静けさが戻る。
僕は凛を見る。
まだ仕事している。
「会長」
「何」
「もう帰らないんですか?」
凛は画面を見たまま答える。
「まだ」
「でも遅いですよ」
「任務」
いつもの言葉だ。
それから三十分。
僕は書類を整理し終わった。
凛はまだ仕事している。
僕は少し心配になった。
「会長」
「何」
「休んだ方がいいですよ」
凛は手を止めた。
少しだけため息をつく。
「あなた」
「はい」
「いつからそんなこと言うようになったの」
「前からです」
凛は僕を見る。
そして小さく笑った。
珍しい。
でもその瞬間だった。
凛の表情が少しだけ崩れた。
ほんの一瞬。
疲れた顔。
僕は思わず言った。
「会長、疲れてますよね」
凛はすぐ目をそらした。
「……別に」
「でも」
凛は静かに言う。
「生徒会長だから」
その声は少しだけ弱かった。
僕は何も言えなくなる。
凛は机の上の書類を見る。
「この学校の問題は多い」
「責任は私」
「だから止まれない」
僕は初めて知った。
この人は――
ずっと一人で背負っていたんだ。
そのときだった。
凛の手が少し震えた。
僕は驚く。
「会長?」
凛はすぐ手を引っ込める。
「見るな」
「でも」
凛は少し黙った。
そして小さく言った。
「……たまに」
「え?」
「疲れるだけ」
それは弱音だった。
いつも強い凛の。
僕はゆっくり言った。
「じゃあ今日は終わりにしましょう」
凛は僕を見る。
「まだ仕事が」
「明日でもできます」
凛は少し黙った。
そして言った。
「……命令?」
僕は笑う。
「お願いです」
凛はしばらく考えた。
やがて立ち上がる。
「……帰る」
僕はほっとした。
二人で学校を出る。
夜の空気は涼しい。
しばらく無言で歩く。
そのとき凛が言った。
「雑用係」
「はい」
「今日のこと」
「はい」
「誰にも言うな」
僕はうなずく。
「言いません」
凛は少しだけ安心した顔をした。
そして小さく言う。
「……ありがとう」
その声は、いつもの会長の声じゃなかった。
第8話では凛の弱さが初めて描かれました。完璧に見える彼女も、一人で多くの責任を背負っています。そしてその姿を蒼が初めて理解する回でもあります。二人の距離は確実に近づき始めています。次回は文化祭が近づき、生徒会の任務も大きく動き始めます。




