3. 会長は僕だけに厳しい
秘密組織の生徒会で雑用係として働き始めた僕は、ついに初めての任務を任されることになった。図書室前で起きている財布盗難事件の囮役だ。もちろん僕は不安で仕方ない。しかし生徒会長・白崎凛は相変わらず厳しく、容赦なく命令を出してくる。それでも彼女は「私が監視している」と言った。その言葉の意味を、僕はまだ知らない。
僕が財布泥棒の囮になると決まった瞬間から、凛の態度はさらに厳しくなった。
「歩き方が不自然」
昼休みの廊下。
僕が図書室前を歩くと、イヤホンから凛の声が聞こえた。
「もっと普通に歩きなさい」
「普通って難しいですよ!」
僕は小声で反論する。
イヤホンの向こうで黒瀬が笑った。
「会長、蒼くん緊張してますよ」
「緊張はミスの原因」
凛の声は相変わらず冷たい。
「雑用係。深呼吸」
命令口調だ。
僕はため息をつきながら深呼吸する。
生徒会室の裏司令室では、凛たちが監視カメラを見ているらしい。
つまり今の僕は、完全に餌だ。
怖い。
普通に怖い。
僕は図書室の前のベンチに座り、カバンを横に置いた。
その中には財布。
わざと見える位置だ。
「いい位置ね」
凛の声。
「そのまま五分待機」
「了解……」
廊下には人の流れがある。
生徒たちが普通に歩いていく。
こんな中で泥棒なんて出るのか?
そう思った瞬間だった。
誰かが僕の横を通り過ぎる。
そして――
カバンが軽く動いた。
「え?」
僕が振り向くと、男子生徒がカバンに手を入れていた。
「うわっ!」
僕は立ち上がる。
その男子は慌てて走り出した。
「会長!今!」
僕が叫ぶ。
イヤホンから凛の声が飛んできた。
「追うな」
「え?」
「追うなと言った」
その直後だった。
廊下の曲がり角から、凛が現れた。
ものすごいスピードで。
まるで最初からそこにいたみたいに。
逃げる男子生徒は凛に気づき、止まろうとする。
しかし遅い。
凛は一歩踏み込み、男子の腕を掴んだ。
その動きは、ほとんど一瞬だった。
「終わり」
静かな声。
男子は完全に動きを止められていた。
周りの生徒がざわつく。
「な、なんだ?」
「生徒会?」
凛は冷静だった。
「校内盗難の現行犯」
男子は顔を青くする。
「ち、違う!」
「言い訳は後で」
凛は淡々と言った。
その姿は、いつものツンツンした会長というより、完全に別人だった。
圧倒的に冷静。
圧倒的に強い。
僕は思わず見とれてしまう。
黒瀬が近づいてきて男子を連れて行った。
「任務完了」
そう言って笑う。
廊下の騒ぎが落ち着いたころ、凛が僕の方を見た。
「雑用係」
「は、はい」
「怪我は?」
「ないです」
凛は一瞬だけ安心したような顔をした。
でもすぐに元に戻る。
「なら問題ない」
そして言った。
「あなた、さっき叫んだわね」
「え?」
「会長!今!って」
……確かに言った。
凛は眉をひそめる。
「作戦中に大声を出すなんて、信じられない」
「すみません!」
「次は減点」
「減点!?」
なんの点数だ。
僕は思わず抗議する。
「でも捕まりましたよね!」
凛は少しだけ言葉に詰まった。
「……結果は関係ない」
「ありますよ!」
「ない!」
言い合いになる。
その様子を黒瀬が楽しそうに見ていた。
「会長」
黒瀬が言う。
「蒼くん、頑張ってましたよ」
凛は腕を組む。
そして僕を見た。
数秒の沈黙。
やがて小さく言う。
「……まあ」
「はい?」
「最低限は合格」
すごく偉そうだ。
でも、なぜか嬉しかった。
そのときだった。
図書室から女子生徒が出てきた。
「あっ、生徒会長!」
彼女は嬉しそうに言う。
「さっきのすごかったです!」
「ありがとうございます!」
凛はすぐに柔らかい笑顔になった。
「怪我はありませんでしたか?」
「はい!」
さっきまでの厳しい顔とはまるで違う。
完璧な生徒会長だ。
女子生徒は嬉しそうに去っていった。
僕は呆然とする。
そして思わず言った。
「……なんか態度違くないですか?」
凛が振り向く。
「何が」
「他の人には優しいのに」
凛は少しだけ眉をひそめた。
「あなたには厳しい?」
「はい」
「当然」
即答だった。
「雑用係だから」
「それ理由になってないですよ」
凛は少し黙った。
そして視線をそらす。
「……あなたは」
「?」
小さく言う。
「危なっかしい」
「え?」
「だから見てないと不安」
僕は驚く。
凛はすぐに言い直した。
「つまり仕事が遅いという意味よ」
絶対違う。
でも僕が何か言う前に、凛は歩き出した。
「任務は終わり」
その背中を見ながら僕は思った。
この人は、やっぱりよく分からない。
でも――
少しだけ優しい。
第3話では蒼の初任務が描かれました。凛の戦闘能力やリーダーとしての強さが見えた回でもあります。そしてタイトル通り、凛が蒼にだけ厳しい理由がほんの少しだけ見えてきました。ツンデレの「ツン」の裏にある感情はまだ隠れたままです。次回は、生徒会メンバーの日常と新しい事件が動き出します。




