1. 口封じの雑用係
この学校の生徒会は、少しだけ普通じゃない。表の校則、裏の任務、そして誰にも言えない気持ち。ツンデレ会長に振り回される僕の、短いけれど忘れられない十二の記録。笑って、すれ違って、最後にちゃんと前を向く物語です。
僕が生徒会の秘密を知ったのは、放課後の生徒会室で、消し忘れの照明が点滅していたからだ。鍵のはずの扉が半開きで、誘われるように中へ入ると、机の下の床板がわずかに浮いていた。持ち上げた瞬間、冷たい空気が指先を舐め、隠し階段が口を開けた。
「覗き魔?」
背後から刺す声。振り向くと、白崎凛――完璧で近寄りがたいと噂の生徒会長が、腕を組んで立っていた。黒髪が光を跳ね返し、目だけが鋭い。
「違います、僕はただ……」
「ただ、床を剥がした?弁解の才能は最低ね」
彼女はため息ひとつで僕のスマホを取り上げ、画面を確認し、僕の顔を見た。
「見た以上、口封じが必要。今日からあなた、生徒会の雑用係」
「え?」
「拒否権はないわ。校則第零条、黙秘違反は退学」
そんな条文、聞いたことがない。抗議する前に副会長の黒瀬が現れ、にやにや笑った。
「歓迎するよ、夏目蒼。うちの生徒会は“学校の困りごと”を片付ける組織でね」
凛が言い切る。
「あなたは見た。だから働け。以上」
こうして僕は、普通の放課後を失った。
任務は意外と地味だった。紛失物の回収、校内の掲示物の改竄チェック、テスト答案の流出元の特定。なのに凛は逐一厳しい。
「遅い。走れ」
「報告が雑。やり直し」
「その手袋、左が逆」
刺々しい言葉に腹が立つ。けれど、任務が終わって誰もいない廊下で、凛が僕の袖のほつれを黙って直してくれたのを見てしまった。
「……ありがとうございます」
「は?今のは任務上の必要。勘違いしないで」
顔は冷たいのに、指先はやけに丁寧だった。
ある日、校内で怪談が流行った。夜の旧校舎で、人影がスマホを奪うという。凛は即断した。
「偽物なら処分。本物なら……もっと面倒」
「本物って、幽霊ですか」
「幽霊よりタチが悪いのが人間よ」
旧校舎の廊下は湿って暗い。足音が響くたび、心臓が跳ねた。僕が怯むと凛は小さく舌打ちして前に出る。
「私の後ろにいなさい。邪魔はするな」
「命令が多いんですけど」
「黙れ」
その夜、人影の正体は他校の不良だった。校内に侵入し、購買の売上金の情報を盗もうとしていたらしい。凛は躊躇なく懐中電灯を投げ、視界を奪い、剣道の踏み込みのように間合いを詰めた。
「ここは私の学校。勝手に汚すな」
背筋が凍るほど格好よかった。なのに事後、僕が「助かりました」と言うと、凛は頬を赤くして怒鳴った。
「助かったのは私の方よ!あなたが捕まってたら面倒でしょ!」
面倒のわりに、声が震えていた。
だんだん僕は、凛が僕のことを必要以上に監視していると気づいた。僕が他の女子と話せば、遠くから視線が刺さる。放課後、図書室の前で同級生に呼び止められただけで、凛は突然現れ、腕時計を見せつける。
「雑用係。任務の時間」
「今、任務じゃないですよね」
「今から任務にする」
横から黒瀬が楽しそうに囁く。
「会長、嫉妬は校則違反だよ」
「違う!」
凛は即答し、僕の手首を引いた。痛いほど強いのに、離す瞬間だけ優しい。
転機は文化祭が近づいたころ。生徒会は表の準備の裏で、トラブルの芽を摘む極秘任務に追われた。僕は資料室で段ボールを運びながら、うっかり凛の机の引き出しを開けてしまう。中には、古いお守りと、折り目だらけのメモ。
『中学の雨の日、傘を貸してくれた人へ。忘れてもいい。私は忘れない』
心臓が止まる。僕は思い出せない。でも、メモの筆跡は凛のものだ。
「何してるの」
背後の声に、僕は引き出しを閉めた。
「会長、これ――」
「見たの?」
凛の目が揺れる。いつもの冷たさが剥がれて、代わりに怯えが覗いた。僕が頷くと、凛は一歩後退し、強がるように笑った。
「……最低。やっぱりあなた、信用できない」
「違います。僕は――」
「言い訳はいらない」
その日から凛は僕を避けた。命令は黒瀬経由になり、会長の視線も届かない。胸の奥が空洞になった。僕は僕で、彼女が黒瀬と親しげに話す姿を見るたび、勝手に苦しくなる。
――僕は、白崎凛が好きなのか。
認めた瞬間、遅れを取った気がした。
文化祭当日。校内は人で溢れ、騒音の中で僕だけが落ち着かない。黒瀬に呼ばれ、生徒会室へ行くと凛がいた。いつもより制服がきっちりして、髪も整っている。
「雑用係」
久しぶりに向けられた呼び名。凛は僕を見ずに言った。
「今夜、最終任務。あなたにしかできない」
「僕に?」
「……あなた、鈍いから」
黒瀬が肩をすくめる。
「会長の作戦だ。君に“決定的に”自覚させる」
「何の話ですか」
凛は顔を赤くして叫んだ。
「黙れ!とにかく、私と――偽装で付き合いなさい!」
「は?」
「文化祭の夜、校外の連中が入ってくる。生徒会長が狙われる可能性がある。恋人がいると警戒が緩む。だから……必要なの!」
必要、という言葉のくせに、凛の指先は震えていた。
夜。後夜祭の照明が揺れ、校舎の影が濃くなる。僕と凛は校舎裏の通路を歩いた。凛は平静を装って腕を組む。
「離れないで。……任務上」
「はい、任務上」
その瞬間、暗がりから誰かが近づいた。携帯を構え、凛を撮ろうとする。盗撮だ。僕が動くより早く凛が踏み込み、相手の手首をひねり上げた。
「二度と来るな」
声は氷みたいなのに、僕の背中に回ったもう片方の手が、確かに僕を庇っていた。
「会長、危ない」
「あなたが危ないのよ」
凛は小さく息を吐き、僕を見た。
「……あのメモ、忘れていいって書いたけど、本当は忘れてほしくなかった」
胸が痛い。僕は言った。
「思い出せない。でも、今の僕は……会長がいないと困ります」
凛の眉が吊り上がる。
「そんなの、今さら言うな。バカ」
「バカでいい。僕は会長が好きです」
言い切った瞬間、凛の強がりが崩れた。頬が真っ赤で、目に涙が滲む。
「……遅い」
「ごめん」
凛は僕の胸を拳で叩いた。弱い力。
「あなたが鈍いから、作戦まで使ったのよ。黒瀬と仲良く見せたのも、全部」
屋上への扉が開き、黒瀬が顔を出す。
「作戦成功。会長、顔がデレてる」
「殺す!」
凛が叫ぶのに、僕は笑ってしまった。凛は「笑うな!」と怒鳴りながら、でも僕の手を握った。
「……任務解除は、まだ」
「え?」
凛は俯いて、小さな声で言う。
「……好き。だから、離れるな」
その言葉だけで、長いすれ違いがほどけていく気がした。
校庭から上がる歓声が遠い。僕は握り返す。
「了解。生徒会長」
「呼び方が腹立つ。……凛って呼べ」
「凛」
彼女は悔しそうに笑い、最後の強がりを投げた。
「勘違いしないで。あなたを選んだのは……私が一番、賢いから」
そして、真っ赤なまま僕の肩に額を預けた。秘密組織の夜は、秘密じゃなくなっていった。
ツンデレの魅力は「刺々しさ」ではなく、その奥にある不器用な誠実さだと思います。厳しい言葉の裏側で守ろうとする手、拗ねた沈黙の中の願い。凛の強がりが少しずつほどける瞬間を、あなたが楽しんでくれていたら嬉しいです。




