世界で一番嫌いな夕焼け
昔から曖昧なことが嫌いだった。夕焼けもその一つ。
朝でも夜でもないあの時間。しかしあの時間だからこその出会いなのかもしれない。
『ねぇ、生き物って死んだら意識はどこへ行くんだろう』
『実際、天国なんて信じてるの人間だけだし』
『私は、死んだ後の意識はこの世に残り続けると信じたいな』
そんなLINEを、蒼和に送ってみた。すると
『どうなんだろう。でも、実際、天国なんて人間の作り話に過ぎないよな』
いつも何も考えてなさそうなのに、ちゃんと考えているような返答に少し戸惑った。
「死にたい」そう思うようになったのはいつからだろう。
口には出さなかった。誰にも言わなかった。だけど心の奥で、いつからかそう思うようになった。
その思いはやがて、願いとなった。そして、願いはいつか叶うと信じて今日まで生きてきた。
今日、人生を終わらせるのだ。
「なぜ今日なのか」そう聞かれたら、迷わず答えられる。
『もう、頑張る理由がなくなったから』と。
好きだったものも否定され壊された。好きな人も、離れていった。そして、盗掘や開拓などで私の名前と同じ「桔梗」という花が、昨日絶滅したと報道されたからだ。
人間の思考なんて、簡単だ。自分が好きなものや頑張る理由がなくなれば、当然死んでいいと錯覚するようになる。
それを分かっていながら、錯覚だと気づきながら、ビルの非常階段を登っていく。その時ふと思い出し、昨日から止まっていた蒼和とのLINEを返す。
『たとえ作り話でも、信じる人がいればそれはもう本当の話なのかもしれない』
『でも、本当か分からないから今から確かめてくる』
『また、来世でね』
そう送り終えると、スマートフォンの電源を切り、ひたすら登り続けてきた非常階段から放り投げる。「カンカンカン」と金属同士がぶつかるような音が何回かした後、静かになる。それを見届けたあとまた、階段を登る。
どれくらい登ったのだろう。15時頃に家を出たはずなのに屋上へ着いた頃には、あたり一面が夕焼けに染まっていた。
私は、夕焼けが苦手だった。夜でも昼でもないその曖昧さがどうにも落ち着かない。そんなことを考えながら、私が生きてきた人生をもう一度頭の中で、なぞっていく。
すると頭の中に誰かの言葉が波紋のように広がっていった。「夕焼けが、綺麗だ」なぜその言葉なのか、私は夕焼けが苦手なのに。何度も、何度も頭の中で繰り返される。
すると、実際に聞こえたような気がした。驚いて辺りを見渡すと、そこには私と同じくらいの年の男の人が立っていた。
「やっと気づいた」
「君も夕焼け見に来たの?」
そう問いかけられたが、流石に死にに来たとは言えず、
「あ、はい、まぁ…」
なんて、曖昧に答えながら夕焼け空を見て、「やっぱり苦手だ」などと考えていると。
「嘘でしょ、こんなエレベーターもない高いビルを登ろうなんて考えるのは、自殺目的の人だけだよ。ところで君は、何を失ってここに来たの?どうしたくてここに来たの?」
無邪気な笑顔で言ってきた。彼はそんなことに興味があるのかと少し引いたが、これが人生で最後の会話になるなら、楽しんだもん勝ちだよなと思い全てを話し始めた。
「いつからか分からない、だけど気づいたらいつも死にたいと思っていた。できることなら他の人生を歩みたかった。」
そこまで話すと、突然彼が思いついたように言った
「じゃあ他の人生歩んでみればいいじゃん」
は?そんなことできるわけない。疑問の視線を向けると、
「簡単だよ、名前を変えて別人として生きていくんだよ!」
その言葉を聞いて、名案だと思った。「自分が、自分じゃなくなる。別の人生を歩める。このどうしようもない自分から、やっと逃れられるんだ。こんなに嬉しいこと、いつぶりだろう」。そんなことを思っていると、夕焼けも案外悪くないような気がした。その後、彼と話していると、すぐに夜は更けていった。
そして次の日、彼の提案通りに名前を変える手続きを始めた。手続きは難しくて大変だったが、無事に名前を変えられた。名前が変わって、新しい人生を歩み始めるぞと意気込んでいたとき、ふとあの時の彼のことが頭をよぎり、「お礼でもしにいくか」と、あのビルを登った。私は彼にもう一度会いたかったのだ。屋上に着きあたりを見渡す。今日も綺麗な夕焼け空が広がっていた。そして、そこには彼ではない別の誰かがフェンスにもたれかかっていた。
それを見て、私はこうつぶやいた。
「夕焼けが、綺麗だ」
読んでくださりありがとうございました。好評でしたら続きを書こうと思います。




