表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編

人生のスパイス

作者: あきの丘

「奇跡」なんて言葉は信じない。

あまりにも身勝手だ。


私たち人間は、

度重なる偶然によって起こる、

言葉では説明できないような、

そんな出来事を「奇跡」と呼ぶらしい。


そのほうがきっと幸せを感じるから。


例えば、わたしが産まれたこと。

お父さんとお母さんが偶然出会って、

結婚して、

偶然生命が宿って、

偶然この世界に産まれ落ちて、

今を生きている。

と言ったら聞こえが悪いだろう。


それをまとめて感動的に昇華できるのが

「奇跡」という言葉だろう。


偶然の重なりを奇跡と呼ぶならば、


例えば、わたしが産まれたこと。

お父さんとお母さんが偶然出会って、

結婚して、

偶然生命が宿って、

偶然この世界に産まれ落ちて、

過去に生き。

今、歩行者信号が青になることを

歩道で待っているこの瞬間。

車が突っ込んできて死んだら。


それを「奇跡」と呼ぶだろうか。

呼ぶわけがない。


そんな時には、

『運命』という言葉がよく似合う。


見る景色、出会う人、これまでの経験。

どれもこれも。


かと言って、

そうなる『運命』だった。

と割り切ってしまえば、楽になれるだろうか。

それもまた違う。


度重なる偶然の合間には、

度重なる選択。

必然が確かにそこに存在している。

やるかやらないか。

行くか行かないか。

どちらを選ぶか。

何をするのか。


これまで数々の分かれ道に、

どちらにしようか迷ったり。

躊躇いもなく一方に飛び込んだり。

やっぱり戻って来たり。

新しい道を作っちゃったり。

分かれ道すら見つけられず、

ただひたすらに、

一本道だと思い込んで

突っ走っちゃったり。


結局、「奇跡」も『運命』も存在しない。

だったら何のためにこんな言葉があるのか?


たぶん、そのほうがきっと感動できるから。


わたしたちの人生を魅力的にする、

人生のスパイスのようなものなのです。



お読みいただきありがとうございます!


わたしは運命って言葉、好きですよ。

人生の不条理さを和らげてくれるような気がするからです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ