お母さん
家は古くて広いです。裏に畑があります。
畑に面する家の奥にお風呂場があって、お風呂場の角に、流し場と勝手口が付いています。
畑に直通しています。
畑仕事から帰ったら野菜や道具類を洗って、そのままお風呂に入れる仕組みです。
流し場は浅く窪んだコンクリート敷きです。其処に今はプラスチック製の漬物樽が置いてあります。
薄黄色で、寸胴で、中にポリ袋が嵌められています。しっかり密閉できるよう加工してあります。
□が産み落とされると共に、お母さんと死に別れた時、お父さんが加工しました。
中はお母さんの羊水です。
□が産み落とされた時、一緒にお母さんから流れ出た、□がずっと浸かっていた薄ら白い無臭の液体です。
およそ800ml程で、水道水から血液ないし海水くらいのpHの、アルカリ性の液体です。
底にずっしり重そうな赤黒い澱が溜まっています。
表面にゆったりくねった白い泥めいた跡もあります。
胎盤と臍帯の粒子です。
お父さんが漬物樽に入れて、僅かたりとも揺れぬよう慎重に保管してきたので、殆ど形を残したまま粒子状のほわほわに溶けています。
お父さんがそう言っています。
□は、起きて直ぐと寝る前に、漬物樽を覗きます。
お父さんからの言い付けです。
お父さんは、□が起きる前から、漬物樽を覗いています。
お父さんは、□が寝た後も、漬物樽を覗いていて、ときどき呻き声を漏らします。
今日、□はお父さんに、□のきょうだいが生まれると教えて貰いました。
誰からと□が訊ねると、お父さんが□の顔を見て、声を潜めて失笑し、もちろんお母さんからだよと、□を流し場に促しました。
其処にずっとプラスチック製の漬物樽が置いてあります。
薄黄色で、寸胴で、中にポリ袋が嵌められています。
しっかり密閉できるよう、お父さんが加工してあります。
中の羊水はお母さんです。
終.